飛車二回行動
「くそ、こいつ二回行動とか反則だろう! ターン制で一回ずつ攻撃。ちゃんとルールを守らないか!」
俺の部屋にゲーム機を持ち込んで、某有名RPGゲームに興じる定晴。
勿論、それは一人プレイな訳で同じ部屋にいる俺や七海と一緒に遊ぶことができるわけでもない。だというのに、 定晴はここのところ毎日のようにやってきては一人プレイ専用のゲームをやってきている。もはや、自分の家状態だな。
とはいっても、俺も七海も今さらそんなことを気にしない。
今では定晴の後ろで将棋に興じているところだ。
どうやら七海は、父さんから将棋を教えてもらったらしく、最近はこうして将棋をせがまれるのだ。
俺も同じように父さんから将棋を教えてもらった(というよりも無理矢理相手をさせられた)ので、久しぶりに遊んでいるわけだ。
盤面の上に乗せられた歩の駒を七海が、細い指で前へ動かす。
それに反応するように俺も歩を前に進ませた。
すると、七海が動きを止めた。あと一歩進んでしまうと七海の歩は俺に取られてしまうことになる。
七海は少し考えた末に、駒を取られることを嫌ってか他の駒を進め始めた。
そんな七海を見て、どこか微笑ましく思う。将棋を始めた時は、無性に駒を取られることが嫌だったっけ。なんとなく七海が前に進まなかった意味が理解できる気がした。
だからこそ、俺は取られることを良しとして、こちらから歩を進めてやる。
「え!」
そうすると、七海が見るからに戸惑いの声を上げて、こちらを見上げる。
その見上げてくる瞳には「本当に取ってもいいの?」とでも、訴えかけているかのよう。
対して俺は言葉を発するでもなく、ポーカーフェイスを貫く。
しばらく悩んだ末に七海は、普通に歩を進ませて俺の駒を奪った。
奪った駒を嬉しそうに七海が見つめる中、俺はひっそりと配置していた角を動かす。
七海の歩が釣られて前進してきてくれたお陰で、綺麗に香車までの道が開けたのだ。
「はい、香車もらい」
「あー!」
俺がそう言って、駒を手にすると七海が驚きの声を上げた。
その声音から、俺の角の存在を完全に忘れていたらしい。
しかも、周囲には飛車などの存在はなく、してやられた形だ。
「ええ!? そんな所に角なんてあった?」
「あったあった」
どこか疑惑の目を向けてくる七海に堂々と告げる。
そんなこっそりと空いているマスに、角を移動させるなどという卑怯な真似はしない。
「うー、全然気が付かなかった」
「歩に気を取られ過ぎたな」
父さんに将棋を教わったとしても理解できているのは、大まかなルールと駒の動かし方だけ。広い視野を持って全体を把握する能力などは、まだまだのようだな。
駒を動かし、取って、取られては表情を変えていく七海を微笑ましく思う。
こうして将棋の駒に触るのなんて何年ぶりだろうか。社会人になって、直接駒を触る機会なんてなかったな。そもそも、こうして顔を突き合わせて一緒に遊べるような友達がいなかった。
辛うじて記憶があったのも、休憩時間を利用して会社のパソコンを使ってネット将棋をしたこと。
今やこういうボードゲームですらも、ゲーム化されていって、顔を知りもしない他人と遊ぶのも当たり前の時代。
ネット環境さえあれば、どこででもできる。
しかし、利便性の代わりに、こうやって相手の表情を見て、駆け引きをしたり、言葉を交わしたりというコミュニケーション能力は失われてしまった。
俺としてはやはり将棋というのは、相手と向かい合ってやる方が断然に面白いな。
便利さだけを追求すると大切な何かが失われてしまう。
かといって、こうして盤面を買ったり、駒を無くさずに管理するのも難しい。
世の中ままならないものだな。
そんなことを考えながら駒を打っていると、七海が追い詰められた。
「はい、王手」
「うぬぬぬぬ……!」
王手を刺してやると、七海が腕を組んで盤面を睨みつける。
「王をこっちに逃がせば?」
「そっちには俺の桂馬が控えているよ」
「じゃあ、この銀を横にして、王の盾にすれば……」
「銀は横に動けないよ」
七海が駒を動かしながら尋ねてくるので、俺が丁寧に状況を説明してあげる。
もはや、これは王手というよりも、どうしようもできない積みである。
それを理解した七海は大の字に寝ころびながら叫んだ。
「ああ! また負けた! 忠宏兄ちゃんは強いね」
「俺も父さんに教えてもらって、よくやっていたからな。始めたばかりの七海には負けないよ」
俺は大人で七海は子供。プライドという面でも負けられないというのもある。
「ねえ、忠宏兄ちゃん、次はハンデちょうだい」
寝転んでいた姿勢から反動をつけて、七海が起き上がる。
負けても挫けずに挑んでくる七海の姿勢はとても好ましいな。世の中には負けるとコントローラーを投げつけたり、キレる奴がいるからな。
「わかった。じゃあ、次は飛車でも落とすかな」
「ううん、そんなのいらない。その代わりあたしの飛車が二回行動することにする」
え、なにその斬新なハンデ。
定晴のやっているドラクエを見た影響だろうか? 普通は一回しか行動できないのに、二回も行動してくるチートキャラ。
「お、おう、わかった。とりあえず、それでやってみようか」
「うん!」
とりあえず、七海の申し出るハンデを受け入れて、俺達は再び将棋をやることにする。
飛車が二回行動って、どんな風になるのだろうか。
将棋でハンデといったら、飛車と角といった強力な駒を落としたりすることばかりだと思っていたが、相変わらず子供というのは面白い発想をするものだ。
飛車が二回行動する将棋……とても楽しみである。
◆
「あたしの勝ちー!」
「うおお、飛車の二回行動つええ。あんなのありかよ」
七海の飛車が二回行動するというハンデを受け入れたら、コテンパンにしてやられた。
何せ相手は縦と横に無限に動ける駒の中でもチート級のもの。
それが二回行動すれば、機動力を活かして駒を取ることができ、即座に撤退することができるのである。
不用意にとってしまえば、即座に相手の駒の餌食であるが、二回行動ならばそんな心配はいらない。何故ならば相手が飛車を取ろうとする前に、その圧倒的な機動力で逃げることができるからである。
結果として、俺は二回行動する飛車のヒット&ランになすすべなくやられてしまったというわけだ。
「定晴、二回行動というのは強いな」
「……全くだ」
しみじみと声をかけると、定晴のやっているゲーム画面ではゲームオーバーと表示されていた。どうやらそっちでも二回行動に苦しめられたらしい。
「あはは、忠宏兄ちゃん。もう一回やろう! 次は角が二回行動で!」
七海はすっかり二回行動による勝利を気に入ってしまったらしい。
無邪気な笑みを浮かべながらえげつないことを言ってくる。
「いいけど、その前に喉が渇いたから飲み物を取ってくるよ」
「あたし、カルピス!」
「僕はコーラだ」
「はいはい、わかったよ」
背中で二人の要望を受けながら、俺は部屋を出て階段を降りていく。
すると、リビングの方からインターホンの鳴る音が聞こえた。
このような田舎で律義にインターホンを慣らすとは珍しい。定晴は家にいるし、畑に出ている両親がわざわざ鳴らすとは思えない。礼司だってやってくる時は勝手に扉を開けて入ってくる。
礼司の新手の嫌がらせだろうか?
そんなことを疑いながら、俺はリビングにあるインターホンを覗くと見慣れないスーツ姿をした女性が移り込んでいた。
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