標的視点


 真夜中に、俺はふと目が覚めた。

 一度寝たら朝まで起きないタイプだから、これは珍しい。

 大きくあくびをして、ゆっくりと起き上がる。

 そうすれば寒さを体に感じ、思わず身震いをした。

 寒さのせいで、トイレに行きたくなってしまった。

 せっかく温まった場所から離れるのは嫌だけど、このまま寝られそうにもない。

 俺はため息を吐き、ベッドから出た。

 床の冷たさが足に伝わり、一気に体も冷える。靴下を履くのはわずらわしいと思っていたけど、後悔してしまいそうになる。

 自分のせいだとは分かっていても、舌打ちが勝手に出る。

 これは、さっさと済ませて早く寝よう。

 寒さを気合いで我慢しながら、早足でトイレへと向かった。

 いつもより素早く終わらせると、手を洗いに洗面所に入る。

 水の冷たさに顔をしかめて、何気なく鏡を見た。

 その瞬間、視界の端に何かが通り過ぎた気がした。


「気の、せいか」


 夜中だから、思考が嫌な方向に偏ってしまう。

 頭を振って変な考えを吹き飛ばすと、洗面所を離れた。




 ひた


 ひた



 ひた


 廊下を歩く音が、静かな空間にとても響く。

 こんなにも帰り道は、遠かっただろうか。

 そんな風に思ってしまうぐらい、何故だか分からないが追い詰められていた。


 しかも何ともタイミングのいいことに、キッチンの方で何かが落ちる音が聞こえてくる。

 確かめたくはなかったけど、見ないのもモヤモヤしてしまう。

 本当に仕方がなく、ベッドに戻る前にキッチンに続く部屋の扉を開けた。


 明かりをつけるために、手探りで壁を触ってみるが、こういう時に限って見つからない。

 もう一度舌打ちをして、一応ポケットの中に入れていたスマホを取り出す。

 案外、明るく辺りを照らすことができる。

 その事に安堵し、音の原因を探した。


「何だ。これが落ちただけか」


 それはすぐに見つかって、テーブルの上に置いてあったお菓子が落ちているだけだった。

 くだらない原因に、俺は苦笑してお菓子を拾うためにしゃがみ込んだ。



 目の前を、青白い足が通り過ぎた。


「うわあっ!?」


 俺は驚いて、後ろに尻餅をつく。

 先程は気の所為だと思っていたけど、今のは違う。

 確実に、誰かが横切った。

 俺はスマホの明かりを、周辺に向かって勢いよく向ける。

 しかし、誰の姿も見えない。

 それにますます恐怖を感じて、近隣の人の迷惑を考えずに、足音荒くベッドへと戻った。

 そして、布団を頭からかぶり震える。

 気の所為だ。そう思おうとしても、先ほど見た光景が消えない。

 気絶でもなんでもして、明日の朝にでもならないか。

 そんな事を考えていると、急に誰かの気配を感じた。

 当たり前だから一人暮らしなので、絶対にありえない。


 俺は恐怖で体が震えだした。

 どこだ。どこで、怯えている俺を見ているんだ。

 何とか気配を探っていると、嫌なことに気がついてしまった。


 俺の入っている布団の中。

 それが、いつもと違う。

 気づいてしまったら、もう駄目だった。

 絶対に止めた方が良いと分かっているのに、後ろをゆっくりと振り返る。




 そこには、







「……しょお…………ちゃあああああん」






 俺が昔、手ひどく振った女が血まみれの姿で笑っていた。

 あまりの恐怖に、視界が暗くなる。

 ああ、俺は死ぬのか。

 どこか冷静に考えながら、俺の意識は途切れた。

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