顔合わせ


「大変だー!」


 とあるビルの廊下で、一人の女性がスーツ姿で走っていた。

 その手には地図が握られていて、そこに書かれている道順を確認しながら、目的の場所に向かっている。


「このままじゃ遅刻する!」


 彼女の名前は、月夜見風音つきよみかざね

 肩にかからないぐらいのショートカット、意志の強そうな目に、小ぶりな鼻に口。

 美人とまではいかないが、それなりの顔立ちをしていた。

 時期外れの異動で、今日から新しい部署に働くことになっていて、現在その部署がある場所を目指して走っている。

 初日から遅刻するのはまずいと、余裕を持って会社に来たはずが迷子になってしまい、すでに待ち合わせ時刻ギリギリだ。

 時計を確認してさらに焦った彼女は、地図を見て叫ぶ。


「どうして、こんなにも面倒くさい道順なの!」


 エレベーターで二階まで上がって、また五階まで下がったり。

 部屋の中に入って、別の場所から出る。

 窓から出て、また入る。

 どうして、こんな意味の無いことを繰り返すのか。

 風音はまるで迷路のようで、いい加減うんざりしていた。

 だからあと少しでたどり着くという所に来て、さらにスピードを上げる。

 これはもはや嫌がらせなんじゃないだろうか、彼女は涙目になり、ようやくゴールに来た。


「ぎ、ギリギリセーフ」


「いや、十五秒の遅刻です」


「うおっ!?」


 そのままの勢いで中に入ると、時計を見て安堵のため息を吐く。

 しかし、そんな彼女のすぐ隣で、のんびりとした声が聞こえた。

 まさか人がいるとは思わなかったせいで、女性らしくない叫び声を出しながら後ずさる。

 声の主は、部屋の中にあるソファに寝ていた。

 彼女の声に嫌そうな顔をしながら起き上がると、軽く頭を下げる。


「ここの課長の、鳥居跡玄人とりいどげんと。席は空いている、あそこに座って。みんなが集まったら、説明するから」


 鳥居跡は線が細い青年で、下手をすれば風音よりも体の細い部分がありそうだ。

 男性にしては少し長く、地毛なのだろうか色素の薄い髪。顔は眠たげで、やる気がなさそうだった。

 年齢も風音と同じぐらいなのに、課長。

 その肩書きに、自然と彼女の緊張が高まる。

 鳥居跡が指したのは、四つある席の中の一つだった。

 風音はそこに行く前に、彼に聞く。


「ありがとうございます。あの、すみません。ここは、恐怖コーディネート課なんですよね。どういったことをする部署なんですか? 私聞いていなくて。夏とかイベントで、肝試し大会を主催するとかいう感じですかね?」


 異動を命じられる前、営業の仕事をしていた彼女は、『恐怖コーディネート課』なんて全く知らなかった。

 他の人や上司に聞いても、顔を背けるばかりで教えてもらえず、今日この日まで何も知らずにいた。

 しかし気になっていたので、課長だという鳥居跡に聞いたのだが。


「聞いていなかったんですか? ここは文字通り、恐怖をコーディネートする仕事をしています。主な仕事相手は、幽霊や妖怪の類です」


「はああああ!?」


 にわかには信じ難い言葉に、自然と風音はまた大きな声で叫んだ。

 それを予想していた鳥居跡は、先に指で耳の穴をふさいでいて、事なきを得た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る