第6話 人の業
「いや済まないね、余計なおねだりで」
「いいえ、まったく口の軽い者には呆れるばかりですよ」
暗い暗い階段。僅かな灯りがてんてんと連なっている以外に打ちっぱなしの壁が続くだけ。二人の男がもくもくと下りたまに話している。
「この世界に来たとき表には出ないことの情勢についても吹き込まれてね、その中で唯一興味を惹かれたのが今日のおねだりなんだ。ま、そっちの事情には口突っ込まんから安心してよ」
「あれは我々としても大変興味深いものです。しかし問題もあります」
「ほう?」
「使う分には使い方が分かっているので問題ありませんが……、いつどこでどうやってこの原子核の源を開発……といいますか持ってきたのか見つけてきたのやら」
階段の一番下、廊下を歩いて虹彩認証を経てその後に掌紋、その後に静脈、その後に声紋、その後に骨格、その後にパスワード入力を経てようやく入る一室。暗い部屋に赤く照らされたそびえ立つ台座。の上に捧げられた小さな球体。
「装置……と聞いていたはずだが」
「このとおり球体です。我々も初めて目にしたときは己を疑いました。しかしこれはあくまでも器に過ぎないそうです」
妖しく煌く球体はまるで見つめる者を誘うかのようにその存在を放っている。いつまでも見つめているとその魔力に吸い込まれてしまいそうだ。息を飲んで目を伏せる。
「あれは外に出せるシロモノではないです。保有する魔力はもとより、人の怨恨・憎悪・悲哀・狂気の上に成り立つ存在。一度引き込まれたら二度と現実には帰ってこれません。こんなものを軍事兵器として利用しようなどとは…いやはや連中には恐れ入ります」
額に滲ませる汗をやせ我慢しながら答える。
「というと?」
「アレの解析の為に既に何人か廃人に……」
「なんとバカなことを」
かつての王国が開発したという魔導原子核融合炉。もはや消し去る以外に行く末は無く、活用方法は無く、生かす方法は無く、救いを与える方法も無く、存在していける方法も無い。
「あんなものの為に一体何人の民が、軍人が、命が、犠牲になったことか……」
「…………申し訳ない、興味本位でねだっていいものではなかった」
男は深々と頭を下げた。自分の認識の甘さを身を以てして知ることとなった。この球体の存在を許さないとしたとき、これのために犠牲になった人の命も許さないとしてしまうことに気が付いた。人の命を許さないとはどういうことなのか。
「なら、このまま死んでいただきます」
「!!!」
「あなた方が裏で動いていることはこちらも承知。ですが踊らされるつもりはないのですよ」
暗い暗い真っ暗い部屋の真っ赤な照明の前で後頭部に擦り付けられた銃口。伝わる感触に不気味な気配を感じる。冷えた鉄の感触にまるで殺意が見られない。これはどうしたことか。
「あなたには良いオクリモノを貰いました」
「ねだるにはそれなりのものが必要だと思っただけさ」
あなたが童貞であることは存じております。あと年上が趣味でお姉さんが好みでスタイルの良いナイスバデーの脱いだらスゴいボンッキュッボンとかいう幻想に夢見ているのもリサーチ済みです。クール気取った甘えんぼって陰口叩かれてますよ。
「彼女に免じて今ここで目にしたこと、聞いたことは全て口外しないでいただきたい」
「いいだろう」
「怪しい…」
「何が?」
「即答とは」
「………もしこれを俺が処分すると決めたら、俺が人殺しになるからさ。俺はそんなつもりなんか最初からないから」
「ならばこの人達をどうするつもりだ!!!私達の下らない政争のためにこんな姿にされた無辜の民を!!!生きることも死ぬことも許されず存在すら許されなくなった存在を!!!………ほんっ、本当は、本当はか、っぞくと、愛する人と…、な、なんでもないただ通り過ぎるだけの、ただ、ただ幸せな毎日を…、過ごすだけのはずだった……」
「なのに殺したんだろ?アンタ達がな!アンタ達が下らない争いをしたからたくさん死んだんだろ!!!」
後頭部の冷たい感触をどけて怒鳴った。なんにも起こさなければ犠牲になる人達などいなかったのだ。下らない意地を張り、地位に、名誉に、己が可愛いばかりにプライドにしがみついた。その果てに待っていたのは。半ば悲鳴にも捉えられる男の怒鳴り声が反響する。理想はあってもいい。だが理想はあくまでも理想であって、それを叶える根拠のためになんの罪もない命をくべることは許されない。
「これが真実です……。壊すか、利用するか………どちらにしても犠牲の上に成り立ち、また犠牲を産むことしか出来ない……」
