第7話 消すべきものは消す

黒煙立ち込める空に紛れて飛ぶ三騎の黒竜。雄々しくも邪悪にして凶暴、飼い慣らすにはまたそれだけの凶暴さを持たなければならない。体の色を保護色として紛れているようにも見えるが狙ってそうしているようではなさそう。


「て、帝国兵……!」


「どこにもそれらしき旗も記章もないみたいだけど」


遥か空高くを羽ばたく彼らはまるで我が物のように振る舞い地に這う生物を見下している。黒に黒を重ねた鎧と黒く赤くそして鋼のように硬く体を覆う皮膚は見るものに戦慄と恐怖を与える形をしている。


「どうして高度一万メートルを肉眼で確認してるの?!」


「晴れた日の飛行機ってよく見えるじゃん?」


「飛行機とアレを同列に並べていいものではないわよ…、アレは帝国にしかいない黒竜。竜の里を追放され飼い慣らされたつま弾き者の末裔にして末路よ。アイツら、やりやがったのね」


「あの女忍者、ヘボすぎて泳がされていることにも気が付かなかったらしい。まあもっとも帝国の目当てだった元王子はこっちがやっちまったし、彼女も元王子と一緒だったから幸せだろう」


醜くも往生際悪くしがみついた玉座に転がるマネキンの数は二つ。


「あの子はちゃんとやったのかしら」


「不測の事態が起こってなければ問題なかろう。それよりも、こっちはお客さんにおもてなししなくてはな」


「いくらなんでもあの高さは手が出せなうぅっひゃあッッッ!!!」


「黒のランジェリーィィィィィ!!!!」


「てめーちくしょう降りてきたら覚えてなさいこの人外!!!!」


急加速急上昇によって起きる爆風はクラシカルなメイド騎士のスカートをまくり上げガーターベルトで吊られるあらわになった絶対領域と、つつましくも可愛らしい小ぶりな尻に艶やかな刺繍の入った黒い女性下着を一気に晒した。


「今、何か聞こえなかったか?」


「下の銃声か?」


「貴様ら!無駄口を叩くな!もう一度焼き払うぞ!!!」


「ハッ!申し訳ありません!」


破滅の黒に染まる大空に三騎の黒竜、騎乗する三人。帝国兵は秘匿案件のため飛び立ち、祖国に栄光を、刃向かうには裁きの鉄槌を下し完膚なきまでに屠らんとしていた。その男たちに死神は微笑んだ。突然三匹の黒竜は鳴き叫び暴れ始めた。


「なんだ?!いったいどうしたというのだ!」


「た、たいち…隊長殿………後ろ」


「?!」


震える部下の声に振り向くと腕を組む格好で竜の尻に乗り静かに目を閉じている少年がいた。まさか。ここは高度一万メートル。道具もない、魔力反応もない、竜に乗っているワケでもない。生身のままで立てるはずがない。


「なっ、なっ、なっ」


「ようこそお客様、ピザはお餅で?え?ピザはお餅でない?」


「そりゃあピザはお餅でないだろ」


「それではお帰りいただきましょう」


「こっ、殺っ」


言うが早いか、息絶えるが早いか。狂喜に満ちた笑みを浮かべた少年が刃物でもなんでもない、ただの手刀を一振りすると先頭を飛ぶ男の首は宙に舞った。


「隊長ォォォォオ!!!!」


「貴様ァァァァァァ!!!」


「ヒヒッ」


激昂した部下である男二人が叫びながら迫り来る。手に持った槍の切っ先を向け串刺しにせんと猛然と迫り来る。しかしその二つの切っ先は空を切り隊長と呼んだ男の死体をいっぺんに貫いた。


「うわああああ!!!」


「あああああああああ!!!」


「そらよっ」


「あっ」


もう一つ首が宙に舞う。大声で叫んでいた首は短く最後の叫びを終えるとまっ逆さまに憎悪に染まった火の海へと堕ちていった。


「ひっ、ひいっ」


もう一つの首は血の気が引いた真っ青な顔で恐怖に震え上がり、怯えて暴れる黒竜を無理矢理反転させ持っていた槍もプライドもかなぐり捨てて逃げ出した。恐怖に沈み行くその彼は二度と帝国の地を踏むことはなかった。同時に斬殺された黒竜とともに目も眩む高さから地上に叩きつけられ形をなくした。程なくして黒竜のみ回収され地面には血の影だけが残った。


