第13話 斎藤さん

「まず簡単なものから覚えましょう。基本的に複雑な魔法や魔術は膨大な知識を学び、何度もトライアンドエラーを繰り返してようやく覚えます」


「うん」


「ですがいきなり高度な知識についていけません。そうですね、火を出してみましょう」


外に移動。病室の中でやったら緊急避難訓練パート2になりかねない。


「さて、火はどうやって起こりますか?」


「火打ち石で火花散らして藁を燃やすとか?藁についた火は燃え尽きるまで酸素で燃えてるとか。ライターとかそんな感じだよね」


「ライター?」


「藁の代わりに化石燃料使ってる。ちっちゃいケースに火打ち石付いてて、押すとか回すとかしてボタンスイッチみたいなの押し続けると燃料がある限り火が出続けるヤツ」


「なるほど……。魔導ではなくそれ以外で発展した世界ではそんなものがあるのですね」


今日の担当の女子はスッと手を出すとフィンガースナップ、いわゆる指パッチンをして火を着けてみせた。すると何を燃料にしているのか、指先から火を出し続けている。


「これは日常生活での小技ですが、二本の指の先の皮膚を簡単な魔法で変質させて弾き、自分の魔力を燃料に燃やし続けるものです」


「なにこれカッケエ」


「その昔は魔法陣から直接出すのが常識でしたが、術者によって加減が変わるため現代では機器の中に誰でも使える簡単な魔法陣を組み込み、スイッチを押すと魔力が充填されたカートリッジから供給を受けて火を出します」


寮のコンロなど、家庭用はこれが使用されているとのこと。一瞬どこぞの大佐みたいに指パッチンしたら爆発する勢いで燃えるのかと思ったがどうやらそういうものではないらしい。しかしこれはあくまでも家庭用の話。これが軍用のものなら恐らくそれこそ爆炎が起こるのだろう。でなければ使い物にならん。


「では病室に戻ってこの簡単な魔法陣を覚えて、指先から火を出せるようになりましょう。慣れたら手のひらに魔法陣を広げてもっと大きいものを試してみましょう」


「おっしゃ」


後で聞いた話だが、この簡単な火を出すやり方。幼稚園児レベルらしい。しかし悲しいことに、きっかり朝の8時から始まった講義はまるで実ることなく一日が終わろうとしていた。言い訳をするのなら、十八年生きてきた中で覚えたことはほとんど役に立たず、概念や常識、考え方もまるで違うから理解がまったくもって追いつかないのだ。覚えられたのは魔法陣だけで、しかも不発。形成も誤字脱字も無いにも関わらず何度指を弾いたところでただ音が鳴るだけ。午後になって2時間近く、どんなに指を鳴らしても虚しく音が鳴るだけなのだった。


「どうしてでしょう……」


「な ん で じ ゃーーーー!!!」


「正直申し上げにくいのですが、セイ様は魔法陣の方が覚えられるほど頭脳が足りてるとは思っていなかったのですが……。どうして魔法陣は間違っていないのに発火しないのでしょう」


「どこ見て言ってんのかな?!申し上げにくいとか言っといて火の玉ストレートだよねそれ!」


あり得ることとして、元の世界では魔法は現実に存在しないもので、空想の産物であるという夢物語だと刷り込まれてしまっているためだと思われる。本気で俺は魔法が使えるんだなどと言って回れば頭を疑われるか薬物を疑われるか、よくても後ろ指を差されて笑われるのだ。魔法が使えて当たり前、魔法が使えなくて当たり前。この世界の違いは自分が思っているよりも大きな隔たりなのかもしれない。なんとなくで使えた召喚魔法はなんとなく使えるに過ぎず、100%コントロール出来ませんである。これが例えば火の魔法ならあるときはライター、あるときは焦土などという、極論してしまえばそういうことなのだ。毎回ライター程度ならまだしも、いつどこで辺り一面焦土と化すのか分からない魔法など使えたものではない。


「手のひらの方からやってみますか?」


「加減できないのに?両手に魔法陣貼っつけてパァンってやってみる?」


「……紙に書いた魔法陣に魔力を注ぐやり方にしましょうか」


紙に書いた魔法陣の場合、紙も一緒に燃えてそのまま燃え尽きてしまえば消えるんだそうな。加減できなかったとしても、大きな炎の場合すぐに燃え尽きるから大丈夫とかなんとか。そういうことは早く教えてくれたまえ。B5程度の大きさの紙にペンで描いて魔法陣に触れて魔力を流し込む。肩の力を抜いて川の流れを想像するといいらしい。


