第3話 腹を割って裸の付き合いがなんとやら

「では自己紹介を」


「えー…、愛月惺です」


「誰ぁぁれが暑くせえだっっって?!」


男子生徒の一人が立ち上がってメンチ切ってくる。嫌んなる…。男はバカ校だって話だったけどバカというよりチンパンジーだこれ。


「暑くせえじゃなくて、アヅキ・セイ」


放浪者は特権階級じゃなかったのか…と愚痴ったところで何も変わらない。あのエルフメイドの話じゃ放浪者は最初の功績を考慮されて配置が変わるらしい。この世界の知識にも学問にも乏しい上、俺は一番最初に戦場にいた。柔らかい草原に青臭い匂いが風に乗って良い寝心地だった。せめて軍に入れてくれたら良かったのにいきなり高校なんかに入れられても困る。


「アヅキくんは今日から皆さんと」


「お前クリーチャーやったとか話しだけどよぉー!たかだか一匹や二匹で調子ン乗るなよええおい!」


先生の話を遮ってチンパンジーが割って入ってくる。


「どーせなんかの間違いだろ」


黒板の前の教台に立つ俺から見て右側、窓際の列の一番後ろのヤツが机に足を乗せて椅子を傾けてキコキコ揺らしている。態度悪!


「ええと、アヅキくんはあの席に座ってください」


一番左側、廊下側の真ん中。一番後ろだったら寝てられたのに。


「大変だねキミも」


制服を崩して着ているだらしない他の連中とは違って一人だけまともそうなヤツが隣になった。髪は立ててないし、着崩してないし、上履きはキレイなかかとをしている。


「この学園ってゲーム持ち込んでいいのか?」


「うん、いいよ」


「駄目です」


先生のツッコミもキレイだ。隣のヤツは恐らくポータブルゲーム機と思われるそれから目を離さずガチャガチャやっていた。


(まともかと思ったらゲームオタクかよ…)


不気味な気分だった。何から何までそっくりなこの世界の瓜二つ具合に胸焼けする。どこまで俺の世界と似ていれば気が済むのか。元いた世界でも隣のヤツはゲームを持ち込んでサボっていた。


「あ"ー、疲れた…」


一日が終わって廊下を歩きながら伸びて靴箱を目指す。今ごろ正門側の来客用駐車場にお迎えの車が待っている。この堅苦しい制服をもうすぐ脱げる。アニメでもゲームでもそうだけど、なぜ異世界の制服は着るにも脱ぐにも面倒くさいデザインなのか。教室じゃ前と後ろからは喧嘩を売られ左はガチャガチャ右は壁で逃げ場がない。散々な初日だった。


「よう」


知らないヤツに前を阻まれた。何人か連れている。襟の色が違う…。なんだっけ、襟の色が違うと学年が違うんだっけ。


「転校生よお、ちょっとツラ貸しなよ」


「お迎えが来てるんだけど」


「いいじゃねえか少しくらい待たせとけばよー、すぐ終わるから、な?」


「まあすぐ終わるなら」


どいつもこいつもニヤニヤした顔が気持ち悪い。頭悪い、身体能力は並、魔法はからっきしダメの落ちこぼれか。本当にこの学園都市に入学できたエリートなのか?お偉いさんのコネじゃないのか?ちょっとやそっと喧嘩が強いくらいでこの先どうするんだろう。屋上の壁にめり込んだ一人を見ながらそんなようなことをぼんやり思っていた。むしろこの先どうしたらいいのかは俺の方が考えなきゃいけない。


「地面ってさ、土の味とコンクリートの味と、どっちがいい?」


「え…あ…」


「どっちでもいいよね?両方味わえば」


そこらへんに倒れてるヤツらが見守る中、頭を掴んで壁から剥がして校庭に向かって投げた。俺が女王様から聞いた話でいくつか覚えてることがある。この国じゃ放浪者は国に楯突かない限り法律に縛られないらしい。


「な に や っ て る ん で す か」


「げっ」


屋上のフェンスから一人外に飛んでいった、はずだった。本来ならそのまま地面に叩きつけられるはずだった彼は制服の襟首を掴まれて浮かんできた。親猫に首元を口で持たれた子猫のように手足をだらんとしたまま気を失っていた。


「転校初日のご挨拶に付き合っただけだ」


二人いるお付きのメイドのうち一人がいつまで経っても車に来ない俺に痺れを切らしてやってきたのだろう。外に飛んできた生徒を見てもしやと思いそのまま飛行魔法で上がってきたのだ。


