第17話 お見舞い

 この世界にやって来て思ったのは、夏はどこに行っても暑い。


「あっつい……」


 照りつける日差し、ジワジワと地面から昇る熱、吹いても吹いてもなまぬるい風、ミンミンやかましいセミ。エルフの二人にお見舞いしに行くとお付きのお城のメイドさん(なぜわたしにもメイドさん?)に伝えると、お花もお見舞いの品もあとお車ですねなんて言うから丁重に断ったんだけど、今朝の私を殴りたい。いや断るなよ、暑いだろ、今週から本格的に夏だってお天気お姉さん言ってたじゃん、車ならエアコンあるじゃん、なぜ歩いたし。


(病院涼しい)


 この間変なバトルスーツを着て戦ったときに激しく衰弱したため(主に私たちのせい)、入院して一ヶ月以上の静養している二人のお見舞い。


「すいませーん」


「はい、あ、お見舞いですね?ご案内いたします」


(まだすいませーんしか言ってない)


 受付に行くとそっこーでご案内された。自分の世界にいたときもだけど、どこに行っても誰でも自分を知られているというのはどうにも気味が悪い。名前も顔も今日の予定も知られていて、まるで籠の中の鳥みたい。自由にさせてくれるみたいだからそこは籠の中の鳥とは違うんだけど。自分の世界にいたときは最後は立場とか肩書とか責任とかなんとかでがんじがらめにされて、仕事に忙殺される日々だった。唯一ゆっくりできたのはアヅキくんを追うって決まって転移の儀式をするときだけだった。あのときだけはお休みもらえた。


「おいーっす」


「サイトーさん」


「サイトー!」


「意外と元気そうだね」


 案内されて病室に入るなり、すっかりぴんぴんな二人がベッドの上でボードゲームをしていた。かなり暇を持てあましているよう。シルフィもソフィーも患者さん用の服ではあるけどすっかり元気。


「お花と果物と、一応本も持ってきたんだけどこれは必要なさそうだったね」


「そんなことないわ!タイクツよタイクツ!」


「めっちゃ元気」


「たいていのボードゲームは一通りやってしまっていて飽き飽きしていたところです。今は新しい縛りプレイの考案中でした」


「………ごめん、二人がそんな関係だったなんて気が付かなくて」


「あんた今どんな想像してるの?」


 冗談はさておき、なかなか早い復活でなによりでございます。来客用の椅子に座ってお茶を入れたり果物を切り分けたりラジバンダリ。


「サイトーさんそれは私達が…」


「いいのいいの、二人はゆっくりしてて」


「そーよそーよ私達息も絶え絶えだったんだからいやっほーい!」


「姉さんははっちゃけ過ぎです」


「んふ、息も絶え絶えっていうか気絶してたよね」


 立ち上がろうとするソフィー、いいのいいのするわたし、ベッドにダイブするシルフィ。平和でなにより。っていうか病室が広すぎて諸々が遠い。たぶん病人が看護師さんを呼びやすくさせるためにめんどくささを演出してるんだろうけど、それにしても無駄に広い。ベッドはベッドで八畳間みたいなベッドだし。


「いやーそれにしても病院は涼しくていいね」


「サイトーほど強くても汗はかくのね」


「驚きです」


「君らいったいわたしをなんだと思ってるのかね」


 人間であることには変わりはないからね?


「そういえばこの間、研究所の人と女王さまと女王さまの妹さんと女子会してさ」


「いいなー」


 へへへ、いいだろー。


「そのあと研究所でバトルスーツの感想詳しく聞きたいってことで行ってきたんだけどさ」


「はい」


「怒られた」


「なんで?」


 はい、怒られました。はい、ボロクソに言いました。だっておかしいでしょあれ。よくよく話聞いたらあれが主力汎用兵器になって普通の兵士の人も使うってんだからおかしな話だったのさ。まずコンセプトからしておかしいのよ。


「なんで斬り込む前提なの?」


「あー」


「それは確かに」


 あくまでも『私たち』だから出来たことであって一般兵士の人達に出来るかって言ったらそりゃ無理な話でして。敵の直上を超えて四方に一人ずつ配置、追い詰めたところで前面と後方の二方面から挟むなんてあんな雑魚相手じゃないと成り立たない。


「わたしたちにとってはただの数だけの雑魚かもしれないけど、他の人たちは違うでしょ?」


「そもそも地対空において凄まじい威力のビームを凄まじい感度で察知して放ってくる相手なんだから、そもそも飛んでるのおかしいのよね」


「私達二人でも倒したのはせいぜい四〜五万程度でしょう。そういえばあのときのクリーチャー全軍は何万だったのですか?」


「ざっと56万だって」


 ふたりはプ………、二人はドン引きしていた。そりゃね、残りはわたしとアヅキくんでやったからね、しょうがないね。戦闘が終わったとき、二人は膝もついて手もついて四つん這いでぜえぜえ言ってたからね。わたしとアヅキくんは生身でケロッとしてたけど。そっからわたしとアヅキくんをロープで縛って長距離飛んで帰ったんだからそりやぶっ倒れますよ。


