恐怖コーディネート課へようこそ

瀬川

それは静かに訪れる


 深夜二時を少し過ぎた頃。

 一人の男が、夜道を歩いていた。


 二十代後半だろう、線の細い草食系に見える彼は、酒に酔っているのかフラフラとおぼつかない足取りをしている。

 意識もはっきりとしていないようで、目の焦点も定まっていない。


 そんな男は、家へ帰るために近道でもある公園へと入っていった。

 昼間は子供達などで賑わっている場所でも、こんな時間に人はいない。

 そのせいで不気味な雰囲気があるが、彼には関係なかった。

 公園の遊具に目をくれることも無く、出口へと進んでいた彼は急に立ち止まる。

 吐き気を催したわけではない。

 進もうとしている方向に、誰かが立っているのに気がついたからだ。


 先程までは、無かったはずの人影。

 それは本来なら、恐怖を抱かせそうなものだったが、男には怯える様子がなかった。

 むしろ人影を認識すると、迷いなくそちらへと歩みを進めた。

 そうなると逆に、人影の方が挙動不審になる。

 男の行動が全くの予想外だったせいで、困ってしまっているみたいだ。

 しかしそんなことは関係の無い男は、すでに人影のすぐ目の前まで来ていた。

 緊張感がその場に漂い、人影も次の行動に迷っている。


 そんな時だった。

 今まで何も言わなかった男が、口を開いたのは。


「こんばんは」


 それは、この時間にはふさわしいのかもしれないが、今ここではふさわしくないものだった。

 だからこそパニックになった人影は、後先考えずに行動を起こした。


「わ、私を殺したのは、おおおお前かあっ!?」


 人影は一歩踏み出し、その姿は街灯の明かりに照らし出される。

 それは女性だった。

 冬の時期にも関わらず、白いワンピースを一枚しか羽織っていなかったが、寒そうではない。

 それよりもまず、全身を染めあげている真っ赤な血の方に注目が行く。

 明らかに致死量を超えている血、生気のない女性の顔、その雰囲気が彼女がこの世のものでは無いことを物語っている。

 普通の人だったら、悲鳴をあげるだろう状況。

 パニックになっていた女性も、自分の勝利を確信して、男から出てくるだろう悲鳴を待っていた。


 しかしいくら待っても、男は次の行動を起こさなかった。

 まさか、あまりの恐怖に気絶してしまったのだろうか。

 男の間抜け面を拝んでやろうと、女性が男に一歩近づいた。



 その瞬間、女性の頭にものすごい痛みが走った。

 何が起こったのか分からず、ただただ痛みにうめくしかない。

 どうして、頭が急に痛み出したのか。

 その理由は単純。

 男が女性の顔面を掴み、いわゆるアイアンクローというプロレス技をかけていたからだ。

 ギリギリという音がするぐらいの力に、女性の顔面がへこんでいるような錯覚を感じる。


 女性の顔面を掴みながら、いい笑顔を浮かべている男は、そのまま腕を上げて彼女の体を浮かせた。


「今のは駄目。0点。……だから僕が直々に、指導してあげます」


 その後、公園の中から悲鳴が上がったが、深夜という時間帯で大半の人が寝ていたため、騒ぎになることは無かった。

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