恐怖コーディネート課とは


「本当に、ありがとうございました」


「いえいえ。成功して何よりです」


 太陽が姿を現し始めて、暗かった世界が明るくなってきた。

 その中で、風音達は依頼人の京子に何度も頭を下げられていた。

 先程まで、標的である男性を怖がらせていたとは思えないほどの、明るい雰囲気の中で話は進められている。


「恐怖で震える姿を見られて、本当にスカッとしました」


「そう言って頂ければ、こちらも冥利に尽きます。それでは早い話ですけど、報酬の方を」


「ああ、そうでしたね。では約束通り、こちらを」


 鳥居跡の言葉に、思い出した京子はポケットから何かを取り出した。

 それは彼女が生前大事にしていた、ダイヤの指輪。


「本物ですので、売ればそれなりの額になると思います。本当にありがとうございました」


 鳥居跡に手渡した彼女は、静かに微笑んだ。

 その姿は、真っ赤な血に染まる白いワンピースだったのだが、朝日と共にどんどん綺麗なものに変わっていく。


「これで、心置き無く上へ行けます」


 そして、それと同時に姿が景色に溶け込むように消えた。


「……いってしまったんですね」


 京子がいなくなった後、全てを見守っていた風音は、ポツリと呟く。


「そうですね、一度会社に戻りましょう」


 ダイヤの指輪を大事にしまい、持ってきた荷物をまとめた鳥居度は、余韻を感じる様子なくさっさと歩き出す。

 風音はその後を、行きよりも軽くなった荷物を背負ってついていった。



 会社へと戻った風音達を、剱崎と氷上は出迎えた。


「どうだった? 初仕事は?」


 朝から元気な剱崎は、風音の背中を強めに叩きながら笑った。


「はい。最初は不安でしたけど、とても勉強になりました」


「それは良かったですね」


 少し痛みを感じながらも、彼女は真面目に返す。

 その勤勉な様子に、剱崎達は今回の新人は見込みがあると安堵した。


「僕はこれを上に渡してきます。月夜見さんは、報告書を書き終えたら帰っていいですからね」


「はい!」


 その様子を眺めていた鳥居跡は、三人には分からないぐらいに微かに笑うと、すぐにやる気のない顔に戻って部屋を出ていった。

 残された三人は、それぞれの仕事に取りかかる。


 静かな空間にキーボードを打つ音や、ペンの音が占める。

 そんな中、風音は報告書を書きながら、疑問に思っていたことを口に出した。


「あの、どうして恐怖コーディネート課なんて出来たんですか?」


 それに反応したのは、彼女の隣の席に座っていた剱崎だった。


「ああ。昨日はすぐに仕事に行っちゃったから、教えられなかったな。それは鳥居跡の為だよ」


「鳥居跡さんの為?」


 風音の頭の上に、ハテナマークが浮かぶ。

 理解していない彼女を見て、彼はさらに補足する。


「実はな、あいつは重度のビビりでな。お化けとか、そういうのが苦手なんだよ」


「えっ!? でも普通の対応していましたけど」


 風音の知っている鳥居跡の表情は、基本的にやる気のないものだ。

 京子という幽霊を前にしても、それが崩れることは無かった。

 それなのに、苦手とはなんなのか。

 余計に、彼女の疑問が深まってしまった。


「はっはっはっ! あいつは、顔に出ないタイプだからな。無理もない。しかも本気でビビった時は、そのままの顔で気絶するからな」


「ひえぇ」


 あまりの情報に、風音の頭はパンクしかけている。

 鳥居跡に抱いていたイメージが、全て変わってしまった。

 それがいい意味でなのか、今はまだ判断できない。


「だからこの課は、鳥居跡が自分の為に作ったんだ。自分が提案した脅かし方なら、怖くないかららしいぜ。まあ。本人は知られたくなさそうだから秘密な」


「は、はいぃ」


 とりあえず、次に会ったらどんな顔をしよう。

 それがこれから、風音の目下の悩みになりそうだ。

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