事故の後


 私は助手席で、カタカタと震えていた。


「どうしたの?そんなに震えて、寒いの?」


 その理由を分かっているはずなのに、とぼけるように尋ねられる。

 私はひょうひょうとした顔を、勢いよく睨んだ。


「そんなに睨まないでよ。折角の可愛い顔が台無しだよ」


 しかし全く怯んだ様子がなく、楽しそうに笑っている。

 何でこの人は、こんなにも明るく笑っているのだろうか。


 つい先程、事故があったばかりなのに。


 当事者であるはずなのに、微塵もそんな様子を見せない。

 私は未だに、その衝撃から抜け出せていないというのに。

 カタカタと震える手を別の手で押さえようとしたけど、そちらも震えているから意味が無かった。

 だから結局、自分の体を自分で抱きしめる。

 その様子をじっと眺めながら、彼は目を三日月の様に細めた。


「……もう少し、暖房の温度をあげようか」


 そして、私の震えとは関係のない事をあえてしてくる。

 初めて会った時から思っていたけど、やはり性格が悪い。

 私はお礼を言うわけもなく、無視した。


 彼は言った通り温度を上げたみたいで、窓が曇ってきて頬が少し熱くなってきてしまった。

 私は着ていた上着を脱ぐと、この話を早く終わらせようと頭を働かせる。


 ここで私がどうするかで、結末は変わってしまう。

 だから慎重に、でも時間はかけていられない。

 私は深呼吸を何度もして、隣りをまた睨んだ。


 車は動き出したから、彼はこちらを見ていなかった。

 その横顔はとても真剣で、こんな状況じゃなかったら見とれていたのかもしれない。

 いや、そんな事は無いか。

 私は自嘲気味に笑いながら、前を見た。


 流れていく景色は、法定速度で走っているからか、そこまで早いとは思わない。

 私はそれを、しばらくの間ぼーっと眺めてしまった。

 どうしてか、その沈黙は気まずいものでは無い。


 早く終わらせようと思っていたくせに、私はいつしか事故が起きる前の事を考えていた。



 私は、ごく一般のどこにでもいる普通の女の子だった。

 特に悪い事もしていないし、何か凄いことをやったわけでもない。

 それなら何故、巻き込まれたのか。


 ただ、その道を歩いていたから。

 たったこれだけで、今私は車に乗る羽目になってしまった。

 私は自分の不運を呪う。

 きっと今日の占いは、最下位のはずだ。

 そうじゃなかったら、この状況はありえない。


 あの時、事故があった瞬間。

 隣りで運転している彼は、目を見開いて驚いた顔をしていた。

 それは、そうだ。

 おそらく、人をひいたのは初めてのはずだから。

 私だって、それを見るのは初めてだった。


 事故の後、警察や救急車を呼ぶことなく、証拠を隠滅するために私を無理やり車に乗せた。

 抵抗しようにも、あまりにも恐ろしい表情にどうすることも出来なかった。

 そうして私が、見知らぬ他人の車に乗っているという状況の出来上がりだ。


 こうして一連の流れを思い返してみると、現実ではそうそうありえない状況だから、夢なのではないかとすがりたくなってしまう。

 しかし無慈悲にも、まぎれもなくここは現実だ。



 私は少し呼吸がしづらくなって、力を振り絞って窓を開けた。

 そうすれば、外の風邪が一気に中へと入ってくる。

 火照っていた体や顔が、おかげで一気に冷えてくれた。


「おやおや。寒くないのかな?」


 窓を開けたのはすぐにバレて、彼の視線が私にまた向けられる。

 それでも答えを返す気になれず、私は窓の外を眺めた。


 この数分でどんな心変わりをしたのだと、もしこの状況を見ている人がいたら言われそうなのだが、私はすでに逃げるという選択肢を諦めている。

 車に乗っていて、行き着く先が私にとって良くない場所だとしてもだ。


 だから外に出るチャンスを伺わず、背もたれに深くよりかかって座っている。

 そうしていれば、私の考えはすぐに分かってしまったみたいで。


「そうそう。いい子にしていれば、私も手荒な真似はしないから」


 穏やかな声で、穏やかではないことを言われた。

 しかし私はもう、恐怖なんて感じていなかった。

 もう流れに身を任せて、結末を迎えるしかない。



 ああ、眠い。そして寒い。

 カタカタと震えていた体は、いつしか止まっていた。

 もう駄目みたいだ。


 全身を襲いかかっていた痛みがなくなったのを、喜べるわけはない。


 どうして、私だったのだろう。


 あの時、あの場所を歩いていなければ……。

 どんなに後悔しても、もはや遅い。


 私はとうとう耐えきれなくなり、目を閉じる。

 意識が途切れる間際、男の声が耳に入った。



「大丈夫だよ。君のことは、私の屋敷の庭に埋めてあげる。そうすれば、ずっと一緒にいられるからね」


 その言葉の意味を理解できないまま、私は……。





『事故の後』

 ・事故の後、証拠隠滅の為に車に乗せられる。

 ・優しい態度で気にかけてくれているみたいだが、この状況はその人のせいだ。

 ・こうなったのは、偶然かと思っていた。

 ・しかし、最初から全て仕組まれていたこと。

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