第15話 大反省会

要塞盆地国・郊外、軍事施設敷地内兵器開発研究所。の、主にプレゼンテーションを行うために用意されている飾りのある会議室。


「ウチが新兵器や既存兵器の新型について開発を一任されているのはそれなりにワケがあってね、何も女王と悪友だったとか私がラリってるとかそういうことじゃないのよ」


この会議室は所員が使用する会議室とは違い質素という言葉からかけ離れた存在である。政府要人や高額納税者、研究所に多額の寄付をするいわゆるスポンサーの企業や個人を招いてちょっとしたパーティーのように使用される。そのど真ん中で正座をさせられている男女一組。


「あんたの部屋にあったのはどれもこれもおかしなモンばっかだったけど」


「実力と実績がずば抜けているからよ」


「あれシカト?」


「なんてったって周囲の山々を要塞に改造する案を最初に提唱したのは私ですからね」


「何を言っているのか分からないけど怒ってるのだけは分かる。正座させられているから」


「だと言うのに、全てにおいて完璧に上手くそつがなく順風満帆に進んでいたっていうのにコレはなに?!」


「ガラクタ」


「そうガラクタ!!!あなた達二人が揃って最新の技術の粋を結集した!血税と!寄付と!私の薔薇の二十代を犠牲にようやく完成させた!私の趣味を!たった半日で!………たった半日で、はあ……」


プレゼンテーション用会議室は普段の机椅子等は隅へと追いやられ、床には広々と何枚ものブルーシートが重ねられ、見るも無残な試作機の骸が並べられていた。並べられていたといっても、おおよそこの部位であっただろうという推測でもってなんとなく置かれているという程度。たった一度の出撃でそれほどまでに破損せしめていた。つまり原型をほとんど留めていない。城下は数十万の敵勢力に対してたったの四機で殲滅という、驚天動地の偉業に沸き立ち、周辺国でもこの四人を英雄や救世主だともてはやしている。が、しかし目の前のの二十代を犠牲にしたという女は膝から力なく崩れ落ちオイオイと泣き始めた。


「作ったんだから直せばいいじゃない」


byマリー・アントワネット。


「あなたの手足を首を目玉を引きちぎってくっつけるわよ」


「ごめんて」


涙ながらに語るこの女は本気の目をしている。許されるならばやりかねない目をしている。


「………妹がこれを知ったら卒倒するな、いや、もうしてるかもしれん」


同席している女王ですらため息を憚ることなく堂々と漏らす。いくらなんでもこれには目に余ると。ことこの要塞盆地に関しては機動兵器について並々ならぬこだわりを持っているようで、おそらく今回の試作機もそういうものだったに違いない。この開発者の女、二十代を犠牲にしたというがこの世界の種族の二十代はおよそ人類の倍では済まされない単位を過ごしている。原動力以外を魔力に依存しない新機動兵器は、この世界ではものづくりを馬鹿にしていると糾弾された。それをここまで形にしたのはこの女だと教科書に書いてあった。


「とはいえなあ、実際問題、戦闘で砕けちまったのはこっちだって予想外だったし」


「帰りはロープで吊るされて運ばれたもんね」


二人してメイド騎士にロープで括られて帰ってきたのはもちろんのこと、あまりの長距離進撃、激しい戦闘、帰投時の残骸回収と長距離航行によってメイド騎士二人も途中で魔力切れを起こし墜落、偶然付近を通りかかった哨戒任務中の友軍のドラゴンライダーに救助されて帰ってきたのだ。


「落っこちたのが防衛戦線都市の目の前で良かったな」


「ぶっちゃけ残骸が原型なくしたのはそっちのが大きな原因かも」


「私の剣……超電磁高周波剣……なんでもナマス切りに出来る凄い剣……」


「……ブラックボックスが無事だったのは不幸中の幸いと言うべきか?お前らは手加減を知らないな」


「一撃で壊れたから結局生身で戦ったんだよな」


「ネー」


メイド騎士姉妹は今、極度の疲労と魔力不足のために安静にしている。簡単に言うと病院で点滴を受けて寝ている。しばらくは休養を必要とのことで、この間にまたしても大軍勢を寄越されたら大変めんどくさいことになる。………手加減?なにそれおいしいの?


