やってきた七海
実家に戻って部屋の荷物を片付けた俺は、買っていて読んでいなかった漫画やゲームを消化する日々を送っていた。
仕事を辞めたので朝早くに起きて、スーツに着替える必要もない。
何をするのもその時の気分次第。とても自由だ。
とはいえ、母さんと父さんと生活しているので、昼夜逆転のような極端な生活リズムはとれない。
ご飯は合わせて食べるし、突発的に買い物や電球の取り換えなどといった手伝いも発生する。
だけど、それらは働いている頃に比べれば本当に微々たるもので、気分転換のようだ。
本来の労働もこれくらい少なければいいのにな。というか、むしろそういう働き方が人間として合っているような気もするな。
「よっす、忠宏!」
なんてことを思いながら、俺は迫りくるゾンビを撃ち倒すゲームをしていると、突然部屋の扉が開いて礼司が入って来た。
「うわっ、ビックリしたー。急に入ってくるなよ」
いつゾンビが出てくるかわからない不気味な洞窟を進んでいたので、現実の礼司を見て過剰に反応してしまった。
ゲーム画面では、操作している主人公が何もない空間を撃っていた。
「おっ、これバイオじゃねえか!」
礼司は俺のそんな言葉を気にすることなく、傍に置いているゲームのパッケージを手に取る。
礼司と駄菓子屋で再会してから日にちが経っているが、こいつは毎日のように遊びに来ている。確かにまた会おうとか、顔を出すとは言ったが、まさか毎日やってくるとは思いもしなかったな。
別に俺も暇だからいいんだけど。
「あれ? 5って、最新のやつじゃねえじゃん!」
「前に買ったはいいけど働いていてできなかった奴だから。ちょっと古いんだよ」
今この部屋にあるのは、昔のゲームとか、会社員時代に積みゲーとしていたものだけだ。
礼司のいうような最新版はここには一つもない。
「んだよ、どうせなら新しいのがやりたかったぜ。まあ、いいや、5で我慢してやるよ」
礼司はドカッと座り込むと、勝手にもう一つのコントローラーを見つけてゲーム機に差し込む。
これは協力プレイをやろうということなのだろう。
とりあえず、一人で進めていたやつはメニューからセーブして終了し、協力プレイモードに切り替える。
「よし、俺女の子!」
礼司が綺麗な女性キャラを選び、俺がダンディなおっさんキャラを選ぶ。
「礼司って、昔からいつも女キャラ使うよな」
「ゲームで使うキャラまでむさ苦しい男でいたくねえからな」
その気持ちはなんとなくわからないでもないな。選んだキャラはいわば自分を投影した分身。どうせなら可愛い女性や綺麗な女性を眺めていたいもんな。
キャラを決めてゲームを進めていくと、ムービーが流れる。
「あっ、今日もグリグリ君とか駄菓子持ってきたけど食うか?」
「食べる」
◆
「あっ! ちょい、忠宏! 俺の方が弾少ねえんだから弾取るなよ!」
「へっ、早い者勝ちだ」
礼司の持ってきてくれたアイスや駄菓子を食べながら協力プレイをしていると、扉が軽くノックされて開く。
そこに現れたのは母さん。返事を待たずして開けては意味がないのでは?
「忠宏、もうすぐ七海ちゃんたちがこっちに着くみたいだから、バス停まで迎えに行ってあげて」
「あれ? 七海がこっちに着くのは夕方じゃなかったっけ?」
「予定が早まったみたいなのよ。どうも沙苗が関係しているみたいだけど、メールだとよくわからないわ」
まあ、そういう細かい事情はメールで伝えるのは面倒だし、難しいしな。
「ちなみに七海ちゃんって、昔何度か遊びにきていた従妹の?」
七海がここに来たのは結構前なのに、よく礼司が覚えているものだ。
「ええ、しばらくうちで住むことになったのよ」
「へー、そうなんすね。増々ここが賑やかになりますね!」
「本当にね」
俺が仕事を辞めて帰ってきて、七海もしばらくここで住む事になった。
母さんからすれば急に家族が二人増えたようなものかもしれないな。
「ってことで、七海を迎えに行くけど礼司もくるか?」
「んー、いや、俺は帰る。せっかく遠い所からくるんだし、初日くらいゆっくりさせてやりてえからな」
礼司なら例え、七海が覚えていなくてもすぐに仲良くなれそうだが、やってきた初日くらいゆっくりさせてやりたい気持ちはわかるな。
「わかった。じゃあ、落ち着いたら七海と駄菓子屋行くよ」
「おう! 七海ちゃん可愛くなってるかもしれねえし楽しみだな!」
「バーカ、十歳になに期待してんだよ」
そんなくだらない会話をしながらゲームを切り上げて、俺達は家を出る。
礼司はそのまま歩いて帰り、俺は庭に置かれている車へ。
別に車で迎えに行くような距離ではないが、七海が荷物を持っていることや移動での疲労を考えれば車の方がいいだろう。
車に乗り込んでエンジンをつけて、ゆっくりと走らせる。
都会では車を動かす機会はなく、運転するのはかなり久し振りだが、人も信号もほとんどない田舎道であれば、ペーパードライバーであっても楽に運転ができるものだ。
気を付けるのは、狭い道でタイヤを用水路にはまらないようにすることくらいだろう。
安全運転で車を走らせること五分。あっという間に、最寄りのバス停へと到着した。
バスの邪魔にならないように停車させて、外でボーっと景色を眺めることしばらく。
後ろからエンジン音をたてながらバスがやってきた。
七海はちゃんと乗っているだろうか? 少し心配しながらバスを見ていると、窓際にいる少女と目が合った。
あれが七海か?
