第2話 異世界も近代化の時代
突然見知らぬ土地に来て二週間くらいが経った。くらいって言うのはこの世界の何月何日に来たのか分からないから。驚くべきことに戦場で拾われてから中央都市まで馬車だった。この世界には新幹線のような高速鉄道はない。
(ビジネス街には普通にビルが建ってて電車らしいのもあって車に代わる交通手段もあって、なんで新幹線はないんだ…)
自室の窓から外を見る。晴れてる。近代的な都市からは離れたまた別の都市。1つの国の中にそれぞれ目的別の都市があってその間の移動は魔法による瞬間移動だという。でも言うほど離れてない。唯一この学園都市とそばに隣接する城塞都市だけが他の都市からやたら離れている。
(この用意された部屋も部屋だ、1LDKの寮ってなんだよ)
ここに来るときはドラゴンライダー(仮)だった。まさか生身で雲の高さまで飛ぶことになるとは思わなかった。そりゃあ富士山くらいなら登ったことあるけど、飛んでるのと登ってるのとじゃ全然違った。
(ドラゴンライダーって呼んでいいのかは知らないけどドラゴンだよな…、あれ)
窓の外に見える影。今の時間は飛行訓練らしい。
(学校は行きたくなったら行けばいいとかアバウト過ぎるだろ、引きこもるぞ?)
用意された部屋には家具家電一式以外に筋トレ用品と娯楽用品と通信端末がある。筋トレ用品と娯楽用品は俺のリクエスト。諸々細かいところは違うがおおざっぱには俺の世界と同じらしい。
(とはいえ食事はしばらく受けつけなくてしんどかった、これでも早く適応した方だって言われたけど)
食事と言えば海外旅行でも受けつけなくて大変な人はいるらしい。出張や単身赴任での仕事以外の大きなテーマ。残念ながらこの国には味噌や醤油もないし似た類いもないらしい。あるにはあるけど輸入品しかないとか。
(暇だし出掛けようかなあ…)
この世界には放浪者と呼ばれる人がいる。特別な力、超越的な何かを持っていて現れる度に歴史を変え歴史に名を残していく生きる伝説。女王様の話じゃここ1000年くらいは現れなかったらしいけど。
(一番びっくりしたのは女王様人間じゃねーんだよなー。あれは悪魔とか魔神とかそういうのだろ)
青い髪に紫色の肌、金色の瞳は爬虫類を想わせる。背は高くて耳が長い。この世界が自分のいた世界ではないんだと自覚する決定的な瞬間だった。握手した手の感触は普通の人間のそれと変わらなかった。
(ベランダには誰もいないな、よし)
来たばかりの放浪者には自由があまりないらしい。身体的にも精神的にも不安定で些細な刺激も憚られるとのこと。ならドラゴンライダー乗せるなって話だしそもそも女王様の容姿のがコエーよ。
(メイドさんなんて付けられても息苦しいだけだって、しかも二人も)
ベランダに首だけ出してキョロキョロする。見られたら完全に不審者だけどこの広大な土地の広大な寮で今学校に行ってないのは俺だけ。つまり人目はドアの外にいるエルフのメイドさんだけ。
(ひょっとしてまだ夢なんじゃねーのかなんて思ってる自分がいる)
飛び上がって屋根まで上がる。この世界には化石燃料や炭がないとかで大気汚染はそうそう無いとか。その代わりか大気中には魔力元素が含まれていてそれをコンデンサーだかコンプレッサーだかで圧縮して爆発させて火をつけたりしてるんだとか。詳しい検査はまだこれからだけど、俺にはどうやら魔力が無いと言う。
(パラレルワールドって可能性もあるけど…、どっちにしても日本でも地球でもないことは覆せないんだよなー…)
ここでまずいことに気が付いた。素足だった。汚れた足で戻ったら抜け出してたのがバレるかもしれない。逆立ちすればいいけど足でドアを開けたらやっぱり汚れる。片手で逆立ちしても片方の手がドアに届かない。どないしよ。
「危ないっ」
「え?」
振り向いたら野球のボールが飛んできた。どことなくデザインが違うけどたぶんそう。振り向きざまにキャッチしてキョロキョロすると下から女の子が飛び上がってきた。飛び上がってきたと言っても俺のようなジャンプじゃない、飛行だ。
「だ、大丈夫?」
「うんまあ、あ」
「なに? やっぱり怪我した?」
「俺も混ぜてもらっていいかな?」
「ええっ」
そこはほら、放浪者って特権階級なんでしょ?