「問題はこのバカチン共が手加減出来ないという以外に、斎藤もおそらくアヅキと同じ体質・身体能力であること、エルフの二人の二機に関しても想像以上にダメージが大きいことだ」


「アイツらはどういう訓練を受けたのか知らんがプロの動きだったな。一般人が見る優秀な軍人って感じの戦闘だった」


「つまりダメージコントロール出来ていたと判断していい。私が映像を見てもそう取れる。にも関わらず軽く見積もっただけでも向こう半年は修理と調整だ、……休む暇なく連日連夜徹夜した場合での激烈な過密スケジュールでだが」


「私のハンドキャノン……現行型の最大500%も上を行くのに……魔力依存兵器の5倍の威力なのに………」


問題は俺達だけではなく、クリーチャー相手に新機動兵器が想定より通用していなかった。無論、想定よりなのだからまったく通用していなかったワケではないし、毎回こんな激烈な戦闘ということも無いと思いたい。ただ小規模なり中規模なり連戦を強いられた場合こうなるというのが初陣にして突きつけられた現実だった。いかんせんまだ試作機の段階で量産とは程遠く、一つ一つのパーツを取っても生産に時間を要し、整備性ともなればお察しくださいのレベルだ。複雑な機構ゆえの高性能、複雑な機構ゆえの問題。もちろん量産化が承認されれば相当な簡素化がされるだろうが前述のとおり量産への道のりは長い。


「もう一つ驚くべき問題はクリーチャーに魔法が有効だったということだ」


「ただし、外殻をブチ抜けたらの話だがな」


「わたしあしいたい」


「いくら兵装がダメになったからって素手を突っ込んで内側から爆裂魔法を発動するなんて、お前の脳筋プレーにはほとほと呆れる」


「いやあそれほどでも〜」


どうにか帝国領境界まで間に合い、さあ戦闘開始だと意気込んで拳をブチ込んだらなんとクリーチャーとともに篭手が吹っ飛んだのだ。そのあともう片方の手も同じように壊れ仕方なく素手で戦い、足は使わないように気を付けていたのだが、やはりというか反射的に反応してしまい両手両足がダメになり、チマチマ倒すやり方のじれったさめんどくささを感じて無理矢理超電磁高周波ブレードを押し込んで内側から爆裂させたのだ。もちろん剣も一回でダメになったのでもっと極端な爆裂魔法を極端な魔力を紅い球体、レリックからもらって発動し一気に焼いた。俺は怒られた。


「褒めてない褒めてない。斎藤に至っては神通力だったか?手刀で斬撃を飛ばしてあやうくシルフィの首が飛びかけたと聞く。というか、剣の柄も刀身も握り潰すとはどんな握力だ?というかニホンジンてどんな皮膚してるんだ?超電磁高周波ブレードだよな?触っただけでも手が落ちるよな?なんで斬れないんだ?」


「女王さまなんて?」


「斎藤さんの握力パネェだって」


「すっとぼけるなよ斎藤、神通力使えば言葉が分かるのは出撃前のやり取りで分かってるんだぞ」


「ぶっちゃけ私は女の子だからアヅキくんほど力ないです」


「ええ………」


「なんなの?ニホンジンなんなの?クリーチャーなんかよりよっぽどバケモンじゃない」


まとめると、俺達二人は手加減を覚える、コードXはクリーチャーの外殻を貫けない、超電磁高周波ブレードは半分しか通らない、通常運用してもダメージは想定の倍以上、所員からふざけんなハゲ死ねとのクレーム。


「核戦争やりまくった結果、俺達の世界はアホみたいな劣悪な環境に陥ったし、一部の富裕層や政治家はとっとと地球を捨てたし、乱れた秩序に第二人類とか第二自然体とかでもうしっちゃかめっちゃかで」


「……アヅキくん、それ凄い昔の話なんだけど、アヅキくんここに来てどのくらいなの?」


「えっ?……半年くらいじゃね?」


え、なにこの不穏な空気。


「………驚かないで聞いてね。まず、私の年齢は17と1000年なの」


「……は?!1000?!」


「アヅキくんが行方不明になってからしばらくして人類の寿命、細胞年齢を人工的に、後天的に操作する技術が開発されてね、その最初の臨床試験に選ばれた五人のうち一人が私でね」


「おい…、おい………」


「その技術のモデルは」


「俺だよ……」


俺の細胞、俺のDNA、俺の遺伝子。髪や唾液、血液、皮膚の一部を提供した。子どものころ、得体の知れない化け物だって言われて一人ぼっちだったころ。君の体は病気に強い、きっと役に立つと連れてかれたことがある。あとで知ったが後の祭りだった。まさか、裏であぶない実験をしていたなんて知らなかったんだ。知ったときにはもう手遅れで、自然界に逃亡した個体がいるとか、既に技術流出しているだとか、そこからは見たくも聞きたくもないことばかりだった。


「なんだ?なんの話だ?おいアヅキ、大丈夫か?顔が真っ青だぞ」


俺は今、頭を抱え込んだ。嘘だと言ってほしかった。たちの悪い冗談だと言ってほしかった。忘れたはずの過去に追いつかれた。


「そう。そして私を含めた五人は全員臨床試験が失敗、全員あなたと同じ超人になってしまったの。本当は核の影響を受けない人類の研究のうちの一つだったんだけど」


「人を救うって、約束だったじゃないか……」


子どものころの俺を訪ねた医者だという男の張り付いた笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。思い出したくもない忌々しいあの笑顔の下にどれだけの悪意を秘めていたのか。殺した今では知ることは出来ない。