どけられた銃口を向け直すでもなく男はうなだれた。こんな意味のない言い合いになることは予想できたはず。もう太陽の陽の下に還ることのない、溶液で満たされた円柱容器の命の塊を見せるということは、どうあっても撃たれるべきは自分だと分かっていただろう。それだけの罪を犯したのも、それだけ人を殺させたのも自分達だと分かっていたはず。
「どうしたかったんだ、アンタ達は」
「………救われたかった」
「甘ったれんじゃねえや、さんざんっぱらぶっ殺しておいて救われたかっただ?そんなことだからアンタ達は」
胸ぐらを掴んで殴ろうとしたとき。一度照明が落ちて予備電源に切り替わった。
「?! なんだ?!」
「予備電源は非常時にしか切り替わらないはすです!ということはつまり……!!」
「外では無事クーデターが起こっている。つまり旧王族によるレジスタンスの襲撃。今このとき、変電施設は私達が抑えました」
「なん…だと?!貴様!ナニモノだ?!」
「発電所、コンビナート、港湾区、国境、首都、そして王宮。全ては我々の手のひらの上に」
言いながら男は、いや女は被った皮を剥ぎ正体を現した。顔以外肌という肌が見えないクラシカルメイド。変装か、魔法か。
「き、貴様!?」
「よるはおたのしみでしたね、あなたが抱いた女は交換留学生である淫乱女豹な大統領の娘なんかではなく放浪者であるアヅキ・セイ様。前の穴と後ろの穴の区別ができなかったようですね、童貞」
「う、う、う、うぅぅわあぁぁぁあああああああああああ!!!!」
男は絶叫した。それもそのはず、男のカラダとは知らずに性欲のあらんばかりに突っ込み、白濁とした肉欲という肉欲を出し尽くした穴は男のケツ穴。とは知らずに求めるだけ求め出し尽くせるだけの精液という精液を出し尽くしたのだ。逃げ出したい逃れられない現実に男は両手で頭を押さえトチ狂い暴れ回り周囲の装置という装置を破壊してまわった。
「さようなら」
上から来ていた服を脱ぎ捨てメイドになった女はガーターに留めたハンドガンを引き抜き男の眉間に一発の弾丸を放った。男は白目を剥いてひとしきり狂ったように叫んだあとその場に倒れて絶命した。広がる血の海を見下して侮蔑するとメイドは静かにその場を後にした。
「あの種馬め………、いくら童貞だからって卒業デビューに5回も6回もがっつくこたなかろうに……お尻痛ぁい」
「自分で言い出しといて内股になるまで腰を砕かれるなんて、どんだけヤッたの?」
「うるさいぞチンピラメイド」
王宮の玉座に手をついて尻の穴を抑えていると専属メイドに呆れられた。それもそのはず。まさかあの童貞ボウヤにそんな体力があるとは思わずみくびっていたのだ。
「ケツ穴処女を男に捧げ、この後女王に抱かれなければならんとは………。俺の人生もなかなかにして難儀なものだ」
「『貴様の条件を飲もう、その代わり永久に我が国に仕え操を立てよ。あ、あとそのヤバい核融合炉回収してこいな』。女性様はこんな男のどこが良いのかしら」
「所詮、お前はその程度に過ぎないということだ。俺の真価を理解する者にはそれだけの価値を感じられる。全てが全て性的に感じるということだ」
「……それただ単にセックス依存症じゃなくって?快楽に溺れてるだけでしょそれ」
「よく分かったな」
「(転職しようかなあ………)」
玉座にはありもしない栄光に縋りついた哀れな男の末路が横たわっていた。賛美されるべき椅子の装飾にぬるぬるとした衝撃的な絵の具は来たるべき革命の使徒を待ち望んでいる。
「使徒は来ないけどな」
腰を擦りながら死体を蹴り飛ばした。
「民衆に主権を還し、民主主義に戻ること。それが今回のクーデターに加担する俺達の提示した条件だった。それが破られた今、このマネキンに価値は無い。このタコ助帝国の連中追い出したら用済みって失礼にも程があるわ」
目を見開いたまま絶命したマネキン。かつての栄光に夢を抱いて返り咲かんと俺に刃を向けた。俺はこの国に野心は邪悪だと考えていた。
『まさかあ、あん方々に不信感を持たねえヤツなんかおらんですだよ』
貧民街で聞いた眼には不信感以外に失望と、絶望と、虚無と、孤独死を迎えることに異議を唱えない意思を見た。どうやったらあんな風に人を信じられない人になれるのだろうか。もはや人を信じられない、自分を信じられないそれ以上に自分の生まれにすらというそういう眼だった。この国に、王はいらない。唯一救えるとしたらそれは100%甘やかす以外に無かった。
「まさか表に出てる女王は妹で本当の女王はベッドから起き上がることすら拒否する引きこもりな双子の姉だとは思わなんだ」