「ドッグタグ引ったくってきたよ」


「……おえっ」


「おい、さっき晩飯食ったばっかだぞ」


王宮の庭に少年が戻るなりメイド騎士に吐き気を催された。


「か、顔……」


「ええ?」


近くにあった池を覗くと自分の顔が映る。ほのかに照らす月は太陽の光を反射して輝いている。真っ赤な返り血と黒竜の黒い返り血に穢れた顔面はそれはそれはひどいものだった。


「こりゃひどい」


両手で池の水をすくいばしゃばしゃと音を立てて洗う。ぬるぬるのどろどろになった顔は取り敢えず見られるようにはなったが残りの汚れを取り滴る水を吹き上げるものがない。


「おっとこんなところにいい布が」


「ぎゃー!やっ、やめてよ!」


「黒くてでかいんだからいーじゃん」


「何にもよくないこの変態エッチすけべ人外!!!」


クラシカルメイド騎士のスカートは大きい。顔全体を拭うには大きすぎるくらいだが今はその方が良かった。


「私のスカートをどうぞ」


「おっ、ありがとう。妹は気が利くねえ」


「ちょっとこんな野獣にあんた!」


「お姉ちゃんは堅いんだよ」


「水色のお尻はなかなか弾力があってよろしい」


「やだーご主人様ったら」


「向こうに帰ったらどう?俺の部屋に来ない?」


「えーでもー、私お姉ちゃんより胸小さいですしー」


「嫌味か!やめんか!!!」


二人の仲に苛立ちを覚えた姉が間に割って入った。既に目的は達成されたのだ。妹の帰還がそれを語っている。魔導核の確保、帝国による影ながらの支配の断絶、旧王族の排除。気まぐれに拐われた少年の無茶ぶりから始まったこの一件。最終的に要塞盆地が横から掠め取る形で幕を閉じる。数日後。


「戦後の復興における公共事業費は全てこちらが負担し、独立国家として認める根回しをし、さらに軍の整備なども面倒を見る代わりに、例のブツと戦前とは比べ物にならないほどの海洋資源の提供を見返りとして受ける。あとお前のカラダを好きなようにしていいという提案」


「最後はそこまで言ってない気がするんですけどねぇ~」


「お前の童貞、なかなか良かったぞ。あれだけヤッてしゃんと立っているとは感心する」


「女王様、俺が女王様抜きじゃ生きていけないカラダにしようとしたでしょう」


「ずっとベッドにいるとな、ただの抱き枕じゃ飽きてくるんだ。やはり人肌に限る、人肌の温もりのある抱き枕は気持ちいいんだ」


「それは俺じゃなくてもいいのでは……?」


「しかし抱き着いているとムラムラしてくるだろ?イジり始めるだろ?おっ始めるだろ?動かなくなるんだよ」


「どんだけだよ……。ところで女王様、少しお伺いしたいことがあります」


「なんだ?」


「報告書にある通り、海岸のすぐそばまで現れた巨大クリーチャーと奴らの海軍について」


「さて、まだ報告書は読んでないからなんのことやら……」


「あのとき、あれだけ巨大クリーチャーに接近されておきながら警報の一つもなかった。実際鳴ったのは俺の与えた一撃に対してだった。警備がいなかったワケじゃない、にも関わらず……。もう一つ、事を起こしてクーデターさせ要衝を抑え帝国連中を排除、その時点で旧王族も始末した。このときもそう、海岸線の戦闘にまるで海軍が全く介入してこなかった。終わった後二人に偵察させたところ、全てもぬけの殻だった。基地施設から艦にボート、何一つ被害もなくただ誰もいなかったと。どういうことかな?」


「さあー、引きこもりには分かりかねるなあー。私は今ANTHEMで忙しいからなあー」


「白々しい棒読みだな」


「そうだ、お前は戦場に戻りたいとか言っているらしいな。構わんぞ、お前が選別した者で部隊を編成し率いて好きなように戦え。なんなら開発中の新兵器を使ってもいい、技術者には私から伝えておこう。学校も女子校に戻るといい」


「それは……ありがたいですけど…」


「ま、三騎の黒竜騎兵を素手でバラす男を敵に回すほど帝国もアホではなかろう。これからもよろしく頼むぞ放浪者殿」


「……いいえこちらこそ」


一礼して城を後にすると黙って姿を借りた首相だか大統領だかの娘とクラスメートの女子達が何人かいた。心配して来たのか。


「もうよろしいのですか?」


「取り敢えず女子校に戻るよ」


「それでは皆さん、よろしいですね」


お嬢が声を掛けると皆一斉に頷いた。なんだ?なにがよろしいってんだ?


