第12話 変貌

「くどくどクドクド!」


「わぁーったよ」


「ガミガミがみがみ!!」


「わぁーったってば」


「ぎりぎりギリギリ!!!!!!!」


「なんで歯ぎしり?」


「私もお姫様だっこされたかったですわ!」


「そっちかーい」


病院の目の前で起きた交通事故は、結果論ではあるが車体の経年劣化からくる誤作動によって起きたものだった。この世界では既にオートドライブが当たり前に普及しているしうだが結局はセンサーやAIに頼っているらしい。古くなれば壊れるのはどこの世界でも同じということか。しかし幸いにも病院が目の前にありすぐに救助されたということで怪我人は大事に至ることはなかった。……俺の食らってる説教以外。


「まったく、自分の身体がどれだけ大変なことを起こしたのか分かってんの?!あのねえ!人間診察したことのある医師は限られてていたところで経験も少ないのばっかで手探りのところもある中で3ヶ月はベッドから起き上がれないだろうって言われてたのをあんたは」


「それはもう何回も聞いたからわぁーかったって」


「とにかく、セイ様はこれから退院するまで毎日私達生徒が変わる変わるお見舞いの名目で監視に付きますわ」


ベッドに無理矢理寝かされたと思ったら起こされてリクライニングベッドだったでござる。お説教され続けること半日。毎日監視?流石にそれは勘弁、と反抗しかけたところ額に軍用ナイフが突き刺さった。はずだったが軍用ナイフはへし折れて跳ね返り床に落ちた。顔に冷や汗が吹き出る。


「えっ……と、今の、なに?」


「マジックコーティングを施された上に強化魔法を多重に掛けてもこれですか、チッ」


「舌打ちされた?ねえねえ今の舌打ち?」


「まったく心配して損したわ!ま、あたしは最初からそんなに心配してもなかったけれど?寮の女子生徒達が泣いてすがるから私は毅然として応急処置と救護を…」


『ねえどうしよ?!やだ、出血が、吐血が止まらないわよ!こんなに血が出たら死んじゃう!!ねえ!そっ、そうだわ病院!救急車!110番!ホットライン?!!ああああああ!!!また吐血したあああ!!!』


『姉さん落ち着いて』


「ちょおおおおおおおっ?!」


「動画はこういうときに役に立ちますわね。まったくもって慌てふためいておりましたわ」


「奥で白目向きながらアホヅラ下げてちんちんブラブラしながら全裸で運ばれる俺に目が行ってしょうがないな」


「実は一晩付きっきりだったのは私ではありません、姉さんです。私は朝交代して目の下にクマを作っていた姉さんを説得して帰したんです」


「やーいツンデレー」


「ムキー!!!!」


それにしてもまったく理解ができない。確かに俺は他の人とはちょっと違うかもしれない。けどだからってバカでかい刃渡りのナイフが刺さらないなんてことはない。大丈夫、怪我はしたことある。しかし今、目の前で起きたことに説明ができない。ということよりも以前になぜこんな物騒な武器が額に向けられたのか。


「今のナイフはこれから監視に来る生徒全員に支給されます。眼を狙うように連絡しておいてください」


ソフィがブリジットに言いながら視線を送ると、ブリジットはそのまま視線を病室のドアの外に向かってパスした。外に誰かいるのか?そういえば確かこの国のお偉いさんの娘だったか?そこまで思い出したら後の展開が読めて思考が止まった。


「例の紅い球体の影響か、急激に身体が造り変えられその結果として……か」


「ショックですか?自分がますます人間離れしていくのは」


「ショックよりもまだ受け止めきれてないって言った方が正しいかもしれん」


医者曰く、未だ特異な身体によって一般的な画像撮影などの検査はできないにしろ、魔力神経が形成されたことはおそらくそういうことだろう、と。試しに魔力を通した検査を行ったところ機器の上限を振り切り回路をショートさせた。魔導師適正試験専用機器を用いても結果は変わらず、それどころかショートした瞬間発煙し、防災機器がけたたましく警報を轟かせスプリンクラーが防火水を撒き散らし、抜き打ち避難訓練を起こした。


(そして俺はこの世界にもスプリンクラーあるんやなあ…とずぶ濡れになりながら感心していたのだった)


抜き打ち避難訓練以上の混乱は怒らなかった上にその日のうちに全て元に戻りことなきを得た。引きこもり女王様が聞きつけてわざわざ貸しを作りにおいでくださったのだ。よく訓練された職員万歳、魔法万歳。


「魔力線の現像写真をこっちにも回してもらいました。複数を頼んでおいて正解でした」


「何度見ても異常ですわね」


「オツムはこんなにも残念なのにどうしてこうも身体は立派なのかしら」


「おいコラ」


説明を受けたところ、魔力線とは人体にある神経とか汗腺とかリンパ腺とかなんとかと同じように張り巡らされているもので、密度や質や具合などは個人によって違い、魔導師適正に最も影響する。そして俺の身体にある魔力線は男性としてどころか全種族総合世界ランキングぶっちぎり第一位に躍り出たという。そもそもなんでそんな世界ランキングなんてあるんだ、というのは置いといて。極めて良質、極めて密度は高く、極めて強力であるという診断はこの魔力線を写した白黒のレントゲン写真のようなものからくる。もはや感光して白く飛んでるんじゃないかというほどびっちりと線が映っており、魔力量や魔力操作に関わる脳や心臓ともばっちりびっちり密接に癒着しもはや同化に等しいとさえ言われたのだった。詰まるところ、おそらくあの紅い球体のおかげで普通のかよわい人間から地上最強になってしまったのだ。