「後始末をする私達の手間も考えてください」


「俺に言わないで欲しいね」


仕掛けられたから返しただけ。そう言おうと言葉が喉まできたところで飲んで戻した。本気で睨まれている。屋上に降りた彼女は俺の横を通り過ぎ気絶している生徒を雑に放り投げるとどこかに電話した。きっと救急車でも呼んでいるんだろう。


「あなた達はこの場で職員が来るまで待機していてください。放浪者に絡んだことは処罰されます」


「ちっ…」


「行きますよ」


「うん」


帰りの車の中は嫌な空気だった。張り詰めていることはもちろん、完全に俺をせめる空気だった。藪から蛇を出さないように俺は黙っていた。しかしメイドの二人も口を開かず静かに黙っていたからなおのこと車の中の空気は不味いものだった。と言っても車を運転している方は気まずそうにしていた。怒っている方よりも気が弱いのか、優しいのか。ふてくされた俺はついに口を開いた。


「そんなに怒るなら男子校に入れなきゃいいじゃん。あんなどこもかしこも落書きだらけ、あっちこっち壊されたり持ち去られたりしてる動物園で絡まれるなんて時間の問題だったよ。授業なんか誰も聞いてないし、それどころか教科書出しただけで笑われたし。その場で手を出さなかっただけマシだと…」


「黙りなさい」


途中でぴしゃりと言われた。冷たい一言だった。


「あなたに価値が認められていることは戦闘力のみです、それ以外はありません。戦場にいないのだから法律に従ってもらいます」


「あーそー…」


「あなたがしたことは正当防衛ではありません。この間といい今回といい、いい加減にしなさい」


分かっていたことだけど藪蛇だった。口を開いたら小言が飛んでくるのは小学生でも察するだろう。結局のところ車の中ではくどくどとお説教を食らって帰ってきた。宿題があったような気がするけどそんなことはもうどうでもよくなっていた。


「あーあ…」


「浮かないお顔ですのね」


体を洗ってもらい一発抜いてくれるサービスを受けて、どっぷり肩まで浸かっていると大浴場デビューしたときにおいなりさんを掴んだお嬢様が寄ってきた。俺はとっさに両手を股間に回した。


「まあねえ、行かされたのが男子校じゃあねえ…」


「男子校はお猿さんばかりだと聞いていますわ」


「そんなところに入れたらどうなるかくらい分かってたろうに、返り討ちにしたら怒られんの俺なんだもん。理不尽だわ」


「泣きたい気分ですの?私の胸でしたらいつでもお貸しいたしますわ」


言われて改めてちらっと見た胸は並の大きさではなかった。どうやったらこんな巨大なメロンに育つんだろう。そういう種族なんだろうか。


「放浪者様、お名前は?」


「んー? 俺の名前? セイ、アヅキ・セイ」


そういえば自己紹介はしていなかった…かもしれない。


「ではセイ様、セイ様は聞くところによると凄まじい強さをお持ちだそうですね。どうしてでしょう?」


「どうして? どうしてねえ…、俺にはこれしか無かったからな。無かったっていうか、今でもこれしか無いけど」


俺は目の前で拳を握った。俺がこの世界で唯一信じられる俺を裏切らない絶対の存在。俺にはこれしか無い。他に持っているものは無い。


「これしか無いと言いますと?」


「俺はね、家族がいないんだ。両親も、兄弟も、親戚もいない」


「えっ」


「皆で旅行に行ったとき、事故にあってね。俺だけ生きて帰ってきた」


もう十年くらい前になる。大きな事故だった。燃え盛る瓦礫の山の中、生きていたのは俺一人だけだった。俺は一人で立って泣いていた。奇跡だった。知らない人達が寄ってたかって騒いだ。俺をまるで神様か何かのように扱い担ぎ上げた。


「事故から、あの大惨事から一人生きて帰ってきた俺に待っていたのは嫌な現実だった。喉元過ぎれば熱さを忘れるってのはこういうときにも使えるんだと知ったよ」


時間が経てば皆忘れる。いつの間にか俺の周りからは誰もいなくなり、俺の世話を押しつけられた人は俺の面倒を見てはくれなかった。


「毎日毎日、誰もいない家に一人で暮らすだけだった。家にいても、学校に行くときも、帰ってきたときも誰もいない家。寂しくても涙も出ない」


そんなときに出会ったのが少林拳だった。近所の寺のお坊さんが俺に気を掛けてくれた。


「なんで坊さんがそんなことしてたのかは知らないけど、あの坊さん道場やってたんだ。あの人に全部教わった」


『ボウズ、うちに来ないか』


差し伸べられた手に、小学生だった俺はどうしていいか分からなかった。坊さんは戸惑っている俺の手を無理やり掴んで連れ出してくれた。お経を覚えて作法やら寺の掃除やら、飯を作るのも当番制だったから作り方も教わった。正座で足が痺れた俺を見て坊さんは笑ってた。


