第4話 人とはそういうものだ
誘拐。誘拐(ゆうかい、英語: kidnapping)とは、他人を騙して誘い出して連れ去ること。「かどわかし」とも言う。略取・誘拐罪(りゃくしゅ・ゆうかいざい)とは、人を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置く犯罪である。byWikipedia。
「自ら走って誘拐される人はいまだかつて見たことがありません。正確には見たことがありませんでした」
「うむ、くるしゅうない面を下げい」
「意味がわからない…」
「自分の足で走ったほうが早いのにわざわざ乗り物に乗るの?」
「何を言っているのか分からない…」
颯爽と森林を駆け抜け、猛然と山に入り、勇ましく跳び越えるとはるか向こうに街の灯りが見えてきた。辺りは暗い。空気の澄んだ山から見下ろす夜景が綺麗だ。夜中に攫われ夜が明ける前に隣国へ辿り着いたのだ。
「なぜあなたは時速180キロで走る大型二輪車を追い越して先に越境するんですか?標高何メートルだと思ってるんですか?なぜ防寒具もなく酸素マスクもなくピッケルもブーツもなくパンツ一枚で走るんですか?」
「坊やだからさ」
「話にならない………」
「のっぴょっぴょーん」
「自分で自分の頭がおかしいとは思わないんですか?」
「この俺についてこられるんだ、優秀な身体能力を持ってるんだね。自慢していいよ」
「いえ私は協力者が調達してくれた大型二輪車で走りバギーで山小屋へ向かいヘリコプターで山を越えてまた別の大型二輪車に乗り換えたんです、あなたとは違うんです。私は普通です」
道中の案内の話の中で、初めて自分がいた国が巨大な盆地だと知らされた。そしてその盆地を形成している山々は改造され、表向きただの山だが中身は要塞と化しているという。あまりにも広大、あまりにも堅牢堅固な武力に特化した国家として要塞盆地と呼ばれているらしい。
「本当は明け方になったらふもとに迎えが来る手はずだったのに」
「海洋国家か。蛍光色のキモい魚とかいないよね?」
「いません」
要塞盆地を抜けてまだ高いその場所から眺める。月明かりに照らされた海が穏やかに眠っている。一つだけ、暗黒に沈む静けさに紛れた影を見つけた。
「明け方になったら来るはずだったという君の仲間はまだ街にいるのか?」
「え? ええ、まだ待機しているはずですが…」
「連絡はすぐに取れるのか?」
「いえ、隠密行動中ですから通信機器やその類いのものは一切持ってきていないので取れません」
「双眼鏡かなにかは?」
「それくらいでしたら…どうぞ」
「いや、それは君が使うんだ。あの教会の屋根の上のあたりの海だ」
「えっ?」
最初に見つけた位置から動いているため、指を差して教えた。漂流物ではない。波に紛れて姿を見せないように巧妙に隠している。この遠く離れた距離で何か目的を持って移動していると確信を持てる。なにより、大きい。深夜に真っ暗な海に浮かぶそれを肉眼で捉えられるということは相当なものだ。
「くっ、クリーチャー…!そんな、あんな巨大な…!ここからじゃとても間に合わない!」
「だから連絡が取れるのかと尋ねたんだよ」
「街までだってどんなに早くても2時間は掛かるのに!」
「そう慌てるな。遠く離れているとはいえ、間に合わないと決まったわけじゃないさ」
俺は手のひらほどの大きさの石を1つ拾い、適当に爪でかじって先端を作り尖らせた。鋭利なものだ。
「どうにかしてくれるのは分かりました!この際なんで爪で石を削れるのかについてはツッコミません!」
「理解が早くて助かる」
狙撃をするときに大事なことはよく狙い、よく読み、よく潜めることだ。風向きや温度湿度などは無視していい。そんなものは威力で誤魔化せる。一流のピッチャーの動きを思い浮かべながら振りかぶって投げた。石は空気の壁を突破し、発生した爆風の風圧によって周囲の木々はなぎ倒され、動物達は叩き起こされ、衝撃に耐えられない地面は砕けて凹んだ。
「当たらなければどうということはないが、当てさえすればどうとでもできる。……ん?」
隣にいたはずの女ニンジャがいない。バイクごと瓦礫に埋もれたのか、今の衝撃でどこかへ飛ばされたのか。
「このあたりだろうか」
傾いた木を蹴り飛ばすと落っこちてきた。カブトムシかな?