「頑張ってね、大量にアルコール飲んでクスリキメてラリってもなお地上最痴情を誇る方よ。その上であの暴力的な痴体が襲いかかってくるんだからテクノブレイクで死んでも文句は言えないわね」
「いやもうそれラリって前後不覚なだけだよな?!」
王宮の外では大義名分を得た、ということになっている要塞盆地軍の勢力が押しに押しまくりありとあらゆる拠点を制圧し刃向かう者は殺し、虐げられた者は殺し、命惜しさに富を名声を地位を約束した者は殺し、己が使命に全うした者を殺し、己が忠義を示さんとした民を殺し勝どきを挙げていた。
「これで魚食えるな」
「生臭いから嫌いですけどねー」
帝国貴族は皆殺しになり、クーデターの主犯格であり歴史に影響を与え世界に希望と勇気を与える救世主たる崇高な放浪者を人質とした旧王族は皆殺しになった。同じく大統領の娘を人質に取られた(ということになっている)要塞盆地はこれを良しとせず、また立つべきリーダーが現れぬことから海岸都市である王国を領地として迎えすぐに独立を認めた。
「3分しか稼働できない機動兵器、これに人外的魔導核融合炉から引き出した魔力をカートリッジに入れ搭載する。一番の問題だった燃費をクリアし飛躍的に戦力は増大する。クリーチャーも敵ではないな」
戦争と言う名の殺戮が幅を効かせて一色に染め上げたとき誰も声を挙げなくなった。
「帰ろう、妹君にぶっ殺されなけりゃならん」
「え?」
「いやー実はあの女王様がさ、妹くれるって言うんだけど本人には何にも伝えてないし今回の本当のところも知らせてないんだよね」
「妹君様も妹君様で戦闘力という意味では国で一、ニを争う実力者なのよ?こんなこと知れたら一体どんな目に合うか……」
「まず間違いなく襲われるだろうな、姉上様とは別の正しい意味で。やっぱ君たちの生殺与奪や人権じゃ足らないつって欲張るんじゃなかったよなー」
「え?」
「え?」
この世界では、というより要塞盆地では騎士という制度が存在し騎士としての祝福を与えた主は生殺与奪と人権を、祝福を与えられたものは捧げたものの対価に地位や名誉、普段の生活とその他様々な待遇を約束されるとかなんとか。詳しい説明を受けたが途中から理解できなかった。女性を騎士に迎えてもいいとかで処女をもらってもいいってのは覚えている。
「騎士の祝福と宣誓は済ませたじゃん?」
「私達二人は放浪者様に捧げるためにと育てられた身。そこに異議はないわよ?『他人行儀はいらない、敬語もいい、いついかなるときもそばにいろ、女としてもメイドとしても、騎士としてもだ』。ただ仕える放浪者がこんなヤツだとは思わなかったけど……え?なに?女王様にこれ以上なにを言ったの?」
『妹めっちゃ可愛いやんけ!!!』
『アレは外面こそ私に似て麗しき姫騎士だが女としては漬物石だぞ』
『後半それ自分が言う?』
「ってなってなんやかんややんややんやでもらうことになった」
「どうしてこうなった」
メイド改めメイド騎士は頭を抱えた。たった一瞬連れ帰っただけなのに、ほんの少しの密談のはずだったのに、崇高な理念を持った栄光ある放浪者に仕え誇り高き騎士として一生を終えるはずだったのにと。外から地響きを起こし城が揺れるほどの爆音が響いた。衝撃波を伴う轟音は数ある窓ガラスを粉々に吹き飛ばし枠ごと中へ突き抜けてきた。
「なにしたん?逆らうものは蹂躙せよって話だったけどちょっと派手すぎない?」
「私達じゃないわこんなの!」
「二人のパンツはめっちゃ派手なランジェリーだけどな。いくらメイドのスカートがデカくてパンチラしにくいっていったってアレは派手すぎでしょ」
パンツのシュミを喋ったところ突然籠手の着けた手で頭を鷲掴みにされた。
「今真面目な話してるんだよね?ね?ね?ね?今なにしなきゃいけないか分かってる?」
「はい」
急いで外へ出ると既にきのこ雲が空高く伸び怒張した男性器へと形を変えていた。度重なる使用に黒ずんだ皮を思わせる煙はもうもうと立ち込めている。
「言い方ァ!!!」
「じゃあ男性器じゃなくってガチガチのバッキバキにフル勃起したチンコが……」
「やめなさいってんでしょ?!人のこと前後不覚なんて言えないわよねぇ?!」
「キレてんの?」
「キレてないっスよ!!!」
「ん?おい、あの辺飛んでるのはなんだ?」
指を挿して見た方角には人の大きさをゆうに越える巨大な体に真っ黒い鎧と化した皮膚を持った竜が三騎、列を成して黒煙にものともせず悠々と羽ばたいている。それを見たメイド騎士は額から冷や汗を垂らしながら我が目を疑った。
「あ、あれは……帝国兵?!!!」
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