依頼人と


 鳥居跡が連れてきた先で、風音の考えは百八十度変わった。変わらざるを得なかった。

 そこで出迎えたのが、血まみれの女性だったのだ。無理もない。

 今までの人生で、そんな状態の人を見た事のなかった彼女は、何も考える暇もなく気絶した。

 次に目が覚めた時、心配そうに顔を覗き込む女性の顔に、もう一度意識が遠のきかけたがなんとか持ちこたえる。


「ここここんにちは」


「初めまして、こんにちは」


 そして挨拶をすると、見た目に反して穏やかに挨拶が返ってきた。


「私は京子です。あなたが鳥居跡さんの、部下さんですか?」


「は、はい。月夜見風音です。えっと、あなたは?」


 風音は寝かされていた長椅子から起きあがり、状況を確認する。

 会議室みたいな場所には、彼女の他に京子と名乗った女性と、少し離れた場所に鳥居跡がいた。

 彼に向かって助けを求める視線を送っているが、全く無視をされている。

 仕方がないから、京子に聞いた。


「ああ。私は見ての通り死んでいるの、だから幽霊よ」


 あまりにもあっさりと言われたせいで、疑問を持っている風音の方がおかしい雰囲気になる。


「この前、鳥居跡さんを脅かそうとしたら、駄目出しをされたから。恐怖コーディネート課に、依頼をしたの」


 京子は、鳥居跡の方を見た。


「そうですよね」


「はい、その通りです」


 視線を受けた彼は、軽く頷く。

 そして二人に近づいた。


「今回の仕事は、彼女の生前の交際相手である方に対して、恐怖をお届けします。僕達は、それを演出するんです」


 終始穏やかな表情をしているが、言っていることは全く穏やかではない。

 風音はとりあえず笑って、現実逃避をし始めた。

 きっと拒否権はない。

 それが分かっているからこそ、今この時間だけは現実を見たくないという思いからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る