第9話 ある日の休日。2
新兵器の開発施設に向かう道中、俺は思っていたことを口にした。こんなことはいまさらと言えばいまさらなのだが、身体的に精神的にようやく余裕が生まれてきたからこその質問だった。いわく、クリーチャーには魔法が効かず時代錯誤な甲冑に身を包み今となっては原始的な武器に頼らざるをえないという。しかしよくよく考えてみるとそんなものは使わなくていいはずなのである。なんてったって近代化から現代化が進んでいて、とりあえずのいわゆる銃火器もあるらしいのだ。そして軍隊も存在し、数多くある様々な兵器も潤沢にあるという。
「俺よりもミサイルで焼き払った方が早くない?」
「それができていたら苦労しません」
あっさり返された。そして想像とは違う返答だった。確かに苦労しているだろうことは容易に推察できる現場の状況であったが何故かそうしない。相手は魔力が通用しない奇妙な敵性生物だが、ミサイル兵器で吹き飛ばしてしまうことには魔力という縛りに捕らわれずかつ時代錯誤な骨董品に身を包んでむやみに兵士を死なせることもないはず。なんならドラゴンライダーが爆弾を背負って上から落としてもいい。ここまで考えてふと気付いた。戦場にドラゴンライダーがいない。それどころか戦場の上空には何も飛んでいない。
「……対空兵器でも持ってんのか?奴らは」
「彼らは生物ですから、兵器ではありません。当たらずも遠からず、といったところです。空を飛ぶものに対して極端に過剰に反応し、尋常ならざる速度で光の弾が空を埋めるんです」
「光の弾?」
「中には光線を飛ばす個体もいますがだいたいはそういうものを吐くんです」
なるほどつまりあの戦場で空を飛ぶということは死を意味すると。ならば水平に飛ぶものはどうか。
「ミサイルポッドを地上に配置した途端にバレて一個大隊が犠牲になりました」
oh……。正面から飛ぶものでも、結局飛んでいることには違いないのだからすぐに撃墜されると。そしてミサイルポッドの後方で掃討戦を想定して配置されていた一個大隊とやらが光の海に消えたと。つまるところどつきあいでしか解決できない、ゆえにフィジカルで圧倒的強さを誇る俺は利用価値があるということか。足を止める。
「随分大きな施設だな」
郊外に位置する山の斜面にある軍事施設。正面から見える分だけでも既に視界に収まらず、驚くほどの巨大。右も左も上にしてももはや山のよう。もはや施設と呼ぶには大き過ぎる。そのうち手足が生えてくるかと思うくらいだ。この国の要塞にしてもこの軍事施設にしても呆れ返るほど重厚に堅固にそして大きい。圧迫感にため息が出る。堂々と正門から入ろうとしたところ兵士に止められた。入場にはなにやらIDとドッグタグが必要という。軍人でもなんでもない俺にはそんなものはない。
「女王様の命によって来たんだから通してよ」
「なりません。お車はどちらにお止めですか?移動願います」
「歩いてきたから車はありません」
「え?!」
「隙アリー!」
「あっ?!し、侵入者ー!侵入者ーーー!!憲兵、憲兵ーーーー!!!」
門番が何を驚いたのかは分からないが隙を見せた一瞬のうちに脇からすり抜けて敷地に入る。すぐにけたたましく警報が鳴り響きそこかしこからわらわらと兵士か憲兵かがすっ飛んできてもみくちゃにされる。どっから湧いて出てきたのかというほどの大量の武装集団にしかし敵ではないから殺すワケにもぶっ飛ばすワケにもいかず追いかけっこを繰り広げる。残像が起こるほどの超スピードで駆け回り集団を撹乱すると面白いくらいに彼らは混乱してくれた。今のうちだと今度こそこっそり抜けようとしたところ眼前に巨大な銃口が現れ爆音を轟かせた。リンボーダンスよろしく鼻先1ミリスレスレで避けると後方で右往左往している鬼さんたちに当たり炸裂して爆発した。それを見て一瞬で何が起きたのか理解して頭に血が登った。
