異世界学園戦記

自閉業

第1話 飛び入り参加

朝起きて、眠い目を擦って、焼いたパンを食べて、電車に乗って投稿する。毎日いつもの朝がくるんだと思っている時期が俺にもありました。


「どこだ、ここは…」


身長179cm、体重70kg。体重はともかくとして、この身長はベッドにからはみ出る。大きいベッドを選ばないと冬は足が出て風邪を引く。それにしても寒い。背中がわさわさした。


(家…、じゃないことは確かだよな)


17歳、高校生、少林寺拳法部所属。


(なんで俺はこんなところで寝てるんだ…)


起き上がって辺りを見渡す。困惑で頭がいっぱいになる。だだっ広い草原に上半身裸で下はジャージ。家のベッドで寝ていたはずなのに何故かなんにもない草原で俺は寝ていた。背中に当たっていた感触は草だった。


「き、貴様! ここで何をしている!」


「はい?」


鎧を纏い、馬に乗ったおっさんがやってきた。おっさんがというのは推測だ。声が男特有の声だからそうなのだろうと。おっさんは不審にキョロキョロしている。


「戦場で何をしていると聞いているのだ!」


「戦場ってどこがですか?」


「ここだ!」


「だから…どこですか?」


「こぉーこ!」


「静岡県のおみやげは?」


「それはこっこ! いい加減にしろ! 来い!」


「うわ」


無理やり脇に抱え上げられてそのまま少し馬に揺られた。草原だと思っていたところは崖の上の丘だった。後ろを向くと丘というより小さな山のようだった。


「見ろ!」


崖の下では二つの軍勢が争っていた。おっさんと同じ鎧の方は劣勢に見える。数も力も押されているように見える。後方から魔法使いとおぼしき人達が色んな支援をしているがあまり効果が無いようだ。


(深いローブに長い杖だから魔法使いなんだろう、きっと)


ぼけーっと見ていると馬の足下に矢が飛んできた。どうやら敵に気付かれたようだ。異形の敵はこちらにさらに矢を放った。


「将軍!」


「マーク!」


後退してどこかへ戻るのか走っていると途中からもう一人おっさんが増えた。馬で走りながら話す。俺はぷらんぷらんしたままだった。


「引きましょう将軍! このままでは持ちません!」


「なんとか持たせろ! 援軍の到着まで持たせればまだ押し返せる!」


「将軍!」


「私が前に出る! この少年を連れて戻り指揮を執れ!」


「その少年は?」


「ああ、この少年が……うっ?!」


二匹の馬が突然足を止めた。抱えられていたが急に止まった反動で腹を絞めつけられて苦しい。


「……! 後を尾けられたなマーク…」


「くっ…」


周囲を囲まれている。相手は完全なクリーチャーだった。一般的なモンスターや人外ではなく完全にこの世の法則から外れている異形の敵。


「多勢に無勢……」


おっさんは覚悟を決めた顔をしている。隣のおっさんはくっころ!の顔をしている。騎士は危機に陥ると皆こういう顔をするのか?


「あの…そろそろ放してもらわないとお腹苦しいんだけど……」


「すまない少年…連れてきておいてむざむざ死なせるとは……」


「人生諦めが肝心、確かにその通りです」


俺は俺を抱えている将軍と呼ばれたおっさんの手を掴んで逆さに捻った。ゴリっとした感触とぐにゃっとした感触が入り交じった妙な感じだった。


「ほわああああいっ!!!」


「し、将軍?!」


「だけどバラの20代が終わるまでは死ぬつもりはないかなあ」


落っこちてすくっと立ち上がりクリーチャー達と真っ向から向かい合った。クリーチャー達は俺の言ってることが分かるのか嘲り笑っていた。たかが小僧が何か言ってるぞと。


「ギャッ!」


正面にいたクリーチャーの首が落ちた。短い悲鳴のあとにドロドロになって崩れて死んだ。遺された首から下の体は断面から黒い液体を吹き出しながら倒れて、またドロドロになって無くなった。


