第10話 駆け抜ける戦場

「か、核人間…?」


「ああ〜、だからご主人様、放射線科を泣かしたのですね」


「え?」


「あんたそういうことは早く言いなさいよ。私達も初耳じゃないのよ」


「ちょ、ちょっと待って。私にも分かるように説明して」


「コイツのレントゲンやX線検査の類はまるで映らなかったんだよ。今のところ内視鏡でしか検査出来ていない。そういうことだったのか」


「女王様、それは彼が病気になったらどうするのですか?」


「今はそれは問題ではない。アヅキ、どちらにしてもお前は核動力があっても魔力が無いし耐性も最近ようやくだろう。どうやっても動かせないだろ」


「……いや、一つだけ方法がある」


「なに?」





「心臓に直接プラグを刺せばいい」





「ばっ、バカ言ってんじゃないわよ!そんなことしたらアンタ出血したまま戦うっての?!」


「ご主人様、それは許容いたしかねます」



無理矢理にでも自分も戦場へ出ようとすると驚きとともに激しく反対された。従者としては当たり前のことだろう。なにより人間、いや人間であってもなくても生物が心臓に直接何かを刺したまま平然と出ようなどとはオツムを疑われても仕方がない。驚くメイド騎士をよそにアヅキは平然としながらも真面目な表情で躊躇いなく、依然として戦場に出ようとしていた。


「ちょっとおかしいんじゃないの……この子…。そりゃ動力源から直接引っ張れるなら変換器で魔力でもなんでも出るけど……」


「心臓に刺したプラグに変換器を接続してコネクターを配してエンジンに繋げないか?」


「素人は黙ってなさい!だいたい、そんな体で大気圏を抜ける負荷に耐えられるワケないでしょう。あのプロトタイプ一つ動かすのにどれだけの負担があるのか知らないからそんなこと言えるのよ、そんな体であれ動かしながら飛んでったら稼働の負荷とGの負荷で向こうに着く前に体がバラバラになるわよ」


「俺が直接魔力を引き出すには……」


「もういい、言い争える時間は無い。メイド騎士二人はただちに出撃、強行偵察部隊を救助し前線司令部に生かして帰投しろ」


「「はっ」」


「?!」


途方もない巨大な魔力がうねり雄叫びを上げる。黒かった瞳を真紅に輝かせ身体中から凄まじい魔力が噴き出す。


「俺は、俺は…、俺は……」


「な、なによこれ……」


膨大な魔力が周囲を圧迫し部屋のあちらこちらを破壊し始める。腰を抜かしただただ押さえつけられるだけの開発者の女はようやく絞り出した、かすれる声で言った。アヅキは噴き出すオーラを気付きながらも押さえず超然と受け入れていた。右手のてのひらを開いて見せると、そこには今回のプロトタイプのコアのモデルとなった醜悪な欲望と憎悪を形にした燦爛と鮮血の色を放つ球体があった。


「おい、ふざけるな、封印したんじゃなかったのか」


「ふ、封印しましたよ!!世界樹の地下深くに封印シェルごとさらに多重結界を張って一切の立ち入りも禁止されてるクラスに!!!」


「だ、ダメですよ…、そんなの使っ、……ご主人様……」


「痛っ!」


部屋に充満した魔力がぶつかり合い摩擦を起こして稲妻が走り、柔肌が切れた。まるで取り憑かれたかのように紅い球体に視線を吸い込まれている。掛けた声はまるで届かず、苦しむ侍従の様子に気を留めることもなく、ゆったりとアヅキの身体が持ち上がり浮いたと思ったら眩い紅に包まれて身を消した。




「く、もうここまでか……」


「せめて情報の転送だけでもあればよかったのに…」


「俺達よくやったよな」


「司令部に情報を持って帰れたらもっとな」


「言うなよそれを……」


「皆ここまでよくやってくれた……。最期くらい自分で決めていいぞ」


囲まれている部隊。既に諦めと絶望に支配され、おのおのが最期を覚悟する。空軍のエースのみから選抜されたエリート。その自分達でさえ。そんな思いの中でも死なない心を振り回すだけの、最後の一撃をくすぶらせていた。火が着けば死なば諸共、そんな一撃を手元に隠して機を伺っている。血と硝煙に紛れ込ませた一握りの魔力。もはや空を駆けるだけの魔力もなく、空戦魔導士だというのに翼をもがれ惨めに地を這いつくばるばかりの自分達に残されたささやかな反抗。


