駄菓子屋

「ところで、礼司は今何してるんだ?」


 コンソメ味のポテチを摘まみながら、俺は尋ねる。


「ああ、俺? 駄菓子屋継いでる」

「……駄菓子屋やってるお前に言うのも失礼だけど、これだけでやっていけるのか?」


 いくらここに住む人の多くが利用するといっても、所詮は田舎なので人数も知れている。

 大きな学校や施設があれば、大量に定期的に駄菓子を販売して生計を立てることも可能かもしれないが、ここにはそんな物はほとんどない。

 となると、家庭内で食べる分を普通に売ることになる。


 駄菓子は原価も安いし、それで食べていける分の利益になるのだろうか?


「ああ、無理無理。全然儲かんねえ」

「ええ、それじゃあ、どうやって過ごしてんだ?」


 まさか、駄菓子屋をやっているだけで、他は家族から支援してもらっている脛齧りとか? だとしたら、俺と同じようで親近感が湧く。

 いや、今の俺は完全なる無職だから、正確には違うんだけど。

 俺が尋ねると、礼司は端に置いてあるノートパソコンを取り出して開く。


「これだな!」


 礼司が堂々と告げるが、そこにはホームページが映っているだけでよくわからない。


「なに? ホームページの広告収入とか、ユーチューバーとかいうやつ?」

「ちげえよ! WEBコンサルタントだよ!」


 WEBコンサルタント? なんだよ、その胡散臭い職業は。


「近所のババアみてえな胡散臭そうな顔すんな! これも立派な職業だ!」


 その物言いからして、周囲の人々にはあまり理解されていないようだな。無理もない。ここはそういう横文字とか英語に弱い人ばかりが住んでいるし。


「で、WEBコンサルタントって具体的には何すんの?」

「企業のホームページとかネットショップを見てアドバイスだな。見やすいように意見したり、違うやり方を提示したり。要はアクセスアップと売り上げアップさせてやるんだ」

「なるほど。理解はできるけど、そんな難しそうなことできるのか?」


 コンサルタントとなると、やはりそれなりにサイトなどの知識に精通していなければならないだろう。

礼司にそのような事ができるのか。


「できるように勉強したんだよ。結構難しくて安定して仕事できるようになったのは、こ二年前くらいだけどな」


 パソコンを叩きながら語る礼司の言葉には、どこか苦労を滲ませるような重みがあった。

 それもそうか、そんな専門知識といえるようなものなんてすぐに身に着くようなものでもないしな。


「でも、なんでお前がそういう仕事を?」


 礼司はどちらかというと、勉強よりも運動が得意なタイプだった。

 こういうパソコンを駆使した仕事は苦手で、興味もないと思っていたのだが。


「都会に出るのも、満員電車に揺られてサラリーマンになるのも嫌だったからだよ。今の時代、パソコンとネットさえあれば大概の事はできるからな」

「……都会に出るのが嫌か。俺とは真反対だったんだな」


 同じ場所で育ったというのに、自分とは対極にいた礼司の考えに感心するような、理解できないような。


「忠宏はどうして都会に出て行ったんだ?」


 先程とは違った、少しこちらに踏み込むような言葉。

 この話を真面目にすれば、俺が仕事を辞めて帰ってきた事に触れざるを得ないだろう。

 だけど、礼司のどこか真剣な表情を見ると、誤魔化せないなと思った。


「俺は何もないこの田舎が嫌だったんだ。遊ぶところもロクにない、同年代の友達もほとんどいなくて、あるのは畑だけ。だから、都心に行けばもっと生活が楽しくなって、大きなことができるんじゃないかって思ったんだ。だけど、結局はそれも幻想だったな」


 東京のいくつもの企業でエントリー用紙を提出したり、面接をしたりしたがどこもダメ。いくつものお祈り通知を受け取って、心が折れかけた時に拾ってくれたのはブラック企業だった。