「あたたた。あなたちょっと頭おかしいんじゃないですか?」
「今ので王様も起きてくれただろうから挨拶しに行こうよ」
「まず人の話を聞け!」
「俺の歌を聞けえ!」
「もうやだこの人……」
王宮では何が起こったのか、災害か、敵襲かと上を下に大騒ぎだったがあらましを説明するとしこたま怒られた。王様だけは怒らないでくれた。
「富士山の五合目から駿河湾沖に向かって石を投げて、それも標的に命中させるとは。いやはや恐れ入る」
朝食。大きい円卓の席に俺と王様だけが座り、向かい合って話している。食事中に行儀が悪いと思われるかもしれないが話しかけてきたのは王様だから俺は悪くねえ。メイド二人に覚えさせられた拙いナイフとフォークの使い方に苦笑いされた。箸で目ン玉ぶっ刺すぞ。
「まさかこっちでもあれを見るとは思わなかった」
「我が王国は隣国ほど魔導に明るくなく、また機械文明にも疎い。海洋資源と観光資源だけが頼り。だと言うのに……あんなものの接近にまるで気が付かないとは情けない」
王様の顔は暗く沈んだ。まだ若く、俺ともそれほど歳が離れていないように見える。しかし胡散臭い方の石田彰ボイスが気になる。ヅラではなくデコハゲの裏切りそうな声という印象だ。
「放浪者である君を攫った理由はもう分かってくれただろう。強大な隣国ではなく我が王国に住み、海にもう一度平和を取り戻して欲しい」
「だけどアレ、どっから湧いて出てくるのか分からんのでしょう?根本を叩かないと襲ってくる分だけをやっつけてもキリがない」
「せめて君が生きている間だけでも、戦っていられる間だけでもいいんだ」
「だいたい、俺を勝手に連れてきちゃったらどうなることか」
「それは……」
朝食が済んで庭園の中を歩く。隅々まで手入れされた花々は美しく彩り豊かに咲き誇っていた。てっきり異世界の花はパックンフラワーみたいな食人植物とか触手でいやーんらめえ!とかしかないものだと思っていた。
「肌がピリピリしないけど、この繊維何で作ってるの?」
「王と王族以外の衣服は主に共和国から輸入された生地や既成品で賄われている。共和国では農業や縫製が盛んでな、確か虫から草木から取れるとか」
「共和国ねえ」
「共和国とは要塞盆地とは違い平地続きだ。交易がしやすく人の行き交いも多い。国家としても仲良くやらせてもらっている」
「ところでヌーディストビーチ行っていいかな?」
「そんなものはない!」
王宮にいるのも暇なので街に出た。近代的な市街地から港市場へ向かうと出店が並び、店主のオヤジが大きな声で呼び込みをし、主婦が新鮮な野菜や果物、水揚げされたばかりの魚に熱心に肥えた目を向けていた。海にクリーチャーが出たというのにやたらと賑やかだ。みんな笑顔が絶えない。俺を勝手に誘拐するほど困っているのか疑問が浮かぶ。
「ようやくこの国も救われるのね」
「あんなことがあったばかりだったのにクリーチャーも出てもう駄目かと思ってたわ」
主婦達の井戸端会議が耳に入ってくる。あんなことがあったばかりだったのに…とはなんのことだろう。ちょっとよそ見をした瞬間に人とぶつかった。たくさんの人通りの中で不注意ではなかった。
「これは失礼」
「いや……」
(嗅ぎ付けるのが早いこって)
ポケットに一通の手紙を入れられた。折り曲げることなく、くしゃくしゃにシワがあるのでもなく、きれいな形のままで入れるプロの業だ。来てそうそう穏やかに過ごすことを諦めた。これは思っていたよりも早く要塞盆地に帰ることになりそうだ。