「しゃー! ばっちこいやー!」
「ヘルメットとかスパイクシューズとか…」
「いーからいーから」
「どうなっても知らんぞ」
白い肌に金髪碧眼のエルフが投げる! バッターの俺が打つ!
ドンッ
「ぐえええええええええぇぇぇぇぇ……」
「ドップラー効果かな?」
強烈なピッチャー返しはキャッチしたピッチャーごとグラウンドの端まで飛んでいった。しかしよく考えよう。ボールはキャッチされて飛んでいった。あの金髪碧眼エルフくんは意地でもボールを持っている。
「アウトー」
「よし今度は投げるか」
「次のバッターは?」
「お前行けよ」
「やだよお前行けよ」
「ふざけんなよお前だよあんなの相手に出来るか」
「じゃあ俺行くわ」
「なら俺行くわ」
「いやここは俺が!」
「「どうぞどうぞ」」
「チクショウ!」
左手にグローブだけ。一人だけTシャツにジャージで素足という出で立ちでマウンドに立つ。ここだけの話、放浪者は奇人変人が多いとか多くないとか。
「ぬっはぁ!!!!」
ズドンッ
思い切り振りかぶって投げたボールはキャッチャーごと後ろの壁にめり込んだあとクレーターを作った。後ろに立っているはずの主審?は嫌だと言って逃げたので無事だった。
「き、球速は?」
「それよりも救急車じゃない?」
どうやらこの世界の人らは魔法に頼り過ぎていて身体能力が低いらしい。
「こらー!」
「あ、バレた」
あえなく御用となった俺は寮の一番下の玄関、といっても高級ホテルのフロントみたいなこれまた広いフロアがあって、そこで正座をするハメになった。大理石が硬くて痛い。
「何やってるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました、お付きのメイドさんに嫌がらせを受けていて」
「まあ」
「平然と嘘つかないでください、昼間の重傷者騒ぎはこの人のせいなんです」
人の目に付きやすいところである上、夕方になって帰ってくる生徒が増えた。様々な種族がいるが亜人種ばかりである。この世界には純粋なホモサピエンスはいないって話で唯一の人類が俺である。つまりめっちゃ目立つ。しかも両側にメイドを立たせて正座している。これが目立たないはずがない。
(最初に会ったオッサンたちも実はそっくりなだけでちゃんとした人間ではないらしい。俺には耳の形くらいしか違いが分からないけど)
ぶっちゃけた話が亜人とホモサピエンスでどう違うのかも知らないけど。行く人来る人にジロジロ見られている。
「明日からは見学に学園を一周りしてちゃんと通ってもらいますからね! 生活もちゃんと規則正しく…手を振らないでください!」
「え? なんだって?」
「ちょっと! 聞いてなかったんですか?!」
通りすがりの女の子が手を振ってくるから返していただけだ。夜は大浴場デビューだった。寮の部屋の風呂もアホみたいな広さだったが大浴場はもはや25メートルプールだった。しかしどこか息苦しさを感じていた生活から解き放たれた開放感を与えてくれた。……ただ1つ、女湯であることを除いて。
「んふ、イイカ・ラ・ダ♪」
「貞操の危機」
「あれ、聞いてないんですか? 放浪者の人は色んなこと聞かされてからここに来るって聞きましたけど」
「寝てた」
「ええー…、放浪者の人は子ども作らなきゃいけないんですよ」
前を隠すことを許されているのはせめてもの救いか。しかし女子寮の大浴場に男が一人堂々と入ってきて悲鳴一つ上がらないとはどういうことだ。普通ならありとあらゆる物を投げつけられて腰に巻いたタオル一枚で叩き出されるのがオチのハズなのに。
(目のやり場に困るな…、早いとこ部屋に帰ろ)
ざばっと上がろうとしたら捕まった。正確には掴まえられた。
「あら、まだ入ったばかりですわ。お待ちになって」
「口調で誤魔化しているつもりかもしれないけどチンコ掴まないでくれるかな」
「あら失礼、ではこちらを」
「玉掴むのもおかしいよね、他にもっと掴むところあるよね」
この世界の人らの貞操観念はどうなっているんだ。特権階級だったら誰でもいいとかそんなガバガバ理論なのか。年頃の女の子が子ども作るとかチンコ掴むとかおかしいでしょ。恋人同士ならいざしらず今初めて見たばかりの顔ぶれなのにナチュラルに竿掴むってやだよそんな女の子。
(結局ありとあらゆるところをまさぐられた)
「もうお嫁に行けない」
「何言ってるんですか? のぼせて頭おかしくなったんですか?」