「近づかなければ戦えないのは現状と変わらないのですが、近づく手段が自殺行為ですね」


「アレを量産するって無茶な話よね」


「ある程度性能は削るって言ってたけどね、それにしても、ねえ……」


 並みの兵士では近づくだけで落とされる。問題はそれだけじゃなかった。斬り込む前提でしか考えられていないから距離を取って戦う手段が無い。つまり、


「撤退戦になったら殿(しんがり)に死ねと言っているも同然ですね」


「煙幕だけしかないっておかしいよね。一応キャノンライフルを付けるって話なんだけど……」


「え"………新型のキャノンライフルってまだ装弾数と携行弾数に問題があったんじゃ……」


「ついでに言うと長すぎて取り回しが悪い上にカートリッジの付け替えも手間でさらに先日の戦闘ではあまり効果がありませんでした。撃ちまくれば抜けるのですが、やはり装弾数と携行弾数が………」


「替えの剣持ってった方が効果あるよねえ」


「飛んでってあまり効果のないキャノンライフルを撃ちまくって撃墜されろというのでしょうか?接近が前提なのに?」


 リスクのある戦法、というかぶっちゃけ死刑かな?みたいな戦法。


「あの女の人は浪漫に走って大事なものを忘れてきたのかな」


「とはいえリミッターを外せば出来ない戦法ではありませんでした。現に私達二人はそうしてました」


「そうしてたっていうかそうしないと死ぬっていうか」


「でここでさらに問題が」


「熱で死ぬかと思いました」


 いわゆる熱暴走と言われるたぐい。だいたいが機器の不調や動作不良、故障につながるヤバい状態。あのバトルスーツは専用のタイツスーツの上にフルプレートアーマーを着込んでいる上に、機関部と排熱部が別々にあって、さらに機関部からパイプが脇を通って背中から排熱される。


「おかげで身体衰弱よりも脇の治療の方が辛かったわ」


「リミッターを外さなければこんなことにはならなかったのでしょうが、しかしリミッターを外さなければ死んでいたという……」


「だけどリミッター解除し続けていたら確実に熱でぶっ倒れてたよね、それも戦場のど真ん中で」


 とはいえデメリットばかりではない。


「キャノンライフルは軍の中でもエースと呼ばれるベテランや歴戦を生き残る猛者なら使いこなせるでしょう。何もキャノンライフル一つで倒せとは言っていないのです、相手を怯ませるだけの威力はありましたからその一瞬でたたっ斬ればいいのです」


「機動性や運動性能は抜群だし、脇にあるパイプの干渉さえなければもっと楽になるわ。エースなら逃げ回るくらいできるでしょ」


「そのエースのほとんども私達と同じ始祖や真祖と呼ばれる純血族です。あの反応速度にもAIによる予測にも着いていけるでしょう」


「ただどれもこれも新型だから整備性についてはまだまだこれからです」


「整備士さんが泣くね」


「ストが起きますね」


 さらにさらに、話が少し戻るようだけど問題はまだあるんですね。


「なんで一対一で考えたんだろうね」


「今回は挟み撃ちでしたが本来戦場では四方八方から敵がくる多対一が当たり前です」


「装弾数は置いといたとしても携行弾数について、まさか戦場の真っ只中輸送して補給、なんて悠長なことしてる余裕はないわね。そんなことをしている内に首と胴が泣き別れに終わるわ。そもそも輸送出来るかどうか」


 ついでに言うとめちゃくちゃ燃費が悪い。実際のところ、この二人ですらあまりの燃費の悪さに被弾して歪んだ部分をぽいぽい捨てていた。攻撃力もそうだけど防御力もクリーチャーに追いついていなかったんだね。歪んだアーマーは邪魔にしかならなかった。捨てたアーマーの残骸は全ては回収しきれなかったからその場で焼き払った。ほっといたら帝国に拾われて二次利用とかなんとかがうんぬんかんぬん。


「仮に補給出来たとして、補給してる最中にエンジンが停止する恐れがあります」


「まさかの機関部と自分の魔力直結だもんね」


「エース以外死にますね、確実に戦闘中に魔力切れを起こして倒れます。亜人族の平均保有魔力量は私達と比べて驚くほど低いのです」


「まあ、それは今の今まで平和だったことの弊害ね。純血族でも亜人族でも日頃鍛えているのはお城付きや軍人、公務員くらい。亜人族は元から純血族と魔力量が少ないし、さらにあんな戦闘できるほど鍛えているのはそうそういないわ」


 なんだ、やっぱり問題だらけじゃーん。


「ってなことを包み隠さず言ったら泣かれながらキレられた」


「ええ……」


「というかこんなの戦時中にやることじゃないわね」


 ででん!そこで提案です。


「刀が欲しい」


「なんですか?やぶからぼうに」


 わたしは使っていた刀を置いてきていた。というのも刀にも神通力や神さまの加護をお願いしてあったがために転移の儀式と干渉したためである。あれが有ればもっと強い。


「カタナ……ここじゃ聞かないものね。なんなのそれ」


「えっ、こっちにないの?」


「うっそぴょーん」


「あるといえばありますが、ここから遥か彼方の東の最果てにある島国を治める種族にしか伝わっておらず、製法も手入れの仕方も謎に包まれています。一度だけドワーフの族長にお話を伺ったことがありますが、曰く『ド変態の所業』らしいです」