「まったく、嫁さんにぶっ殺されちまうぜ……」


「今から死ぬっつーの……」


「合わせろ、3、2、1……」


爆裂させようとした瞬間、紅い閃光が走った。


「おい、早いぞ!」


「いえ隊長、我々ではありません。…新手?!」


「クソが、まだ追い詰めたりねえってのかよ」


「いや待て、様子がおかしい」


包囲網が突破されている。まさかと目を疑うが紅い閃光の走ったあとにクリーチャー達の死骸が転がり始めている。凄まじい速度だ、とても目で追えていない。完全に通り過ぎてから数秒、もしくはそれ以上経過してからクリーチャーは崩れ去る。まるで自分が死んでいることに気が付かず、崩れ去るその瞬間まで意気揚々と目の前のエサをどんな風に料理してやろうかとぎゃあぎゃあと囃し立てている。


「今のは…なんだ?」


「分かりません少佐殿。魔力反応無し、熱源反応無し」


「そんなバカな」


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか、何にも拾えないんだもん。たぶん遠すぎ」


「拾えない……、確かに私も観測出来ない。新手の遠距離狙撃ではないのか?」


「しかし、いや、いくらクリーチャー達といえどもまさかフレンドリーファイアはしないのでは?」


散らかる混乱とクリーチャーの死骸。目の前の危機を脱したのだが、まったく得体の知れない何かに遭遇し、手放しでは喜べない状況だ。通常、遠距離からの攻撃であっても発射した瞬間の熱源は誤魔化されることなく観測手によって把握される。よほどの長距離を離れていない限り狙撃を受けてもその場で捕捉する。もちろん、居場所が割れると知っている敵狙撃手とて同じ場所に留まることは無いのだが。


「もし、敵狙撃手の誤射によるフレンドリーファイアだとしたら、やらかしたヤツはそうとうに頭のイカれたヤツに違いない」


「はははは」


「目からビーム!!!!!!」


「?!」


渇いた笑い声にわずかに和やかな空気が流れ始めたとき、我を疑う光景が眼前に広がっていた。民間人、であろう服装の少年が、目から先ほどの紅い閃光を放ち、次々とクリーチャー達を焼き払い消し飛ばしていく。クリーチャーが死んだことによって起きる、死骸の黒い霧散にその度その度一瞬視界を奪われながらも、その異常な光景に驚きを隠せない。


「なんっ」


てのひらを開いて抱えていた自爆装置とも言える最後の魔力はとうに消えていた。意識がまったくもって持っていかれたのだ、あの一人の少年に。手に集中していた意識はもはや元に戻らない。どころか、呆然と立ち尽くすのみ。なんだ、なんなのだあれは。魔力反応無し、熱源反応無し。だというのに尋常ならざる圧倒的強さであっという間にあたりは焼け野原となり立っている生者は自分達強行偵察部隊と彼一人になってしまったぞ。


「アンタ達が強行偵察部隊か?」


「あ、ああ……」


Tシャツにジーンズ、ランニングシューズ。たったこれだけ、たったこれだけで部隊を囲んでいた連中とその他居合わせたクリーチャー達を葬り去ったというのか。少年は何事もなく平然と、いや、これは平然ではなく感情が抜け落ちている…のか?違う、あれだけ凄まじい一方的な殺戮を披露しながら別の何かに抗っている。


「君は…耳が丸いな。もしや、君が、いやあなたが噂の放浪者様か?」


「! 本当だ、耳が丸い…」


「初めて見た…」


部下の不躾を窘める余裕もなく少年の目に惹きつけられ目が離せなくなっていた。不気味な紅い目だ。


「ああ、ああ、うん、そうだけど、ちょっと一回離れろ」


「?」


誰と話しているのか。こちらを見て話しているのに、相手は我々ではない。どこか別のところと交信しているのか。彼が眉間のあたりに指を二本当てると中から紅い球体が吐き出された。同時に恐怖を覚えるほどの真紅の目は黒い目に変わっていた。こちらが本来の色なのか。紅い球体を眉間から吐き出した彼は一気に脂汗を吹き出し膝に手を着いて肩でぜえぜえと呼吸を乱し始めた。彼の手から離れた紅い球体はふわふわと浮いて彼から離れない。