(現王族、国王は前国王とその一族を暗殺…、その後ライバルの貴族や逆らう氏族を陥れ権力を掌握……、正体はすり替わられ殺され闇に葬られた貴族を逆恨みした帝国………。『僕達は殺された。あなたを頼りたい』か)
夜。与えられた王宮の個室で横になりながら昼間の手紙を読んでいた。帝国。どうしても帝国と聞くだけで悪いイメージを持ってしまう。手紙の内容から察するにこれを書いたのは元王子、そして渡してきたのも元王子。反乱を、復讐する用意があるのか。正直に言って権力争いにも戦争にも復讐や反乱にも興味がない。関わりたくもない。
「王子に条件付き可って伝えといて」
ベッドに手紙を放り投げて風呂へ向かう支度をしながら言った。天蓋のカーテンの脇から俺を攫いにきた女ニンジャが出てきた。
「……いつから気付いていたんですか?」
「君が家に帰ってシャワーを浴びてベージュの下着から黒の下着に履き替えて仮眠を取ってからまた俺んとこに来たあたりから」
「ねえ、ちょっと待って。私の家知ってるんですか?なんで知ってるんですか?シャワー覗いてたんですか?」
「要塞盆地は内陸過ぎてあんまり魚が入ってこないそうだから、俺が手助けして向こうに無事帰ったあかつきには優先して魚を輸出してもらうよ」
彼女が最初の接触だった。山を越える前に相談といって持ちかけてきていたのだ。その時の俺は半信半疑だったが、わざわざ直接人のポケットに突っ込んでまで頼みにきたことでそれなりの本気を感じた。なんせスリみたいなマネを王子が覚えるくらいだ。屈辱に屈辱を重ねてもなお、ということなのだろう。気合が入っててよろしい。
「君に言われたとおり港市場へ遊びに行ったらお手紙をもらった。何年前から始まった話?」
「5年前です。以前この国は帝国属領だったのです。しかし帝国の過度な資源の搾取と度重なる弾圧に業を煮やし前国王様が独立を宣言、武力衝突に発展するところでした。しかし軍の出立式典での演説の壇上で……前国王は頭を撃ち抜かれたんです」
「クリーチャーが出てきててめんどくさいのにさらに戦争おっ始めようとしてたのか」
「資源にしろ、経済にしろ、環境にしろ…、どれを取っても泣きっ面に蜂でした」
「暴動になるだろ」
「もちろん暴動になりました。ですがそのたびに帝国軍は武力による鎮圧を図り、そのくせクリーチャーが襲ってきてもロクに動かず、夜になれば酒に溺れて暴力を働き…」
「耐えかねて帝国の仲良しと裏で糸を引いて貴族を失脚させたら逆に取って食われたと」
「偶然の一致というものです、お互い声も顔も容姿もそっくりな人物だったんです。気が付いたときにはもう手遅れで…」
ただの高校生にバレる程度の隠密だ。この女スパイとしちゃド三流だ。バレずに入れ替わるなんて容易だっただろう。まあいい。過ぎたるは及ばざるが如しだ。過ぎたことを言っても仕方ない、それもその場にいなかった人間が。
「この国は魔導に明るくないんだっけ?」
「え?ええ……」
「やることは分かってるよね?」
「えっ」
不意にベランダへ向かって話しかけた。実は、俺のパンツには発信機が仕込まれている。魔力を使った電池?で対外工作によく使ってるとかなんとか。ベランダの窓は開くことなく、静かに二人のメイドを招き入れた。
「よう、お二人さん」
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