「………燃えないよ?」


「私が書いたのになぜでしょう、私が触ってみてもよろしいですか?」


「ん?うん」


魔法陣の描かれた紙を女子に渡すと、彼女の指先が触れた瞬間轟音を立てて爆発を起こした。なぜか炎はこちらに向かって猛烈に発火し、火炎放射を浴びた俺はギャグ漫画よろしく髪型が特大アフロになった。俺は疑問に思った。なぜだ?なぜなのだ?このあと頭の上から金ダライが落ちてくる予感がする。


「ゲフォッ」


「…………、くくっ」


「笑ってんじゃねえ!」


このあとも、氷や雷や水といった四大元素の魔法について勉強し、意外にも基本的な知識については全く問題なく身につけた。がしかしそれとは比例せず魔法の行使についてはまったくもってうまくいかなかった。まるで意図した通りに発動しないのだから身に付けるとか付けないとかそれどころの騒ぎではないのだ。氷雪系を習えば自分が凍え、雷は頭の上から落ち、水を出せば何故か足元に発動してずっこける。センスの欠片も感じられないと笑われた。


「最初の不発に比べれば進歩はしていますが、なぜ出すだけのはずなのにこうも失敗続きなのですの?」


「やっぱ体がまだ本調子じゃねーんじゃねーの?」


入院して早くも丸2ヶ月が経っていた。身体に異状はなく特に具合も悪くもなく、なんとなく使える召喚魔法で出てくる紅い球体もいつも通り元気に飛び回る。検査結果についても魔力腺の成長は認められるもそれ以上は認められないにも関わらず、魔法は上手くならなかった。もはや単純にセンスの問題か、やはり生まれた世界の問題なのかと疑い始めた。私が英才教育しているのに……とブリジットは爪を噛んでいる。できれば意地は張らないで頂きたい。何か無茶振りされそうな気配を感じる。出来ないものは出来ない。人生諦めが肝心なのだ。


「お嬢様、お電話です」


執事の爺やが受話器を持って寄越した。この時代に固定電話かよ、と思った。こちらの世界でもスマートフォンのような携帯端末を支給された。既に普及しているからそうなったのだろう。しかしなぜこの手の貴族なお嬢様は固定電話にこだわるのか理解しかねる。などと紅い球体と戯れながら午後の3時にお昼寝できないことを不満に思っていたら、ブリジットがすっとんきょうな声を上げて俺の顔を見た。 


「そろそろお前にも名前が欲しいなあ。いつまでも球体球体ってそれじゃ」


「なんですって?!」


「ぅおぅ」


肩を跳ね上げて驚いた俺は入院患者の着る薄っぺらい服のまま手をひったくられて胴体がやたら長い黒塗りの車に突っ込まれた。


「なに?!なに?!なんなの?!」


「もう一人放浪者様が現れたそうですわ」


「マジで?」


城に着くと客室に座っている女の子がいた。ぱっと見ただけで同じ日本人と分かった。がなにか様子がおかしい。いきなり知らない世界に来て動揺しているというより、なんの準備も下調べもなく突然海外旅行に行って困っている風だ。遠巻きに様子を伺っている侍女達も何か様子が違う。両方とも困っているのは確かに見える。なのに視線だけが行き交わされるだけでおろおろしている。


「……ひょっとして、言葉が分からない?」


「日本語!」


挙動不審だった女の子はパッとこちらを向いた。普通の女の子だ。黒い髪で肩くらいの長さ、身長は俺の肩くらいで特に変わった風は無い。どこか見覚えのあるような記憶が蘇る。しかし会ったことはないはず……。初対面でなければ名前くらいは覚えているに違いないが出てこないからだ。女の子は俺の格好を訝しく思っていながらも立ち上がって寄ってきた。


「あ、あの……」


「君が現れたっていう、放浪者?」


「ほ、ほうろうしゃ?」


何かなんだか分からないといった顔だ。無理もない。自分が生きてることにも興味がない俺と違って年頃の女の子はなんにでも興味を持ってなんでも眩しく見えるんだろう。だいたいの説明をしていると今度はブリジットが苦い顔で袖を引っ張って呼んだ。


「セイ様、さきほどからお二人が話している言葉がまるで理解できないのですが…」


「は?」


この世界では、あくまでも俺の中では日本語しか喋っていないし書いていない。全ては勝手にこの世界のものに都合よく変換されており不都合が起きることなく過ごしてきた。なのに、今も同じようにしているのに話している内容が分からない?どうなっているんだ?