「聞けば我が国のために身を呈して戦い男に抱かれ穢れてしまったと聞きます。そんなセイ様を癒すべく皆こうして集まったのです!」


「それ前半違っ」


あれは敵が驚いているところを一方的にやっただけ……。


「よいのですよいのです、みなまで言わずとも私達は分かっております!さあ!酒も大浴場もベッドも用意してあります!行きましょう!!」


「ちょちょちょ引っ張るなよ?!メイド騎士ー?!」


「お二人なら呼んでも来ませんよ?」


「今ごろ盛られた毒に腑抜け麗しき百合達に囲まれ悦びの声を挙げている頃でしょう」


「レズが性的に襲ってるだけじゃねーかバカ野郎何が大浴場だよ大欲情の間違いじゃねーか!!!トイズハートのオナホじゃねーんだからよー!」


「さあ!さあ!!さあ!!!」


「じっ、女王サマー?!」


「行ってらー」


上の窓、女王様の部屋だろう窓に叫ぶも返答無情だった。それどころか窓の縁に肘を着いてこちらを見ている顔はいたずらをする子どもの笑顔のそれだったり。翌朝。頭痛と腰痛にうなされる二人とベランダの窓際でコーヒー片手に全裸で仁王立ちする放浪者の姿が発見された。


「ふっ、勝ったな」


通報された。


「解せぬ、俺は何をしても許される特権階級ではなかったのか」


「ああああああああああああ」


「うぅ……ぐすっ、もうお嫁に行けない……」


仕方なくパンツを履く。トランクス派だ。なぜならば開放的で気持ちいいからだ。


「コーヒーいる人ー」


「ハイ」


「ハイ」


3人分のコーヒーを淹れ直して二人に渡す。堂々全裸帰宅だった俺と違って二人は気を失いあられもない姿で運ばれて帰ってきた。仕方なく身体を拭いて綺麗にして俺のYシャツを着せてある。この二人の部屋は別にあったが騎士として迎えるということで、俺ごと女子寮でもっとも広い3LDKに引っ越してある。しかし女の子のクローゼットを漁るのもよろしくない。仕方なく裸Yシャツとなっている。メイド服やら下着やらは洗濯機にぶち込んだ。


「思ったんだけど、あのくの一は消す必要なかったんじゃないの?」


「いや、あれはダメだ」


「その心は?」


寝室でトランクスパンツ一枚に、裸Yシャツのエルフの少女が二人。一見してしまえば勘違いを生む。事後にしか見えない。いや事後であることは間違いではないのだが、3人とも相手が別々でエルフの少女二人にいたってはレズ乱交だ。


「確かに泳がせたり間違った情報を掴ませるには持ってこいだろう。関係ない国に放り込んで陽動に使ったり嘘の密書掴ませて走らせたり。しかしだな、あれだけ簡単におしゃべりだとうっかり本当のことまで漏らしかねん。性格に表と裏の二面性を持ってたらなお厄介だ。『誰か』にしか話してないことを関係ないヤツが知ってて陰口叩かれてたみたいな話さ。『誰か』は口を滑らせて、その関係ないヤツの猫かぶりと裏も知れ渡ってて、真面目に引くほど性格が悪いということも……」


「実体験?」


「実体験。俺の目の前で俺が後ろにいると気が付かないで人のこと嘲り笑ってやがった」


「それで、その人どうしたの?」


「へ?いや、どうもしなかったけど?」


「あなたのことだからてっきり血祭りかと……」


「君達は俺を一体なんだと思っているのかね」


「人外バカ変態痴漢ヤリチン腐れ下半身」


「お前なあ……、童貞捨てたばっかの男に言うセリフじゃないぞ」


「お姉ちゃん言い過ぎ〜」


「じゃああんたはどうなのよ?」


「ええ〜私?私はそうだなぁ〜、お兄ちゃんができたみたいで嬉しいけど」


このメイド騎士のエルフ姉妹。姉妹ということもあって顔がよく似ているが姉は気が強い性格、妹は緩くて優しい性格をしていて顔つきにもそれが現れている。特に姉の目つきは釣り上がっている。対して妹はくりくりしている目つきだ。胸のサイズは妹の方がやや大きい。


「やはり妹が正義だな」


「えっへっへっへ」


「ムカツク!」


「じゃあ君ら小隊長ね」


「え?」


「え?」

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