「まるで日本みたい。日本も東の先っちょにあるよ」


「それはまた数奇ですね」


「輸入品なら城の武器庫でも漁れば出てくると思うけど絶対錆びてるわよ」


「どうしたもんかね」


 例のバトルスーツはもはや修理は諦めたようで一から造り直すと言ってた。けどわたしもアヅキくんも戦闘が始まって5分と経たない内に全壊させて、剣をバットに残骸で野球の練習よろしくノックをしてたくらい。爆裂魔法やわたしの雷で吹っ飛ばしても良かったんだけど、間違って二人を巻き込む可能性が否定できなかったから



「ぶつけた方が早いんちゃう?」



 byアヅキくんの提案だったんだけど結局シルフィの顔を掠めて怒られた。


「コードXについては機械族を訪ねてみるといいかもしれません」


「機械族?」


「おや、ご存知ない?」


 わたしは首を傾げた。冷たいお茶がうまい。テレビゲームでくらいしか知らない。機械族というからには身体が機械でできているがしょーんがしょーんなメタル生命体のことだろうか。イボンコぺったんこっへいっ。いわゆるロボットとどう違うのかよく分からない。


「南半球にある大陸の大平野一帯と付近の山々を治めています。我々とは違う気質の種族ですが基本的には身体以外大きな違いはありません」


「交流もあるし交易もあるし、外交もしてるわよ」


「ただ一つだけ問題があって……」


「なんかどっかで聞いたような言い回し」


 シルフィが食べかけのくだものをひょいっと口に投げ込むともっしゃもっしゃして飲み込んだ。こんな男勝りなのに部屋はファンシーグッズやぬいぐるみで溢れてるんだから人は見てくれじゃないね。


「機械族は争いごとや戦いごとが嫌いでね、その気になれば世界の半分くらいは牛耳れるくらいの兵器を作れるくらいなのに、この世界の先進国の中ではもっとも兵器の保有数が少ないのよ」


「ほーう……。それ、攻められない?」


「もちろんそういうこともありました。しかし彼らは健在です。数が少なくて済むだけの強さがあるからです」


「なーるへそねえ、生物兵器なわたしが行ったらなんとやらってことですかい」


「……ところで」


「へ」


 間抜けな声出た。ソフィーがなにやら改まってわたしを見ている。悪いんだけどわたしにそういう趣味はありま


「本当に『さん』付けや呼び捨てなどでよろしいのですか?あなたは放浪者様なのです、全てにおいて特権を持つ特別な存在なのです。そんなお方に向かって『さん』付けなど……」


 違った。


「いーのいーの。特別扱いとかそういう堅苦しいの疲れちゃったから。糸の切れたタコみたいにぷらぷらしてるほうが性に合ってるの。第一わたしは迷い込んだんじゃなくて自分から来たしね」


 わたしは手をひらひらさせていーのいーのした。呼び方について、どこへ行っても様様さまサマSummerってなんかこうむず痒いんだよね。変にかしこまられるよりもフランクなほうがいい。女王さまにいたっては呼び捨てだし、そっちのが気楽。


「さてと、長居もあれだしそろそろおいとまするよ」


「ええー、もっとゆっくりしてけばいいのにー」


「姉さんはさきほどから無礼が過ぎます」


「あんたは頭固すぎなのよ」


「はっはっは、アヅキくんのこともあるし、機械族の国にも行ってみるしだから帰るよ」


「なに?アイツどうかしたの?」


「姉さん!セイ様をアイツなどと!」


「なんかね、私来なかったほうがいいかなって思えて来ちゃって…」


「はあ…?」


 あれから彼はというと一日の大半を学園の屋上で過ごし、ずーっと空を眺めてボーッとしている。雨の日なんかは部屋から出ることもなくソファに肘を着いて座ってやはりボーッとしている。ちょっとしんみりした空気になる。


「わたしは自分のことしか考えてなかったのかなって…。いい機会だから少し距離を置こうと思ってる」


「……確かにあのときのセイ様は今までが嘘のような取り乱し方でした。というよりも、今までが平気なフリをしていただけかもしれません。それほど過去から逃げたかったのでしょうか」


「身体は落ち着き始めているけど、心の方はまだまだだったのね。でもね、サイトーが気に病むことじゃないわよ、お礼、言いたかったんでしょ?」


「うん、まあ…」


「機械族の国は遠いですから距離を置いてみるのも一つの手かもしれません。お世話は城付きにお願いしておきます」


 確かこの二人とは同い年だったはず。なのにこの二人は年季が違う気がする。やっぱり戦ってばかりだったわたしじゃ人の心は分からないのかな。


「ありがと。わたしがお見舞い来たのに逆にお見舞いされてる」


「いーのいーの!」


「あ、それわたしのー」


「あははは」


 そいじゃー行ってみますか、機械族の国。

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