いつまでも大浴場から上がってこないことを不審に思って来てくれたメイドさんその1が長風呂で意識を失いかけでろんでろんになりながら押し倒されている俺を回収してくれた。もう少しで初めての瞬間が知らないうちに終わるところだった。今はベッドで冷たいものを飲んでいる。
「夜中に襲われたりしないよね?」
「します」
「………………………。」
俺はベッドの上で覚悟を決めた。たとえ明日どんな騒ぎになろうともたとえどんな血の海になろうとも全てを撃退し貞操を守り通すと。お父さんお母さんごめんなさい俺の大人の階段はもう少し先のことに
「今日は私達がそばにいますから」
「あざーす」
夜が明けて目が覚めると添い寝してくれていた二人がいなかった。代わりに台所からいい匂いがする。油の匂い…、たまごとベーコンとトースト?待て待て、どれも似て非なるものに違いない。何から何までそっくりなのにどこか違っているこの世界のことだ、体が異物だとしてしまったら入らないんだ。
(これだけ多種族がいて発展しててなんで地球とほとんど同じレベルなのか疑問に思う)
話が本当なら放浪者によって相当なブレイクスルーがあったはずだ。実際地球よりも高度な技術が気軽にそこら中にある。文明はどうなっているのか分からないけど少なくとも同じかそれ以上なのは分かる。
「おはよう、早いね」
「メイドですから」
未知の生物である人間となぜ言葉が通じるのか疑問には思わないのだろうか、未知の生物に恐怖を覚えたりしないのだろうか。待てよ、エルフは寿命が長いんだよな、すると1000年前の放浪者の世話もしていたのか。テーブルには想像していた通りのものがあった。
「……」
「なるべく調味料を使わないで作ってみたんですがどうでしょう」
椅子に座って、フォークを取っておそるおそる口に運ぶ。この世界の食物は加工する際、というか機械が魔力元素エンジンを載せているものしかないため何でも多少の魔力元素が混じるとか。魔力を持たない俺は当然免疫も無い。
「…いけそう」
吐き気を催さない。あまり加工されていないものや100%オーガニックなら胃が受けつけてくれるのだ。難儀なことだ。これから先、体に免疫が出来るか出来ないかで食生活が変わってくる。もし出来なかったら外食は諦めざるをえない。マックよさらば、ポテチよさらば。
「ところで俺がこの世界の学校に通っても意味ないのでは?ましてやいきなり高校からなんて」
「大丈夫です、放浪者の方はただ通うだけでいいんです。全く違う学問についていけないことは仕方がありません。たとえばそうですね、1+1は?」
「さん!」
「ボケるところではありません」
「海外では計算方式も違うから答えも違うのかなと」
いつの間にか仕立てられていた制服に着替えて外をぶらぶらしている。これは見学とは言えないのではないだろうか。しかしただ通うだけなら成績は気にしなくていいということか、ありがたい。
「そうそう、先日の件であなたは保護監察処分者になりました」
「保護監察処分って悪いことした人がなるっていうやつ?」
「そうです」
「なんでだよ、俺が何したって言うんだよ!」
「いやだから先日やらかしましたよね」
なんということだろう、不幸にも異世界に飛ばされた挙句クリーチャーの相手をさせられさらに悪人扱いだなんて。一体俺のどこが悪いっていうんだ!
「頭が悪いんです」
「それにしてもお金掛かってる学園だね」
「ええもちろん。この学園都市には国中から集められたエリートだけが入学できるんです。当然、全て最新・最上級のものから選りすぐられた環境が整えられます」
「ぷぷっ、学園都市に入学だって!間違ってやんのー!」
ごっ
「のぉぉぉぉぉぉ!もぉぉぉぉぉぉ!」
「学園都市に入学というのはそもそも家系、生まれ、育ち、知能指数、身体能力等全てにおいて試験を受け合格しなければならない受験制度があるからです。試験に合格出来なかったら学園都市の敷地に入ることすら許されません」
ゲンコツ食らった。俺はとんでもないところに連れられてきてしまったようだ。少林寺拳法以外に取り柄のない俺にとって生まれも育ちも家系も普通、知能指数はお察しください。そんな俺にエリートに囲まれてこれからの人生を過ごせと。
「皆普通に学園生活しているように見えるのに…」
グラウンドや体育館を回ってやっていた授業に混ざってキャッキャウフフってあれおかしいぞ?