「あっっっっぶねえなこのバカやろ……う?」
「野郎ではなくってよ」
怒りに任せて怒鳴り散らしてやろうかと喉元まで吐き出しかけたセリフはすかしっぺに終わった。スーツに白衣、ヒールに黒縁メガネ、黒タイツに白い手袋、身長高くも華奢な腕に長大なバンドキャノン。讃える胸のサイズは恐らくG。長い髪は漆黒どころか暗黒を思わせるほど黒く、後ろで一つに束ねられている。直感的に、いや、直感などなくとも恐らくこんなものを人に向けて発砲する女など、女王様が話しておくと言っていた開発者に違いない。言ってしまえば格好こそそれらしくはあるのだが中身はどうせ危ないのだと確信する。初対面の人間に発砲し、その初対面の人間の後方で散る門番や憲兵らに眉の一つも動かさずに、今目の前でまた撃鉄を起こした。これが危ないと言わずしてなんだと言うのか。唯一の間違いは男だと思っていたのが女だったことくらいか。この至近距離でそれを炸裂させたら自分にも被害が及ぶことなど考えなくとも感覚で理解できるだろうに、最初からそんなものは計算の外にあるのかそもそもどうでもいいのか、引き金に指が掛かった。
「ストップストップ」
「あなたがアヅキ・セイ?」
「そうだよ。そういうあんたは新兵器の【開発者】とやらだな」
人生で最も危ない女に出会った。いや、女王様やその妹とはまだやり合ったことはないし、これからも無さそうではあるからしてこの女が最もと言っていいのかはまだ分からない。分からないがしかし、短い俺の人生の中では最も危ない女だと言っていい。普通はこんなことはしない。この世界に置ける普通という概念の定義がどういったものかは詳しくは知らないが、ともかく普通は初対面の相手に当たれば無事ではまず済まされない大口径の炸裂弾をブチかまし、外れたからと平然と2射目を行おうとすることはない。もしかしたら自分の常識が間違っているのかもしれないが、後ろの死屍累々を見るにそう間違ってはいないのだと実感できる。黒縁メガネはホルスターにハンドキャノンを収めることなく、起こしたままの撃鉄に引き金に指を掛けたままで俺とメイド騎士二人を部屋に案内した。部屋は理路整然としていて無機質、必要最低限のみ揃えられまるで散らかることなくホコリも微々たるほどと手入れが行き渡っている。必要最低限のみ揃えられているということは椅子もこの部屋の持ち主の分しかなく、必然的に突っ立っている。がしかしそれはあくまでも【部屋として必要最低限】と意味であり、その意味以外の、おそらく試作品かなにかと思われる武器の類がそこかしこに飾られ視界のどこに振り向いても物騒な光景にしか映らない。客人が来たら応接室に通すとかお茶が出るとかないのか。まさかこの女、得物狂いか。
「そもそもの話、ハンドキャノンからあれほどの炸裂弾が発射されているというおかしなことに気が付いて欲しかったわ」
「人の頭を吹き飛ばすくらいなら知ってるが、一瞬にして死体の山を築くほどのものは確かに知らないよ」
「大丈夫よ、これはオモチャだから当たっても死にはしないわ」
死にはしないというにはあれは明らかに過剰な威力だったと言えよう。言い加えるなら死にはしないとは言っても痛くはないとは言ってないのである。今ごろ医務室には長蛇の列が形成されているに違いない。この無駄に大きい軍事施設にそんなものがあればの話ではあるが。開発者であろう女は部屋に入ってコーヒーを淹れたところでようやくハンドキャノンを発砲しない状態にした。この部屋にいたるまでの間、いつ振り返って突然ぶっ放されるか内心ひやひやしていたがそれが杞憂に終わって安堵した。だが机の上に置かれている状態は謎だ。いつでも警戒しているぞという脅しなのだろうか。
