ないないおじさん

 僕の通う学校では、とある噂がみんなの中で流行っていた。


「ねえねえ、また出たらしいよ。ないないおじさん」


「嘘お! こわーい!」


 隣の女子がキンキン声で、楽しそうに話している。

 僕はそれを盗み聞きしながら、馬鹿にしていた。


 ないないおじさんって、何だろう。

 そう思ってはいるけど、友達のいない僕は聞けなかった。

 しかし人の話を盗み聞きして、色々と情報を得た。


 ないないおじさんとは、公園や帰り道に出てくる不審者みたいだ。

 二人組で帰っている人を見つけると、「ないないないない」と言いながら近づいてくる。

 その時に、ある条件を満たしてしまっていたら、片方はどこかに連れていかれてしまう。

 どうしたら条件を満たすか分からないし、今の所連れていかれた人を実際に見た人もいないらしい。


 だから、どう考えたってくだらない噂話なのに、みんなは真剣に怖がっている。

 二人だとないないおじさんが出るかもしれないから、最低でも三人グループを作ってまで帰る始末だ。


 高校生になってまで恥ずかしくないのかと思うけど、先生は大人数で帰る方が安心できるからと言って注意をしない。

 僕だって、一人で帰っているから安全だ。

 二人組になって帰ることも無いだろうから、これからも安心。

 ……胸の痛みは、きっと気のせいだ。



 どうして僕の周りには、友達がいないのだろう。

 昔はこんなんじゃなかったのに。

 人並みに友達はいて、それなりに楽しい日々を送っていたはず。

 それなのに、いつの間にか誰もいなくなっていた。

 きっかけなんて、無かった。


 だから僕は寂しさを感じながらも、それでも何もしなかった。

 こうしてひとりぼっちの中、毎日を過ごしている。

 親にも先生にも、相談なんて出来るはずがない。

 言ったところで何になる。

 ただ問題になって、下手をすれば更にいじめがエスカレートするだけだ。

 そんな風になった方が、僕の人生は最悪になる。


 そうだとしたら、このままの状態でいる方が楽。

 僕は諦めた気持ちで、これからの残りの学生生活を面白みも無く過ごそうと思っていた。





 それなのに、何故こんな事になっているのだろう。

 僕は隣りにいる、先ほど会ったばかりの人の顔を盗み見る。

 彼の名前は、一体何だっただろうか。

 さっき自己紹介をされたけど、全く持ってぼんやりとしか覚えていない。


 確か……小林? 小村? 小池? それとも……。

 小がついた名前だったと思うけど、それ以上は思い出せない。

 まあ、たぶん名前を呼ばなくても何とかなりそうだから、大丈夫だろう。

 もう小人でいいか。僕よりも小さいし。

 その小人に肩を抱かれて全く会話が無いまま、僕はどこかに向かって歩かされている。


 こうなったいきさつは、未だによく分からない。

 僕は昇降口で上履きをとって帰ろうとしたら、いきなり肩を抱かれて自己紹介された。

 そして、現在こうなっている。

 自己紹介をした後は、特に何も言わず笑いかけても来ない。

 絶対に友好的ではない様子に、嫌な予感をビンビンと感じる。


「あ、あの。どこに言っているのかな?」


 その証拠に、僕が何度話しかけても無視される。

 声は小さいほうかもしれないけど、それでもこの距離だから絶対に聞こえているはずだ。

 だから、あえて聞こえていないふりをされているのは確か。

 僕は心の中でため息を吐いて、早く目的地に着かないかと思ってしまう。


 別に用事が無いから良いけど、これで僕に用事があったならどうするつもりだったのか。

 僕はそろそろ眠くなってきて、見えないように気をつけながら小さくあくびをした。


「そろそろ着くから」


 タイミングよく言われたから、あくびを見られたのかと思った。

 僕は慌てて目の端から出た涙をぬぐうと、小人の方を見る。

 彼は僕をじっとりとした顔で睨んでいたが、視線が合うと作り笑いを浮かべて来た。


「楽しみだろう。これから、良い事が起きるんだ。俺は楽しみで楽しみで仕方がないよ」


「は、はあ……」


 その笑い方はとても邪悪で、余計に嫌な感じが高まるだけだった。

 しかし逃げようとした体は、強い力によって引き戻された。

 僕は逃げられないのを悟りながら、死んだ魚の目をしてしまう。


 そしてついた先は、小さい頃に来たことのある公園だった。

 安全性の問題から、たくさんの遊具が撤去されてしまって随分と寂しくなってしまっている。

 僕は懐かしさを感じる暇なく、強い力のまま無理やりベンチに座らされた。


 その隣りに小人がいるから、やっぱり逃げられなかった。

 はたから見れば、二人で仲良く座っている状態。

 僕は一体何をされるのかと、内心では恐怖におびえていた。


 それを知ってか知らずか、彼は楽しそうに話し始める。


「あははっ。君はさ、何で友達がいないのかな。知っている? 知らないよね。そうじゃなきゃ、のうのうと学校に来るわけがないし」


 彼は、何を言おうとしているのだろう。

 予想がつかなくて、僕は集中して話を聞く。


「ねえ、覚えている? 俺の兄さんの事。君と同い年の、とても格好いい人だった。自慢の兄さんで、みんなの人気者だった。そんな兄さんは、いない」



「……あんたのせいで」



 その理由を聞こうとした。

 しかし、それは出来なかった。



「……ない。……ない。……ないなあ……」


 公園の入り口から、誰かが入ってきたせいだ。

 詳しい事は分からないけど、何なのかは予測できた。


 ないないおじさんだ。

 その人は、別に変な所のない人だった。

 髪がボサボサでも、格好が浮浪者の様でもない。


 ごく普通の、どこにでもいる人に見えた。

 しかしその雰囲気が、良くないものだとすぐに分かる。

 あれは駄目だ、絶対に近づいてはいけないものだ。


 それでも、何故か懐かしいと思ってしまう自分もいた。


 だからといって鉢合わせする事もしたくはなくて、僕は無理やり逃げようとする。


「どこに行くんですか?」


 しかし肩を掴む力で、僕はベンチへと逆戻りする羽目になった。


「……なっ⁉」


 このままここにいれば、二人共危険になってしまう。

 それなのに、どうして。

 僕はどんどん近づいてくるおじさんを、じっと見つめながら震える。


 近づくにつれて、懐かしさはどんどん大きくなっていく。

 この人と、会った事がある。


 それは少し前。

 でも、そこまで昔の事ではない。

 僕は誰かと、このおじさんと会って……。



 それを思い出した時に、おじさんはすでに目の前にいた。


「……ない、……ない、……ないなあ」


 ずっとそれだけを、壊れているみたいに繰り返し言い続けて、僕に手を伸ばした。


 隣りで笑っている気配がする。

 きっと彼の思い通りなんだろう。

 ないないおじさんの話を、もっと聞いておけば良かった。


 そうすれば絶対に、二人になんてならなかったのに。





『ないないおじさん』

 ・二人でいると、出てくるおじさん。

 ・「ないない」言っているから、ないないおじさん。

 ・普通にしていたら大丈夫だが、とある条件を満たすとおじさんに連れていかれてしまう。

 ・その条件は、一体何なのか。

 ・それは、出会った人にしか分からない。

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創作怪談 瀬川 @segawa08

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