「準備運動は大事、運動後のストレッチも大事」


囲んでいたクリーチャーを全て殺しておっさんの手を元の向きに治した。


「アォン!」


「おかまにケツ掘られたみたいな声出さないでよ」


「小僧! 将軍になんてことを!」


「! 待てマーク、私の手はなんともない。少年、君は何者だ? なぜこんなところで寝ていた?」


「オッスオラスーパーサイヤ人! ごめんうそ日本人。なんでここで寝てたかは知りません」


「ニホン?」


「ジン?」


二人は顔を見合わせて困っていた。まるで日本人を知らないみたいだ。まあ世界は広いし日本なんて小さい島国なんか知らない人もいるかもしれない。俺も俺の世界にあんなクリーチャーがいるだなんて知らなかったし未だに鎧を着て戦争してる国があったなんて知らなかった。


「と、ともかく追っ手が来ない内にここを離れよう。行くぞマーク」


「はい将軍」


「今度はちゃんと後ろから」


陣営に戻ると数々の部下が出迎えた。人望のある将軍のようだ。行き交う誰もが一度足を止めて敬礼している。一番奥に大きなテントがあり、中に入ると数人の部下と地図の広がったテーブルがあった。ひどい臭いだった。数日は洗っていないだろう不潔な体臭とコーヒーが混じった臭さで満たされていた。


「さて、私のいない間に戦況はどうなった?」


「あの…その前に、そこの半裸の少年は…」


「気にするな。私が見たのがその少年だ」


「この状況で面倒事を増やさないでいただきたい…と申し上げるところですがクリーチャー達の様子が変わりました」


「なに、どう変わった」


「浮き足だっております。つい先程までの猛烈な勢いは嘘のように弱まり、陣形も乱れてまるで統率のないてんでバラバラの状態です。誰かが奴らの指揮官を?」


「そんなところまで攻めいっていない、ましてや奴らの指揮官など……あっ」


「将軍今の『あっ』てなんですか『あっ』て」


「ううんなんもなか気にせんといて」


「ああ、俺ですか」


「少年、あのとき君は何をした? 何も見えなかったが…」


「太かったから手刀じゃなくて蹴りで落としますた」


「蹴りで落とした? クリーチャーの首を? 生身の体で? バカな!!!」


「静かにしろマーク。それにお前も私も目の前で見ていただろう、次々と首が無くなって死んでいくクリーチャー達を。何が起こったのか分からずにただ呆然と立ち尽くすだけだったじゃないか」


「そ、それは…」


なんだろう、俺のせいで余計な言い合いが起こっている気がする。そもそもなんでこの将軍というおっさんは髭を剃らないんだろう。ひょっとしてこの戦い長引いていたのか?


「やめてっ! 俺のために争わないでっ!」


「なんだこいつ…」


「将軍が出てその少年を拾い、その少年がクリーチャー達の首を跳ね、そのあとに優勢となった。つまり殺したクリーチャー達の中に指揮官がいたのですね」


「双眼鏡でたまたま見えただけだ、パッと光ったと思ったら少年がいた」


「…【放浪者】ですか、自然に受け止めるのなら」


「なにそれ美味しいの?」


「歴史の境目になると、君のような流れの者がたびたび現れるのだ、この世界は。そしてその流れの者達を我々は【放浪者】と呼んでいる。たいていが超越した何かを持っていて、偉業を成し遂げては歴史に名を残し世を変え人を変えていく。もちろん、結果論だから今君もそうだとは言い切れないが」


たいていが超越した何かを持っている、か。それより今何語で話しているのか気になる。このテントにいる数人の中に日本人は俺しかいないし、日本を知らないなら日本語喋れる訳もない。179もある身長なのに俺でさえ見上げている。おっさん達の肩ぐらいの身長しかない。2メートルくらいはあるのか、このおっさんども。


「んで、俺はどうしたらいいんです?」


「君が【放浪者】というなら話は早い。先の戦闘力を見込んで援軍が来るまでの間戦ってきて欲しい」


「将軍!」


「マーク、責任は私が取る。生きてかえってこれたらそれなりの待遇を約束しよう。見れば君はまだ若い、学生か?」


「うん」


「ならぴったりの学園がある、女王様に頼めばきっと聞き入れてくれるだろう」


「じゃあ行ってきます」


「おおい、待ちたまえ。私の馬を貸そう」


「大丈夫ですよ」


俺はテントの外に出ると風に紛れて姿を消した。


「……将軍? 知りませんよ私は」


「ま、どうにかなるだろ。それよりマークお前の失態だぞ尾行されていたのは」


「うっ」


後日、クリーチャーの軍勢を一人で制圧した武勲を讃えた女王様との式典を終え、一通りの身分を用意してもらった。学生寮に入りベッドで寝転がりながら考えた。


「…………、まいっか」

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