「女王様はあなた達にアレを持たせよって言ってたけど、あなた達はどこまでやれるのかしら」
「アレ……とは新兵器のことですね」
「元はプロテクトスーツだったのを過激に発展させたというのは聞いてるわ、……女性専用とも聞いてるわ」
「俺は男なんだが」
「チンコ斬り落とせば?なんならアレの専用兵装に超高周波電磁ブレードがあるからチンコ落とすのに使ってみる?」
「やだよ」
「冗談よ」
まったくもって冗談を言っているようではなかったしそのようなイントネーションでもニュアンスでも無かった。まったくもってそんなものだとは受け取れなかった。だいたい年頃を見るとさほど変わらない若さだ。もちろん耳は丸くないから人間ではないのだし、人並み外れたスタイルの良さは人外のそれだろう。そばに比較すると可哀想に思える壁の持ち主がいるから人外だからスタイル良しという限りではないのだろうが、そばの者には同情の念を禁じえない。脱線した。本来の目的に戻ろう。
「まずそのアレという新兵器を見せてくれないか」
「まだ淹れたばかりなんだけど」
「なら説明くらい」
「あなたね……がっつくと嫌われるわよ。なに?童貞?」
はーキレそ。
「普段は学園があるから休みにしか来れないんだよ。貴重な休みを潰してきてるんだからとっとと用事を済ませ……、ん?」
「そーよ、ようやく気がついたの?警備兵や憲兵はまだしも、私も貴重な休みを潰してきてるのよ。ゆっくりさせなさい」
ようやくと言われて少し気に障ったが確かにここまで来る途中ロクに他人を見ていない。まさか軍事施設が完全週休二日制?俺の世界のが聞いたら殺到しそうだ。もちろん元いた世界でも完全週休二日制はあったが、あくまで謳っているだけに過ぎず、本当に完全に週休二日など存在しない。無理矢理休みなど取ろうものなら次の日には自分の机も資料もタイムカードも無い。なんならその月の給与もない。バックレ扱いで全て無くなるのである。なんてったって雇用契約時に『バックレた場合は給与は支給されません』とあるのだ。バックレ扱いにしてしまえば企業はちょっとした錬金術が使えるのだ。
「まあ?研究・開発職の休日出勤手当はべらぼうに貰えるから、普段は鬼のように残業も休日出勤も禁止されてるのに、放浪者様のご意向ということですから喜んで対応するわ」
「立ってんのも飽きたから対応してよ」
「え、じゃあ、はい」
「あ?」
「あ?じゃなくて、はい。おかわり入れて」
こッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
その先は言うまい。こめかみに浮かぶ血管でお察しいただきたい。差し出された空になったコーヒーカップ。不遜にも突き出される手。あからさまに露骨に人を下に見ている横柄な態度。今にも勢いよくちぎれ飛びそうな堪忍袋の緒。気を遣ってくれたのかメイド騎士(妹)が取って次のコーヒーを淹れて手渡した。
「ご主人様のお手を煩わせてはいけません」
「甘やかすとダメ男になるわよ」
女は大きくため息をして気だるそうに立ち上がると白衣の胸ポケットに掛かっていたペンライトを取り出すと、その先からホログラムを投影した。映し出された立体映像は人の形のマネキンに新兵器と思しき何かだった。これはつまり機動兵器という、いわゆるロボットなのか。しかしコクピットらしき部分は見当たらない。映っている3つのもので見て分かるのは専用スーツ、その上から被せるのかプロテクター。もう1つは翼の生えた亀の甲羅のような何か。翼の生えた亀の甲羅のような何かというと語弊が生じてしまうのだが、語彙力が追いつかない。これはバックパックか?
