第5話 知らぬが仏

「その発信機は髪につけておくように言っておいたはずですがなぜそんな汚いところに」


「シャワーは毎日欠かさず浴びているから気にするな」


「そうじゃないんだよねえ」


ベランダのカーテンは夜風に靡いた。隙間から照らす月の光が二人の影を映す。部屋の明かりを灯すと感づかれる。驚いている女ニンジャは放っておいて話を進める。


「始めるのは分かりました、が私達の独断ではできかねます」


「女王様か」


「帝国もです。私達が裏から手引きしたことが露見すれば彼らは私達にも銃を向けるでしょう、そんなことを女王様は許しません」


「ふーん……、さてどうするかな」


王子たちは国を取り返したい、手筈は整っている、始めれば戦争になる、戦争になれば交易は滞り利益はない。思案を張り巡らせていても妙案は浮かばない。


「帝国はなぜ王国を属領にし、独立を認めなかった?」


「鉱山かな、この国には鉱山資源があってちょっと変わった金属の原石が掘れるんだけどここでしか採掘されないんだよ」


「聞いてないな」


エルフメイドの片方が答える。女ニンジャを睨む。人を巻き込もうというのに隠し事とはいただけない。


「その……その鉱石から精製される金属は王国が密かに研究・開発している【あるもの】に欠かせないでして……」


「【あるもの】とは?」


「…………絶対に口外しないとお約束していただけますか?」


「いいだろう」


「個人の魔力に反応させシンクロし稼働する……魔導式原子核融合炉です。正確にはまったく新しいもので、増殖炉の機能持ちそれでいて増殖炉より遥かに速く遥かに多く増殖する複合型です」


バカな。俺は驚いた。この国の連中の愚かさに。この世界の住人の愚かさに。そんなものがこの世界にも存在するとは思わなかった。核融合炉の増殖型などという夢物語にまだ幻想を見ているのか。


「【アレ】の試験運用のために何人も犠牲にしたんです…。帝国からの治安維持部隊はキャラバンを伴わせてやってきます、道中はもちろんクリーチャーに襲われる危険があるでしょう」


「野良のクリーチャーを誘導して襲わせ、人体実験でもしていたのか?帝国なんかよりおたくらの方がよっぽどクズじゃないか。いくら属領にされたからってやっていいことと悪いことの区別くらいはあるだろう」


「返す言葉もありません……」


「鉱山目当てに攻め込まれて、人体実験に軍人をさらい、独立を阻まれた仕返しに陰謀を図ったらやりかえされたと。そしてさらにまた事を起こそうとしている?呆れて物も言えん」


「言い訳でも大義名分でもなんでもあれば私達も攻め入ることができます。戦乱に乗じて現王族を根絶やしにしてしまうこともさほど難しいことではないですよ」


「穏やかじゃないねえ」


どのみち戦乱は開かれなければならない。そうでなくては介入することができない。介入し、目撃者を消してしまわなければ手引きしたことが知られて次に狙われるのは要塞盆地だ。


「【アレ】を表沙汰にしてしまえば…とも考えるがそれをやったら真っ先に帝国がかっ飛んでくるよなあ」


「魔導式核融合炉なんてものが本当にあるのなら要塞盆地としても喉から手が出るほど欲しいですね。対クリーチャー機動兵器に搭載すれば戦局は一気に塗り替わるでしょう。しかも増殖炉との複合型なんて素晴らしい大量殺戮兵器です」


「本来【アレ】はエネルギー資源に乏しいからと始まった研究だったのですが……帝国属領地になり、独立を阻止され、王族をすり替えられ…そのたびに軍事転用に傾いていって、今ではもう王子は【アレ】に取り憑かれてしまっています」


憎しみが人を変えたのか、人が憎しみを変えたのか。己の憎悪を燃やした成果でまた己の国を燃やそうというのか。そんなことなどしてももう何も戻ってこないということくらい分かっているだろうに。月明かりが雲に隠れた。確か明日は雨という予報だった。


「帝国は帝国で陰謀をやりかえしたついでに独立を認めたフリをしたのか。公には属領でなくなっても中身は帝国貴族ならいつでもどうにでもできる」


「帝国は帝王による独裁国家だから最初の戦争に負けた時点で支配されてるも同然なんだよねえ」


「ま、戦争に勝っておいて何にもしないで復興していいよなんて普通やらないよな。内政の首ねっこ掴んで言うこと聞かせて当たり前だ」


解決の糸口は見えない。話し合いの卓に付くには遅すぎた。いくら放浪者が特権階級だからって今さら話し合いをしようなんて言えたもんじゃない。真っ黒い炎が生贄を求めてゆらゆら揺らめいている。


