Last Christmas
水円 岳
adieu
「ああ、遅くなってすまん。買い出しとパーティークラッカーの手配に時間食っちまった」
「かまわんよ」
「それにしても、よりによってクリスマスイブの深夜に葬式か」
「そらあしゃあないだろ。いつ生まれるかもいつくたばるかも、選べないんだからよ」
「まあな。それでも、どっちか前後にずれてくれればよかったのにな」
「祝い事と忌み事が続く方がうっとうしいだろ。いっしょくたに済ませた方が楽さ」
「そんなものかね」
「くたばったやつのことを嘆き悲しむのは、葬式の時だけだよ。あとは記念日にしても法要にしても、坊主の腹を肥やすだけで大した意味はないね」
「ふうん」
「当のキリストのことを考えてみればいい。誕生日であるクリスマスは信者でなくても盛大に祝うが、そういうお祭り野郎がキリストの命日に喪に服すか?」
「確かにな。キリスト教国でも扱いが地味だな。
「そんなもんだよ。葬式に列席者が集まらないとあまりに寂しいから、めでたいイベントとかぶった時には葬式優先さ。俺らの方が王道だ」
「おいおい……」
「それより、いいワインは手に入ったのか?」
「まあな。ほら」
「おお、奮発したな。ロマネコンティか」
「もう二度と飲めなくなるからな」
「むぅ。それはちょっと残念だな」
「葬式用に祭壇に置くってわけじゃないんだろ?」
「空気や場所にワイン飲ませたってしょうがないだろ。俺らがありがたく頂戴する」
「だな。早速開けるか」
「グラスは出してある」
「ターキーはどうする?」
「あんなくっそまずいもんは、くたばったやつの棺桶に放り込んじまえ!」
「一応縁起物だぜ?」
「西アジアにターキーなんざいるわきゃないだろ。鳥屋の陰謀にまんまと踊らされやがって」
「そこまで言うか」
「聖書の中にはぶどう酒とパンは出てくるが、キリスト生誕を祝ってみんなでターキー食ったって話はこれっぽっちも出てこんぞ」
「身も蓋もないな」
「由来はともかく、まずいもんは上等のワインには合わん」
「しゃあない。とっておきを出そう」
「隠すなよ。さっさと出せ。それは……ジャーキーか?」
「そう。事前調査で仕留めたのを解析したあと、食肉加工したんだ」
「これまでならともかく、これからは貴重品になるってこったな」
「そう」
「じゃあ、うまいまずいはともかく味わって食わんとな」
◇ ◇ ◇
「おっと、そろそろカウントダウンか」
「くだらねえよな。盛り上がってんのは、酔っ払ってわいわいやってる連中だけだ」
「厳粛なはずのクリスマスが、いつからこんなおちゃらけになっちまったのかなあ」
「さあ。それを一番苦々しく思ってるのは、あっちに行ったキリストだと思うぞ」
「だろうなあ。そんなのは俺の誕生日じゃなく、ケーキやらターキーやらプレゼントの誕生日じゃないかって嘆いてるだろう」
「いや、キリストの嘆きはそいつらに対してじゃないよ」
「は? どういうことだ?」
「もしキリストが本当に聖人だったとしても、そうじゃなくただの人間だったとしても、自分の価値はそいつ自身にしか意味がない。くたばっちまったら、その後はもう自分自身をいじれんのさ。いかなキリストであってもな」
「なるほど……」
「そいつを俺らが思い知るために、こっちとあっちとの間にくっきり線を引く葬式ってのが必要になるんだよ」
「みそもくそも一緒にするなってことだな」
「そう。誕生日ってのは何度でも祝えるが、葬式は死後に一回こっきりさ。何度もやるもんじゃないし、その意味もねえだろ。もうこっちにはいないという宣言みたいなもんだからな」
「でも、存在がなくなるっていう認識があいつらに出来るのか?」
「あいつらの認識なんざどうでもいい。葬式は、取り仕切る俺らにしか意味がねえよ」
「……」
「こんなうまいワインがもう飲めなくなるのは悲しいが、連中が揃ってあっちに行っちまうことを認めんと、けりがつかん」
「中止するっていう選択肢は?」
「クリスマスってのは日が決まってるんだ。中止しようがねえだろ」
「そうだな。カウントダウンが進んでるから、もう無理か……」
「クラッカーが破裂したら、クリスマスってやつの葬式が終わる。青い球っころの処理と一緒にな」
【 完 】
Last Christmas 水円 岳 @mizomer
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