「俺が…、俺が原因なんだ……、核戦争の…」


「!」


「俺の体……、子どもは作れないから……、せめて……、人の役に立てるならいいだろうって……、小学生のときに…」


「…外道ね、ソイツ。子ども騙してヤバい技術作って、挙げ句戦争の引き金になるなんて」


「生きたまま串刺しにしても足らんな」


いつの間にか正座していたことも忘れ、頭を抱え、うずくまり、フラッシュバックする忘れたい過去に怯えて震える。頭痛と吐き気が止まらない。あんなのは医療とは呼べない、人を救うものなんかじゃない、病気なんか治せない。よしんば治っても、そのときには人間をやめている。…待てよ、なんでそんな人間を辞めた女の子がここにいる?どうして言葉が分からないフリをしていた?なんで俺のそばから離れない?


「ははっ…、そうか……、そうか分かったぞ!俺のこと殺しに来たんだろう!!」


「えっ」


俺は突然立ち上がって叫んだ。


「俺のせいで年を取らなくなった!死ねなくなった!周りは老いて死んでいって、自分だけ取り残された!気味悪がられて居場所もなくなった!俺のせいで!!!だから俺を殺しに来たんだろう!」


「そんなことしないよ!」


「おおし来いよやってやるよ!!さあほらかかってこいよ!」


「聞いてアヅキくん!」


「知ってるぞお前らの考えることなんか!お前らいつもそうだったもんなあ!俺のことを利用することしか考えてないくせに!俺のDNAが目当てだったくせに!俺のことなんかどうでもよかったくせに!笑って近づいてきて!!」


「聞いて」


「俺の体をさんざん好きなように弄りまくってバラバラにしてくっつくのを指差して化け物だって笑ったよな!!!!」


「ねえ聞いて」


「毎日毎日コソコソヒソヒソ!聞こえないとでも思ってんのか?!バレないとでも思ってんのか?!俺はそれでも誰かが助かるならって我慢したのにそれでもお前らは!!!俺のこと裏切っ」


「聞け!!!」


俺は斎藤さんの怒鳴り声に思わず驚いて肩を震わせた。小柄な体格からは想像しえない威圧感と大きな声に、俺だけでなく女王も開発者の女も硬直した。一瞬の剣幕は今ここにいる四人の中で誰よりも強いものだった。


「私達五人は誰もアヅキくんのこと恨んでないよ」


「…え?」


「アヅキくんがいなくなったころが一番地球の荒廃が究極に陥っていてね、私達五人は地球を五つのエリアに分けて、地球の再生させたの。まさか1000年も掛かるとは思わなかったけど、それでも私達はなんとか頑張って、地球は平和になりつつあるの。もうすぐ1000年前よりも綺麗な地球にできるくらい」


「……………」


「それでね、私達五人のうちアヅキくんと同じ日本人の私がアヅキくんを後を追いかけるって決まったの、お礼を伝えるために」


「お、お礼…?俺に、お礼……?」


なんで自分が生まれたのか、なんで生きているのかも分からない俺に、お礼?俺が核戦争を起こしたも同然なのに?俺が君の人生を狂わせたのに?疑問符が止まなかった。目の前の女の子はもう怒っていなかった。俺の両肩を持ってまっすぐこちらを見つめている。その瞳にはどこにも憎悪なんか写っていなかった。


「そう、お礼。ありがとうって」


「なんで…」


「臨床試験は私達が最初で最後だった。悪い奴らは皆とっちめたし、アヅキくんから奪ったものは全部捨てさせた。あとこれ、本当は最初に見せようと思ってたんだけど」


彼女が見せてくれたのは一枚の写真だった。無菌室にベッドで横たわっている痩せこけた少女が写っている。どこを見つめているのかも分からない虚ろな目はまるで死んでいる人間と変わりがないほどだ。これがなんだと言うのだろうか。


「これ、小学生のときの私」


「?!」


「本当のところ、悪い奴らはずっとずっと前からアヅキくんのこと狙ってて、アヅキくんの細胞もすぐに私のところに来てたの。世界初の臨床試験だなんてニュースなんか真っ赤な嘘だったの。でも、アヅキくんが辛くても我慢してくれたから私は助かった」


「あ…、あ……」


「ありがとう、私を助けてくれて」


俺はその日、ガラにもなく泣いた。泣きじゃくった。まだ16、17年なんていう少ししか生きてない人間だけど、それまでの人生で最も泣いた。まさか女の子にすがりついて泣く日が来るなんて思わなかった。……こんな俺でも誰かを救えることがたまらなく嬉しかった。

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