呆然と視線で追いかけると、バスが停車し、さっきの少女が下りてきた。
健康的な肌にあどけない表情で、艶やかな黒髪をポニーテールにしている。
クリッとした大きな目に、元気そうな顔。
それは記憶の中にある小さな頃の七海とどこか重なる。
昔はもっと髪が短くて、男の子みたいだったけど随分と可愛らしくなったな。ある意味礼司が期待した通りになったといえる。
「えっと、七海ちゃんか?」
「うん! 忠宏兄ちゃんだよね?」
「おう、前に来た時は小さかったと思うけど、よく覚えていたね?」
小さな頃の記憶というものは曖昧なもので、七海は俺の事なんて覚えていないんじゃないだろうかと思っていた。
「覚えてるよ! お兄ちゃんやおばさんに遊んでもらった時のこと、すごく楽しかったから!」
そう言って、短パンのポケットから一枚の写真を取り出す七海。
七海が五歳の時に、遊びにきたであろう家族の集合写真だ。
そこには五歳の七海だけでなく、大学生の頃の俺や母さん、父さん、七海の母さんである沙苗さんも映っている。
少しシワになっているが、ずっと大切に保管してくれていたのだろう。
「大事に持っていてくれたんだな。ありがとう」
「えへへ、偉いでしょー」
思わず頭を撫でると、七海は嬉しそうに笑った。
正直、久し振りに会ったのに馴れ馴れしくしたら嫌われるのではないかと思ったが、そうでもなくて少し安心した。
「思ったよりも荷物は少ないんだな。それで大丈夫なのか?」
七海の荷物は大きなリュックが一つ背負われているだけ。他に荷物もスーツケースもない。
「他の荷物は後で届くはずだよ!」
「それもそうだな。しばらくうちに住むんだし、荷物なんて全部持てるはずもないか」
二泊三日などのちょっとした泊まりではなく、何か月、下手したら数年住むことになるのだ。もはや、引っ越しのようなものだしな。
それはそうとさっきから気になっていたことがある。
七海の母さんである沙苗さんがいないことだ。母さんの口振りでは、一緒にくるような感じだったが……。
辺りを見渡すといるのは七海だけで、バスとっくにいなくなっている。
「叔母さんは一緒に来ていないのか?」
「うん、ここまで来てくれるはずだったけど、仕事の都合が変わったみたい」
「えっ!? じゃあ、家から一人できたのか?」
十歳の子供を、一人でここまで向かわせるのは酷ではないだろうか?
七海がここに住むのも沙苗さんの都合によるものだというのに、いくら仕事の都合といえど無責任なのでは……。
「ううん、新幹線乗り場まで見送ってくれたよ」
「そ、そうなのか?」
それを聞いて少し安心したが、どこか納得できない気持ちが残った。
しかし、俺は親になったこともないし、七海の父でもない。口出しする権利もないし、不満を七海に行っても仕方がない。
俺ができることといえば、一人でここまでやってきた七海を褒めてやることくらいだ。
「よく迷わずにここまでこれたな」
「うん、こういうの慣れてるからね!」
俺の言葉にどこか得意げな態度で笑う七海。
平気……か。そう言って笑い飛ばせるくらい七海にとってはこういう生活が当たり前なのかもしれないな。
「そっか。それじゃあ、早速家に向かうか。車に乗ってくれ」
「はーい! あたし助手席がいいー!」
俺がそう言うと、七海は元気な声を上げてそう言った。
七海が今の生活をどう思っているかわからないが、これからは一緒に楽しく暮らしてもらいたいな。
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