「くっそ…、死ぬほどキツイなこれ」


「あ、あの…」


「行きがけに、将軍のとこ、寄って、来たから、あと、俺のメイドも来るから、応援と、回収が、…どはぁー!もうダメ!」


観測手が声を掛ける。しかし精魂尽き果てたと言わんばかりに彼は倒れ込んだ。あの目から出るビームは体力をそうとうに消費するのだと伺える。というか、それ以前にここまで単独で辿り着くだけでかなり消耗しているはず、それからあの戦いようではまともに立っていることも不思議なのだ、通常ならば。そうか、この紅い球体か。いや、早合点か?コレが一体なんなのかも分からないのだ。今は周囲を警戒しつつ出来うる限り撤退するしかない。



「ご主人様、言い訳を聞きましょう」


「いや、あの、俺も夢中でよく覚えてなくて……」


「なんですか、羽虫の飛ぶような小さい声では何も聞こえませんよ」


無事帰投し、情報と放浪者様を持ち帰るとすぐに尋問が始まった。彼だけが。


「将軍閣下、聞いても?」


「なんだね?」


「なぜ彼は銃口を、それも開発中の最新兵器だそうじゃないですか。それを額に押し付けられているのですか?正座させられながら」


「彼女達に聞いてみたまえ」


彼に目をやって、将軍に目をやって、また彼に目がいく、助けの目を向けられる、反らす。今度はこめかみの両側から押しつけられている。割って入ったら二階級特進することを確信した。機械兵器について詳しくはないが、外見を見るだけで物騒だということくらいは分かる。銃と剣と、バーニア、スラスター、排熱機構。他国と一人で戦争でも始めるつもりなのかと問いたい武装をしたメイドが二人もいる。確か噂では純血のエルフが二人お付きの世話係として配されたと聞いたが彼女達か。よくもまあ、こんなおっかない二人を怒らせたものだ。助けられた手前こんなことは口が裂けても言えないが、思う分には勝手だろう。


「夢中で覚えてない?ねえ、この頬の絆創膏見てよ。なんで付けてると思う?アンタが部屋に充満させた魔力が摩擦を起こしてスパークして、切れたのよ、おい、こっちを見ろ」


恐い。今しがた死にそうになってきたのにそれよりも恐い。なぜですか将軍、なぜ私が部隊長なのですか。報告上げたら休んでいいって仰ったじゃないですか。報告始まる前にこんなことが始まるなんて聞いてないですよ。


「頬だけじゃありません、見てくださいこの手を。腕までぐるぐる巻きです。包帯でぐるぐる巻きにしてその上に無理矢理装備ですよ、緊急でしたからね」


「あっ、あのー…、ごめんなさい……」


「あの部屋いっぱいになった魔力をそのままにして誰かさんが消えたおかげで、私達二人でなんとか無理矢理押さえつけて鎮めたのよ。それでこれ。乙女の両手がズタズタよ、おい、こっち見ろっつってんだろ、誰が下向けっつったよ」


「いや、あの、ホントにすいません、ごめんなさい……。全然覚えてないんです……」


「覚えてないで済むなら警察はいらねぇんだよ!!!」


部隊長、助けてあげなさい。彼に助けられたろう。


ヤですよ、死にたくありません。


私だってヤダよ、私には妻と娘がおるのだ!部隊長が助けてあげなさい!


私にだって妻がいますよ、まだ結婚したばかりですよ!将軍こそ助けてあげたらいいじゃないですか!


下らない視線のやり取りをしていると彼のメイドをしているという二人のエルフは、これ以上は締め上げても時間の無駄だと大きく溜め息を着いて銃を下ろした。助かった、助かったと思った。しかしそれは間違いだったと、疲れからくる幻覚だったと次の瞬間凍りついた空気によって現実に引き戻される。それは彼とて同じだった。一瞬ホッとしたのも束の間、足もとから首まで凍りつき身動きが取れなくなったのだ。


「あの、ちょっと、これは冷たいっつーか寒いっつーか…凍ってまして、あの、なんで手も氷で……?」


ああ、氷拳。私は悟った、将軍も悟った、彼も悟った。青ざめた表情で。私と将軍は顔を反らして耳を手で塞いだ。尋問の訓練で、こういうときの悲鳴がしばらく耳から離れなかったことは今でも覚えている。


「記憶にございませんというのは本当なのでしょう、あのときのご主人様はとても正気だったとは、そういう風には見えませんでしたから。ブツブツ言ってて完全に怪しい不審者でした」


「だから、歯ァ食いしばれ」


短い悲鳴と、生々しい鈍い音が二度、塞いだはずの耳にわずかに届いた。純血のエルフには逆らってはいけないと心に刻んだ。

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