「あの、ええと…」


「ああ、自己紹介してなかったっけ。俺はアヅキ・セイ。もし同じ世界から来たなら…」


「アヅキ・セイ!?あのアヅキ・セイ?!」


「同じ世界から来たならそのアヅキ・セイで間違ってないよ。君の名前は?なんか俺、君の顔どっかで見たことある気がするんだけど……」


「私は斎藤一子、一に子って書いてよしこって読むの」


「あー!新選組三番隊組長の子孫だっていう!テレビで見たことあるわ!!めっちゃ剣強いんだっけ?」


「は、恥ずかしいから大きな声出さないでよ」


「おお、ごめんごめん」


意外にも新しい放浪者はなんと同じ世界から来た女の子だった。不思議なことに彼女はこの世界の言葉がまるで分からないという。俺がこの世界の人と自然に会話しているところを見て終始驚いていた。俺は彼女の通訳と面倒を見るとのことで即日退院、女子寮で隣の部屋になった彼女の案内をすることになった。


「なんで男の子が女子寮に住んでるのか聞いていい?」


「めっちゃ簡単に言うと種馬」


「た、種馬……」


一通りの女子寮の建物の案内と家電の使い方や元の世界との仕組みの違いを説明してその日は終わった。その後彼女の検査入院に付き合い、特に異常は認められないことを報告し、学園の授業を見学してもらうに至る。


「そーぅ、りゃっ!」


「いったーい!」


「セイ様、加減加減ー!」


「強化魔法使っとけー」


唖然としっぱなしの斎藤さんを片隅に置いてジャンプサーブを決める。最初は誰でも驚くし、俺も驚きっぱなしで途中から感心するのをやめたくらいだ。文化もスポーツもほとんど元の世界と同じなのだ。いちいち感心していたらキリが無い。ただ耳が長いとか肌が黒かったり白かったり、はたまた緑色してるオークのゴリゴリマッチョだったり、中にはツノが生えてるのがいたり。今までと変わらないところと今までとはおおいに違うところのギャップが激しくて追いつかない。


「そういえば、手とか肌とかなんともないのか?」


「え?う、うん、なんともないけど…」


「人によって違うんかな…」


俺がこの世界に来たときはひどいものだった。身体が変質する直前だって口にするものはほぼオーガニックのみでなければ飲み薬を服用しなければならなかったほどだったのだ。それが斎藤さんにはない。


「私達、本当に今日本語で話してるの?」


「たぶん」


「でもセイくんは日本語で話してるのにこっちの人と普通に話してるよね?」


「たぶん…」


「何語で話してるか分からないけど話せてるんだよね?」


「まあ……」


「ヘンなの………」


昼休みが終わった屋上。とっくに午後の授業は始まっているがここは特権階級。誰も注意することはないし罰もない。いつもそばにいるメイドの二人もいきなり斎藤さんが現れたことの後始末で今はいない。特にシルフィはいっつも口うるさいからいない方がいい。ただ二人で誰もいない屋上で大の字になって青空を眺めている。


「平和だなあ……」


「いやあ、案外そうでもないよ?こっちの世界も」


お約束の【フラグ】を建てるというやつだ。こういうことを言うと呼び寄せてしまうのだ。あんまりやると、アホか、お前はどうしてそうお約束が好きなんだとツッコミが飛んでくる。案の定、軽く息を切らして走ってきたブリジットがようやく見つけたと言わんばかりに駆け寄ってきた。真面目に走ってきたところをみるとやはり面倒事かと。風の強い屋上であるというのにお嬢様が舞い上がるスカートを気に留めることなく、大々的に下着も太ももも晒して早く起きてと手を伸ばしてくる。


「非常呼集ですわ!」


「へいへい、まったく昼寝もゆっくりできんのなー」


「な、なに?」


気になったのか、なんとも言われなくとも一緒に起き上がった斎藤さんはまたしても戸惑っている。そういえば斎藤さんはこの世界がクリーチャーの侵略に脅かされていることを知らない。というか伝えてない。


『お前と違ってデリケートなんだろ』


『あんたに言われたかないわい』


昨日の夜、俺と違って精神的な動揺が大きく見られるから落ち着くまでしばらくは黙っているようにと女王様からお電話を頂戴していたのだ。気を遣ってやれとは女王様らしくないが同じ女としての気遣いなんだろう。しかし非常時だからと言葉が通じないからと、部屋に帰して一人ぼっちにしておくのもしのびない。おまけに言葉が通じないどころか字も分からないときたもんだ、部屋に帰したところでネットも本も暇つぶしにすらならないだろう。となればだ。


「一緒に来る?」

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