「誰かが坊さんにチクったらしいんだけどね、例の小学生が毎日コンビニに弁当買いに来てるって」


あの頃は幸せだった。空っぽに押し潰されていた俺の心が少しずつ何かに満たされていくようだった。でもそれも長くは続かなかった。


「放火だった」


「そんな…」


焼け落ちた寺の中から見つかった坊さんはもう何も言ってくれなかった。俺なんかに関わったから坊さんはこんなことになったんだと言われた。それから他人を信用することはなくなった。もう誰も信じられない、誰も信じたくない。


「そして俺には拳だけになった。鍛え続けたこれだけが俺の中で唯一揺るがない絶対の存在。もう俺にはこれしかないんだ。だから強くなるしかないんだ、それ以外に俺に生きていく道は無い」


「まだ私達と変わりないですのにとんでもない苦労をなさっているのですね…」


「まー、こんなんだから元いた世界には未練もないし、鍛え続けたばっかりに勉強なんか元から出来ないし、女の子はたくさんいるし、これで男子校なんかに突っ込まれなけりゃ飛ばされてきた俺としてはむしろ万々歳なんですけどねー」


「だそうですよ、お二人とも」


「なぬっ?!」


湯気の向こうからやってきたのはお付きのメイド二人だった。しかもしっかり風呂に入っている。つまり真っ裸だ。まさか俺が来る前から既に入っていたのか。


「…謀ったなお嬢」


「ほほほ」


恐らくは話を聞き出すように彼女に頼んで自分達は湯気に隠れて聞こえる位置に陣取っていたと思われる。俺に説教かました方が気まずい顔をしているがこっちが気まずい顔をしたいくらいだ。


「ほらー、やっぱり何かあったんじゃん」


「うぅ…事情は分かりました、ですがあなたのしたこともしたことです。それだけは」


「あーもう分かった分かった、一人一撃、気絶させておしまいにするよ。生きてるか死んでるかは別として」


「あら、手加減出来るのですわ?」


「出来ないとは言ってないよ。それより太もも撫でまわすのやめてくれない?」


「ほほほ、赤裸々な告白、確かに聞き届けましたわ。ねえ皆さん?」


「「「「はぁーい」」」」


「?!」


どこからともなく女子達が大量に出てきた。この大浴場は確かに大きい。しかも常に湯気がほわほわと充満していて視界の邪魔になるくらいだ。しかしだからといってこんな大人数に気が付かないとは、なんなんだ、一体どこから湧いて出てきた?!しかも皆めっちゃニヨニヨしやがって腹立つわ!


「ふふふ、弱点は魔法にアリですわ」


「食えねぇーなお嬢…」


チクショウ、勉強しよ。魔法ばっかりはどうにもならない。きっと魔法で姿を隠してずーっと話してるのを聞きながら様子を伺ってたんだろう。この人いつになったら気が付くのかなーって。性格悪いなコイツら。


「はあ…、疲れた」


気疲れしたから少し窓を開けて大きなベッドに横たわる。開放感が欲しかった。この世界の今の季節が冬じゃなくて良かった。夜中にジュースを飲むとメイドがうるさい。俺は虫歯になんかにならない。入ってくる風が気持ちいい。二人のメイドは帰して正解だった。アイツら今日も添い寝するつもりでいたらしい。


「これで心置きなくスチュアート大佐ごっこができる」


「放浪者様、お迎えにあがりましたってキャー!」


「ん?」


背後から声がした。ドアの鍵は締めておいたはずだった。誰かが玄関から入ってきた様子もない。振り向くと全身タイツに身を包んだ女性が両手で顔を隠していた。


「あんた誰?」


「な、ななななんで全裸なんですかっ?!」


「なんでも何も俺の部屋だし」


「全裸の男の子なんか連れ出したくないんで早く服を着てください!」


「ええー」


「ええー、じゃない!」


「そう言うあんただって指の隙間から覗いてるじゃないか。ほら、ぞぉーさんぞぉーさん」


これ以上は収拾がつかなくなりそうだから仕方なくパンツを履いた。


「で、なに?」


「あなた様をこの国から解放するためお迎えあがりました」


「なんだかロミオとジュリエットみたいだね」


「なんですかそれ」


「色男がお姫様を押し倒して誘拐する話」


「それ間違ってませんよね?」


取り敢えず誘拐されてみた。

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