「ま、いまさら人間離れしたところで俺は昔からだからなあ」


「ではもっと人間離れいたしましょう」


「えっ?」


ブリジットが両手を叩くと病室のドアが急に開き、ソフィやシルフィとは違うメイド服のメイド達が怒濤のごとくなだれ込み、広々としていた専用個室の中へまたたく間に大きな本棚を作り上げ、ぶ厚い本を次々と詰めていき気付いたときには最後に退室するメイドがうやうやしくお辞儀をしていた。あまりの出来事にまたしても意識が飛んだ。一体何がどうなっていると言うんだ?この本棚は?なんなんだこの本の量は?


「身体の変化が終わるまでどれくらい掛かるか分かりません」


「うん」


「完全に落ち着くまでまだ時間が掛かるそうよ」


「うん」


「ずっと入院ですわ」


「退屈だけど、まあ仕方ない」


「時間、たくさんありますよね?」


「ああ、そりゃあ学校にも行けないしな。あっごめっ予定があっ」


途中で察した。いや、察しが悪かった。もっと早くに気がつくべきだった。軍用ナイフ、この本棚、ぶ厚い本の数々、毎日変わる変わるくる生徒。導き出される答えは一つしかない。


「大丈夫ですわ。全教師全女子生徒が嫁候補であり側室候補なのですわ。学校まるごとあなたのもの同然のメンツ、決して無礼も無作法もない最高の女子ばかりですの」


「痴女具合も最高だけどな!やだよ!俺勉強なんかやだよ!」


「子どもか!」


「カッコよく魔法使えるようになったらもっとモテモテになりますよ。世界中の美少女を集めてハーレム作れますよ」


「どこからやればいい?」


「チョロ過ぎるでしょ」


「焦ることはありません。痴女具合も最高ですが成績もまた最高を誇る生徒ばかりです、皆さん良い家庭教師になってくれます」


軍用ナイフは脅しに使うためってどんな家庭教師だよ。いや俺が普通の人間だったら脅しにどころかとっくに死んでいるのだが。そういえばあの紅い球体は今どこにあるんだろう。倒れる前、風呂に入る頃には見失っていたが呼べばどこからともなく出てくるから今どこにあるのかなんて考えていなかった。そこまで頭が回りもしなかったが。そうだ、そうなのだ。そもそも倒れて入院する羽目になった原因はヤツなのだ。なぜヤツがいの一番に見舞いに来ないのだ。意識があるのかないのかフワフワと浮遊しながら着いてくる、呼べば寄ってきてくっついてくるまるで小動物のようなヤツ。


「なあ、紅い球体のヤツはどこ行った」


「そういえば見かけませんわ」


「呼んだら出るんじゃない?」


「召喚獣じゃないんですからそんな…」


「……召喚、ねえ」


ふと手のひらを出して出ないかなーなんて思うと、小さな赤い魔法陣が展開されて発光し、中からヤツが現れた。自分でも驚きを隠せない。眼を見開いてそんなバカなとヤツをひっぱたいて壁に叩きつけると豪速球で体当たりされやり返された。信じられない。だがこのたんこぶの痛さは夢ではない。魔法はおろか普通の勉強、というか元の世界でも正直に言ってお世辞にも優秀とはいえない成績だった俺が、突然魔法を、それも手のひらに出して使ったというのか。こんな簡単に使えるものなのか?


「う、うっそお……」


「流石セイ様は常識が通用しませんわ」


「感心している場合ではありません、必死に努力し研鑽に励んだ私達の立場がありません。こんな複雑な召喚魔法をこんな小さく展開しこんな膨大な容量を持つものを一瞬で…。しかもご主人様、今なんとなくで手を出しましたね?」


「え?ああうん、なんとなく出ないかなーって」


「魔法や魔術は学問と同じくまず知識が物を言うのです、行使にはスポーツと同じように適切な指導と経験が必要なのです。それをまったく知識も経験もないのにただ『なんとなく』で?!」


珍しくソフィが取り乱している。常に落ち着き払っている彼女らしく慌てつつもよく観察しているようだが俺にはまったくこの重大さが分からない。魔法について知識も何もあったもんではないのだから自分が何をしたのかも理解できていないのだ。今さらながらもう少し授業は真面目に受けていればと感じた。もちろん未だに自分が日本語で話しているつもりでも、この国は何語で話しているのか分からない時点で真面目に授業を受けたところでなんだというのだが何にも分からないよりはマシだったに違いない。何事もまったく初めてか初めてでないかは大いに違うのだ。これはまた混乱を呼びそうなことだ。これから始まる家庭教師と本棚だけでも溜め息が出るというのに、喚び出された紅い球体は呑気にくるくる飛んで回っていた。ハエたたきで落としたらやっぱりやり返された。



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