「特別急襲型魔導核源天穹、皆トッキューと呼んでるわ。開発コードはX。この映しているのは稼働試験直前のプロトタイプ777X」
「稼働試験直前?まだ完成してないのか?」
「そうよ」
「いやそうよって……アンタ、いくらなんでも未完成で部隊作れって無理だろ。えっ、ていうか核って、え?」
「そのクレームは女王様にどうぞ」
馬鹿な。女王様のあの言い方では確かに締め切りは無いのだからメイド騎士二人を差し出して稼働試験でも運用試験でも付き合わせてやれるが、戦場の状況を考えたらこれから完成させるなんてそんな悠長ことはやってられない。しかしこういうものが今の時代は精密機械で正常で健康的な運用には試験に試験をデータにデータを重ねてようやくロールアウトするものだということくらいも知ってはいる。俺は喉を鳴らして唸るしかなかった。自分でどうこうできる分野ではないし、仮に偶然にも専門家だったとしても一朝一夕で解決する話でもない。精神的な疲弊からばったばった斃れていく兵士に、心を痛めてついでに胃も痛めてる将軍。後から知ったことだが、というか副将がそっと耳打ちしてくれたことなのだが、将軍は実はもう相当にまいっていて薬物で騙し騙しを続けているのだという。あの目のクマは過剰摂取の影響なのか。
「この777Xはまだエネルギー効率に問題があって、言ってしまえば燃費が悪すぎて、魔導核エンジンは動かすだけでいっぱいいっぱいなの。さらに兵装もバカ食いの、ああそういえばあなたの世界は未だに化石燃料を使ってるって話ね、あなたの世界て言うところのガソリン垂れ流して走ってるようなものよ。必要な魔力量からして、肉体に保有する絶対量が少ないこととそれによる魔導核への耐性の無さから男性は不適格としたわ」
「試験運用以前の問題じゃないのよっ」
「核は核だもの。一応代替案に、充填式カートリッジシステムがあるけどあれはストック無くなったら生身で1トンを背負ってるも同然だし」
「その重量は開発してる途中でおかしいとは思わなかったんですか?」
「大型のフォートレスは5トンあるわよ」
「大丈夫?ちゃんと考えて作ってる?」
「大丈夫よ、コードで繋いだままなら重量なんてないも同然だから」
いや考えてないよねそれ?あの真っ平らに少し山というか丘というかそういうものがあるくらいの、どっからコード引っ張ってくるんだよって戦場に駆り出すものじゃないよね?俺は素人でも分かる多数のツッコミが脳内を駆け巡るのを感じながらアラートに反応した。先程の警報とは違う種類の音だが、耳に突き刺さる具合からそれが穏やかなお知らせでないことが分かる。突然のアラートに開発者の女以外の三人が音の発せられた方に向かってぱっと顔を向けた。机にある電話が固定電話で、白と赤と二種類あることにいまさらながら気が付いた。鳴っているのは赤い方。
「はい、はい、いますよ、出しますか?」
1ミリの同様もなく赤電話につかつかと歩き無造作に受話器を取った女は眉を微塵も動かさずに淡々とホログラムを閉じて別の映像を投げた。映像の向こう側にいるのは女王様だった。
「アヅキ、お前はそれ動かせないだろ。そこのエルフ二人に777X二機を装着させて出せ」
「女王様、どのようなご用件でしょうか」
「展開していた強行偵察部隊が撤退しそこねて囲まれているっとさ。偵察任務は終えてのことだからきっちり生かして帰せ。奴らの情報は多少なりとも貴重だからな」
「なら俺も行くよ」
「お前、自力でマッハ10出せるのか?」
「えっ?マッハ10はちょっと……」
「クリーチャーに対して空を飛んで接近するにはそれが最低限度の速度なんだよ。そこがクリア出来てるからプロトタイプに開発予算出してんだから、お前はすっこんでろ。お前は核の耐性も……いや、待て」
「どうかなさいましたか?怠慢麗しき女王様」
「…………アヅキお前」
みるみるうちに女王様の眉間にしわが寄ってしかめっ面になっていく。女王は思い出す。先日の王国落としの報告書に一文だけおかしな記述があったのだ。担当者に何度も確認を取ったが間違いないと言い張る。そんな馬鹿な、数字もまともに読めないのかと処分するために自宅待機にした。だが、それこそ間違いだとここで確信するにいたる。例の魔力を延々と産みだす核融合増殖炉は今でこそ入っている容器から出てしまえば、いくら防曝スーツでも僅かながら被曝する。王国であれを確保したのはアヅキだという。メイド騎士は微量に検出、アヅキの被曝量は0。自然に発せられているものまで無視してしまっているとはどういうことなのか。自分でさえ、自力で防曝スーツ並みに抑えることは出来るが、完全なる防護はあり得ない。まさか、間違いではないのか。
「俺は、 Neutron Counter Canceler、俺の世界ではNCCと呼ばれた、心臓に核を持ちながら核を無効化する、核人間だよ」
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