「ここに来てから女の子にしか会ってない気がする」
「気のせいではありません、この学園都市に通う生徒の8割が女生徒ですから」
「凄いハーレムだね!」
「頭沸いてんのかこのウスラトンカチ」
「残る2割の男子生徒は学園都市の中でも落ちこぼれで最下層、利用できる施設や設備も最低ランクのまさに底辺」
「ねえ、今の誰?」
今その落ちこぼれのはずの男子を見た気がする。そして罵倒されたような気がする。
「この世界ではエリートこそ至高、それ以外は生きる価値なしという待遇なのです」
「最初に会った鎧のおっさん達は?将軍とか呼ばれてたけど」
「もちろん男性にもエリートはいます、がしかし」
「だがしかし」
「真面目に聞け」
「はい」
「男性のエリートは大変数が少なく、たとえエリートだったとしても女性社会のこの国ではああいう現場仕事しかできません」
二人のエルフメイドが交互に説明してくれる。なるほど、だから寮でも女の子しかいなかったのか。そして俺は特別に女子寮に住んでいると。間違って男子寮に入ってしまったら殺されるな。
「ところでこのテニスコート、屋内にあるってだけでも驚きだけどやけに天井高すぎない?」
「全天候型屋内テニスコートです、それとよく見てください」
この全天候型という屋内テニスコート、コートそのものがどうとかの前に異世界にテニスがあるんかーい。外も中もやたらとデカい上に天井はもはや東京ドームかと思うくらいだ。そんな高すぎる天井をよく見ると上に小さなブランコのようなものがあって座っている女生徒がいる。白と水色とピンクと黒。
「なんでまたあんなところに?」
「魔法や異能を使わないルールの場合、ルール違反がないか見張る必要があるのです」
「いいなー」
「なんでしたら座ってみますか? メンテナンス用のはしごからでしたらあなたでも上に登れま」
「ねえねえ何カップ?」
「きゃあっ?!」
「?!」
「あれ?!」
上まで跳び上がるとなるほどこれは確かによく見える。しかしこんなに高いところから見てルール違反が判別できるのであろうか、いや俺は出来る。下からパンティの色が見えるのだから。
「何やってるんですか!」
「ナンパだよ?」
「めっちゃ腹立つんで首傾げながら当たり前だろ?みたいな顔するのやめてもらえませんか?あとあなたのしていることはナンパではなくセクハラです」
魔法で飛べるのは本当に卑怯だな。これじゃどこにも逃げられそうにない。どうやってサボろうかな。
「それにしてもこれだけ魔法やら初耳の異能とかいうのがありながらなんで戦場ではあんな骨董品で戦ってたんだ」
デザインが違うのはまあいいとしてただの鎧に普通の馬であんな化け物と戦っているなんて自殺行為だ。魔法が出来るなら広範囲魔法で焼き払った方が早いだろう。
「何言ってるんですか?あれが最新のものですよ」
「ウッソだー、ま~たまた冗談が上手い」
「ただし、普通の戦争の場合ですが」
「どゆこと?」
「あの黒いクリーチャー達は10年ほど前に突然この世界に現れました。あのクリーチャー達は魔法が効かないのです。それまで戦争という戦争はなかった私達には打つ手が無く…」
マジか、あれが最新の?!今まで戦争がなかった?!どうやって発展してきたんだこの世界…、ああ、放浪者か。しかも今の今まで天敵のいない平和な世界で暮らしてたからいざ天敵が現れたら成すすべがないと。
「もちろん兵器も無いことは無いないのですが、開発された機動兵器は3分しか稼働できないのです」
「ウルトラマンかな?魔法にばっか頼ってきたばっかりに通常兵器はおざなりにされていたのか。魔法が効かないから範囲魔法で焼き払うこともできないということね」
「そして、現れたのがあなた…」
天敵の天敵。よく考えろ俺。この世界を救えばこの世界の全ての美少女を嫁に出来るッッッ!!!
「そうそう、通うのは男子校舎ですよ」
「えっ…?」
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