ペーパーローリング
スーパーで買い物を済ませた俺は、食材の入ったレジ袋を持って外に出る。
冷房の効いていた室内とは違って、もろに夏の熱気が包み込み、ギラギラとした日光が容赦なく降り注ぐ。
中と外の寒暖差がとても激しい。
思わずスーパーに戻りたくなったが我慢して、自転車の籠にレジ袋をぶち込み、乗り込む。
それから自転車を高速で走らせて、身体に当たる風で涼をとる。
しかし、悲しいかな。自然の涼を持ってしても、人工的な涼には遠く及ばないな。
しばらく自転車を走らせること十五分。俺は礼司の駄菓子屋へと戻ってきた。
家の傍に適当に自転車を置かせてもらって、食材の入ったレジ袋だけ持つ。
自転車に鍵はかけない。このような田舎では自転車に鍵などかけても無意味だからな。ほとんどの人が顔なじみであるし、盗るような輩もいない。
そんな大らかな気風もあってか、どこの家でも扉に鍵をかけていないのだ。
だから、友達の家とか普通に入り放題である。まあ、親しき仲にも礼儀ありということで、そこまでのやんちゃはしないけどな。礼司の家は駄菓子屋なので、そういうのも関係ないか。
開き戸から室内を覗き込むと、たくさんの駄菓子が棚やらテーブルに並んでいる。
その奥に視線を向けると、畳で寛ぐスペースがあり、礼司が寝転がりながらテレビを見ている模様だった。
駄菓子屋をノックするのも変なので、俺は普通に扉を開いて中に入る。
ガラガラとした音で気付いたのか、礼司が顔をこちらに向けてから起き上がる。
「おお、来たか忠宏!」
「とりあえず、買ったものだけ冷蔵庫に入れてもらっていい?」
「いいぜ」
室内は冷房が効いていて涼しいが、さすがに牛肉とか野菜をそのままに置いておくわけにもいかないしな。
レジ袋を渡すと、礼司が奥のリビングに引っ込んで食材を冷蔵庫に入れてくれる。
その間に、俺は久し振りに入った駄菓子を見ることにした。
箱に入った大量の十円キャンディやガム、インスタント麺にポテチに煎餅、ゼリーなどなど。どれも駄菓子屋でしかお目にできないものばかり。
これらの光景は昔から目にしてきたものであるが、不思議と何度見てもワクワクする。
こう、少年心をくすぐる感じがするな。
「この置いてある玩具の謎さとか駄菓子屋らしいな」
ビニールに包まれている、蛍光色をした長細い棒。
一体何に使われるのか見当もつかない。
「冷蔵庫に食材入れといたぜ」
「ありがと」
「おっ、なんだ? ペーパーローリングで遊びたいのか?」
「ペーパーローリングって、これの名前か?」
「ああ」
この細長い棒はペーパーローリングというのか。
「どうやって遊ぶんだ?」
俺が尋ねると、礼司はビニールから中に入っている棒を取り出す。
「簡単だぜ。こうやって手に持って振るだけだ」
礼司が巻かれているテープをとって、棒を振るとみにょーんと伸びた。
「うおっ! すげえ!」
「ははは、やってみっか?」
礼司に手渡されて、俺はペーパーローリングを手にする。
そして、礼司と同じように軽く振ってみると、まるでバネのように伸びた。
「おお!」
伸びる時の感触と、伸ばした時の色合いがとても綺麗だ。
一度振るのを止めて観察してみると、棒には蛍光色の紙が幾重にも巻き付いていた。
手で棒を振ることで、それらが一気に解放されて伸びる仕組みなのだろう。
単純ではあるが、とても面白い。
俺は夢中になって、ペーパーローリングを振り続ける。
「ははは、駄菓子屋の玩具も意外とバカにできないな」
「おいおい、はしゃぐのはいいけど、そんなに強く振ると――あっ」
礼司が間の抜けた声を上げた瞬間、手の中にあったペーパーローリングが一気に軽くなった。
そして、視界の端では蛍光色の何かが、ポテチの上へと乗りかかる。
……えっ、もしかして壊れた?
「えっと……」
「はい、六十円な」
どうしたものかと視線を向けると、礼司は片手を出してお金を請求してきた。
「くっ、こんなに脆いだなんて聞いてない。説明不足だ」
「駄菓子屋の玩具なんだから、大人がはしゃいで使えば壊れるに決まってるだろ?」
ビニールから開けたのは礼司だが、遊び方を教えて言ったのは俺だし、壊したのも俺だ。
ここは素直にお金を払うか。たった六十円だし。
「はい、六十円」
「毎度ありー」
俺が素直にお金を払うと、礼司は笑いながらそんなことを言った。
もしかして、こうなることを見越して、俺にペーパーローリングを勧めたとかではないよな? 何となくはめられた気分で悔しいのが。
「……じゃあ、帰るわ」
「おいおい、拗ねるなって。あそこに冷たいコーラ用意してあるから」
くつろぎスペースに置かれている丸テーブルに上には、霜を垂らしたコーラのペットボトルが置かれている。
「それ、俺が買ってきたやつじゃん」
「固いこと言うなよ。その代わり、ここにあるお菓子、好きなだけ食っていいから」
「……それなら仕方がないな」
「現金な奴だなぁ」
俺がクルリと反転して、店内に戻ると礼二が呆れた声を上げる。
駄菓子が食べ放題とあっては、このまま帰る訳にはいかないだろう。
仕返しとしてたらふく駄菓子を食べてやらなければ。
「まずはこの八十本入りのスルメ串を……」
「お前、ほんと容赦ねえな! それ全部で約二千円だぞ!?」
「冗談だよ。さすがに全部食べ切れないし」
礼二の慌てふためいた表情が見られたので、俺の中で溜飲が下がった。
とりあえず、うめえ棒やら、ポテチ、サイダー味のキャンディ、チョコレートなどなど細かい駄菓子をドンドンと籠の中に入れていく。
一つ一つとしての金額は大きなものではないが、値段を一切気にせずに籠に放り込めるのはかなり楽しい。
「おいおい、もう籠に入らねえっての」
礼二の呆れた声で我に返ると、籠の中が駄菓子で満杯になっていた。
「仕方がない。今日はこの辺にしといてやるか」
籠に入らないとあっては仕方がない。
俺は満杯の籠を持って畳スペースへと移動。
靴を脱いで畳の上に座り込む。
すると、礼二が籠の中から駄菓子を取り出して、テーブルの上に並べていく。
「おいおい、千二百円くらいいってるじゃねえか」
さすがは駄菓子屋の息子だけあってか、駄菓子の値段を把握しているようだ。
そうか。千二百円もするのか。目につくままに選んでいたからわからなかったな。
まあ、取り放題に恥じぬ、金額を叩き出すことができただろう。
俺は満足感に浸りながら十円チョコを頬張った。
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