 都会には確かに色々な遊ぶ場所があったが、遊ぶ時間も友人もいない。

 人こそ多くいるが、誰もがどこか壁を持っている。

 会社を離れると一気に関係は希薄になり、ただの知り合い程度だ。


 それにブラック企業のせいか肝心の遊ぶ時間もなかった。

 仮に休日などがあったとしても、日頃の睡眠不足を補うように睡眠をとり、溜まっていた家事や仕事を片付けるとあっという間に夕方だ。


 そこから外に繰り出す時間も気力もなく、また始まる仕事に備えて、早めに就寝する。

 若い社員にさせてもらえる仕事など、雑務ばかり。

 俺が抱いていたような大きな仕事も社会貢献もなかった。


 こうして振り返ってみると如何に俺が都会に馴染めていなかったがよくわかるな。


「結局は四年目で心と身体がリタイア。本当は長期休暇じゃなくて、仕事辞めて戻ってきたんだよ」


 どこか投げやりに真実を語ると、礼司は「そっか」と短く呟いた。


 都会に憧れたものの四年で逃げ帰ってきた俺を礼司は呆れているのだろうか。笑っているのだろうか。

 短い言葉と神妙な顔つきをしている彼の顔色から、何を思っているのかわからない。

 少し不安に思っていると、礼司は口を開いた。


「まあ、俺は都会に出たことも、会社に所属したこともねえからお前の苦労もわからねえ。そもそも情けねえとか言う権利もねえ。ただ言えるのは、友達であるお前が帰ってきてくれて嬉しいってことだけだな!」


 礼司の言葉を聞いた瞬間、少し泣きそうになった。

 ここが退屈だから出て行き、向こうで上手く行かずに帰ってきた。

 普通なら罵倒されたり、バカにされるところだ。

 だというのに、礼司はそんな言葉を言うことなく、こうして優しく受け入れてくれた。四年もまともに連絡してなかったのに、また友達だと言ってくれた。

 それがどうしようもなく嬉しかった。


「何せここは人が少ねえからな。一緒に遊べる奴が増えて助かる!」

「……ははっ、何だよ。俺はただの遊び相手かよ」


 真面目に反応すると気持悪いと思われそうだし、泣いてしまいそうだ。

 俺はそんな気持ちを誤魔化すように冗談っぽく言葉を返す。


「いいだろ? ニートなんだし」

「いや、確かにそうなったかもしれないが、働いていたし貯金だってある! 無職なだけだ! ニートって言うな!」


 いくら無職といえどプライドくらいある。ニートなどと言わないでほしい。

 つい最近まで働いていたし、引きこもっているわけではない。貯金もある。

 ニートと呼ぶには相応しくないじゃないか。







 礼司に本当の事を話したからか、どこか心が軽くなった俺は東京での生活というか、会社での愚痴を語る。


「何だよ、その会社。ブラック過ぎだろ!」 

「ですよねー」


 パワハラ上等、休日出勤上等、有給もあるが使えることもなく、労働時間十二時間越えも当たり前だった。

こうしてゆっくりとした時間に身を置くことで、あの場所が如何におかしかったか痛感できる。

 現に何人も人が辞めていっていたからな。


「これだから会社ってやつは。そんなところ辞めて当たり前だ。むしろ辞めたのは英断。引け目になんて思うなんて必要もねえよ。ブラックだから辞めました。しばらくはここでゆっくりします……それでいいんだよ」

「そうだな」


 礼司のそんな言葉を聞くと、すごく心が軽くなった。

 そう、あんな環境で四年も働くことができたんだ。別にそこまで自分を卑下して情けなく思う必要もないだろう。

 今は少し、ここで心と身体を休めるだけだ。

 人間、ずっと働かなければいけないなんて事はないのだし。


「おい、スマホ震えてるぞ」


 そんな風に思っていると、礼司がそう言って指さす。

 畳みの上に置かれたスマホを見てみると、微かに振動して光っていた。

 スマホを手に取ると、母さんからいくつもメールが届いており、時刻は既に十七時を超えている。


「やっべ、もうこんな時間だ」

「ああ、夕飯の買い出しの途中だったもんな」


 俺は急いで立ち上がり、靴を履いて外に出る。


「おいおい、買ったもん忘れてるぞ!」

「あっ!」


 肝心の買ったものを忘れていては意味がない。

 礼司が奥に引っ込んで、食材の入ったレジ袋を渡してくれる。


「ほらよ、土産に駄菓子入れといたぜ」

「すまん、ありがと! それじゃあ、またな!」

「おう! 俺も時間には余裕あるし、適当にそっち顔出すわ」


 礼司に礼を告げた俺は、開き戸を閉めて急いで自転車にまたがった。


 ああ、帰ったら母さんに怒られるだろうな。


 そんな事がわかってはいたが、俺の心の中はどこか晴れやかだった。



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