「仮に帝国とやりあったとして、王子に勝算はあるんかい?」


「ありませんね、例の【アレ】も押さえられていますから」


「無能かよ。国民は当時から現在までの状況と、また国を取り戻そうとする動きはどう考えるね?」


「ぶっちゃけこの王国全土から帝国兵と帝国民を全て叩き出すくらいしないと満足しないと思うよ。都や港街あたりはよく栄えてるけど、あの辺は皆支配化されてから移り住んできた帝国民で、元いた王国民は戦争から復興されずに残された貧民街に追いやられてるから恨み辛みは物凄いよ」


「王子はレジスタンスか……」


「『私がもう一度王宮に立ったとき、私は父の元に召されるであろう!』だってさ」


「国を取り戻せるまで王を名乗らないつもりか?棄民の王気取りはいいけどやんのは俺かよ」


ため息は重たく苦しい。穏やかでほんのり冷たい空気を運ぶ心地よい風とは裏腹にドス黒い怨嗟の炎が渦を巻いて死を呼んでいる。助けを求められた以上は助けてやりたいものだが王国が裏で動いていたことを考えると素直になれない。


「だいたい、俺がこの世界に来て受けた説明と違うじゃないか。ここ数世紀はまともに戦争なんかしたことが無くて物理兵器の発展に乏しく魔法の効かないクリーチャーに苦戦しているって話だったのに、ばっちりやってるじゃないか」


「うちはうち、よそはよそですから」


「物は言いようだな」


「要塞盆地の山々は巨大な要塞であるとともに魔導兵器でもあります、あんなアブナイ国に手を出すのはクリーチャーくらいなんですよ」


「うちの自慢を頭おかしいみたいに言わないでください」


「やーいお前の頭パッパラパー」


「マジでムカつくわこのガキ……」


「まあまあ」


人に説教をかましてくれたお礼だ。いつまでも他人行儀な敬語で話すエルフメイドをひとしきりおちょくってからコップに水を入れて飲んだ。この客室には冷蔵庫がなく、水差しとコップしか用意されていなかった。マイナス五万点。美少女が夜伽に来ない、マイナス一千万点。


「危なっかしい核融合炉だか増殖炉だかの処分については女王様に任せよう。こっちから核融合炉について突っつき、研究施設に見学へ行かせてもらい、そのとき要塞盆地が要人救出の名目で事を起こせばいい」


「それだけで攻め入るのは説得力に欠けます、やろうと思えば今ここで連れて帰ることができるものをわざわざ大袈裟に荒立てるには」


「そうか………」


少し考えた。説得力に欠けるのなら理由を作ってしまえばいい。


「なら交換留学生として人質を作るか。今の王、帝国貴族殿には確かお妃様がいなかったな?」


「え?ええ……」


「俺の竿も玉袋も鷲掴みにしたあの風呂のお嬢は間違いなく女豹だ。乳の一つでも掴ませればハッスルハッスルよよいのよいしてわっふるわっふるで王にも満足してもらえるだろう。交換条件を出すのなら相手にもそれ相応の利益が無ければ取引は成り立たない」


「物凄く下品な例えですが提言はしてみましょう」


(聞いた……!確かに聞いた………!王に伝えねば!)


トトト…


「………」


コトッ………


「・- -・ ・-・・ ?」


「-・・・ ・- ・-・-・- ・- ・-・ ・・・- ・-・ --・ -・・- --・-・ -・」


「--・-・ --・-・ ・・- ・・-- - ---・- -・・・- -・-・ ---・ ・-・-・ ・-・ ---- ・・-・・ ・--- -・-・- ・---・ -・--・ -・- -・-- ・-・・ ・・ ・-・ ・- 」


「・-・-- ・・ -・・・ ・・-・・ ・・ ・・- ---・- -・--・ ・・-- ・-・-- ・・ ---・- ・-・・ ?」


「・-・・・ --- ・-・・ ・・ ・-・・・ --・-・ ・・ ・・- -・-・ -・・・ ・・ -・-- -・--・ 。-・-・ -・・・ ・--- ・-・・ ・---・ -・--・ 」


「・-・・・ -・--- ・--・- 」


「・-・ -・-・、・-・・ --- ・・・ -・・・ -・・- -・・ ・・- -・-・ ・・- ・・-・・ ・- ・・-- -・ ・・ 。-・・・ ・・ -・-- ・-・-- --・-・ -・・- -・--- -・・・ ・・ -・・- -・--- ・・-- --・-- ・-・ -・・-・ ・・- --・-・ ・-・- ・・-- --・-- ・-・ -・・-・ -・- ・-・・ ・・・ ・-・-・ -・ ・・ ・-・- ・・- ? --・-・ ・・ ・・- ・-・・・ ・・- -・-・- -・・- -・-・ -・・・ ・-・・・ --- ・・-- ・・-・- ・-・・ ・・ ・・・ ・--- -・--- ・- -・-・・ ・・- -・-・ --・・- -・-・・ -・- -・ ---・- ・・-・・ ・- -・--- 」


「-・- ・-・・ --・ -・・- --・-・ -・。・-・-- ・・ -・・・ ---・ ・・-- -- ・・- -・-・ 」

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