行方不明の家族
僕の兄は、二年前に出かけたきり家に帰ってきていない。
連絡もないし、失踪届を出したけど、未だに見つからない。
いわゆる、行方不明というやつだ。
二年前なら兄のことを覚えていそうなものだけど、僕の記憶には何故かほとんどない。
周りの人が言うには、仲良し兄弟だったらしいのだが。
もしそうなら思い出がないというのは、おかしいのではないか。
あともう一つ、おかしいことがある。
両親に兄のことを聞いても、きちんと答えてくれないのだ。
兄が出かけて帰ってこず、僕は当たり前のように二人に理由を知らないのか聞いた。
しかしその答えは、
「あの子のことは忘れなさい」
それだけだった。
その顔はこわばっていて、僕もそれ以上何も聞けなかった。
二年が経ち、兄の私物が少しずつ家の中から無くなり、彼の存在が消えていく。
悲しいのか、どうも思わないのか、自分でも感情がよく分からない。
それでも僕は忘れたくはない、だからほとんど無いものを大事に大事にしていきたい。
今の僕の宝物は、兄がいつもつけていた指輪だ。
両親が兄の私物を容赦なく捨てようとしていた時に、これだけは隙を見て手元に残しておいた。
バレてしまうから指にはつけられないけど、チェーンでネックレスにしている。
これがあるだけで、たくさんの勇気が貰えた。
何かで緊張をしている時は、ネックレスを服越しに握るだけで、リラックス出来る。
僕にとって兄は、いつの間にか精神安定剤のような存在になっていた。
そんな日々を送っていると、嫌な奴というものは出てくるもので。
「なあなあ。お前の兄ちゃんって、行方不明なんだろ」
「そうだけど」
「本当は、お前の両親が殺したっていう話らしいな。実際の所は、どうなんだよ」
ニヤニヤとクラスメイトではない人が、わざわざ来てまでこんな事を言ってくる。
兄がいなくなってから、悲しいけれどこういう人がたまにいる。
根も葉もない噂を信じて、僕を怒らせようと話しかけてくる。
いつもだったら、無視をしてやりすごすのだけれど。
その日は違った。
「お前の家の庭に埋めているらしいし、兄ちゃんが邪魔になったんだろ? 保険金の為に殺されるなんて、可哀想だな。なあなあ、今度庭を掘らせてくれよ」
言われている事は、特に変わり映えしない。
しかし何だか、その態度が癇に障った。
「うるさい」
「……は?」
いつもは無視している僕が、口を開いたのが珍しいのか、クラス中の視線が集まる。
それさえも煩わしくて、僕は机を勢いよく叩いて立ち上がり、みんなにも聞こえるぐらいの声で言った。
「あんまり馬鹿なこと言っていると、こっちだってそれ相応の態度をとるけど。……何するか分からないよ。何て言ったって、僕は兄を殺した人らしいからね」
別に相手に対して、何かをしたわけじゃない。
しかし彼は、ガタガタと震えながら座り込んでしまった。
クラスメイトの顔も、ほとんどが青ざめている。
僕はそれに、鼻を鳴らして教室から出た。
この出来事がどう伝わったのか分からないけど、それから変な事を言ってくる人はいなくなった。
その方が僕も面倒くさくないから、とても助かった。
……たとえ周囲に、誰も人がいなくなったとしても。
兄がいなくなってから、もうすぐ三年が経とうとしていた頃。
僕はいつもの様に、一人で帰っていた。
一緒に帰ってくれる友達なんていないし、どこかによる用事も無いから、真っすぐ家へと向かう。
太陽が沈みかけているから、辺りはオレンジ色になっていて、地面に伸びた影も長い。
僕は下を向きながら、速足で進む。
兄がもしもいたら、一緒に帰る事も出来たのかな。
そう考えてしまうと、自然と気持ちが落ち込んでしまう。
仲のいい兄弟だったのなら、色々な所に遊びに行けたのかもしれない。
「昌兄……」
自分が本当にそう呼んでいたのか分からないけど、耐えきれなくて呟いてしまった。
その呟きは誰にも届く事無く、消えていくはずだった。
しかし、
「……冬弥?」
僕の後ろから声が聞こえて来た。
その声を聞いても、最初は特に何も思わなかった。
名前を呼ばれた気がするけど、きっと聞き間違いだと。
しかし何となく後ろを振り返った僕は、目を見開いた。
「昌兄⁉ 本当に、昌兄なの?」
そこに立っていたのは、記憶の中にわずかに残っていた兄だった。
少しひげも生えて大人っぽいけれど、間違えるはずがない。
僕は驚いた後に、嬉しくなって駆け寄った。
「どこに行ってたんだよ!」
それでも行方不明になった事に対する、怒りもあって胸を叩きながら叫ぶ。
その怒りを苦笑しながら受け止めて、兄は穏やかな声で言った。
「ごめんな。今までさみしかったよな。一人で生きていくのは、辛かっただろう。本当にごめん」
「……え? 一人? 何を言っているの、今もみんなと一緒にいるよ。昌兄の事を待っているんだから。早く家に帰ろう」
「……は? まだ、あの家にいるのか……?」
「そうだけど」
しかし、その表情は僕の言葉で凍り付いた。
一体、何でそんな顔をするのか。
僕は分からずに、首を傾げる。
「言っただろ! 逃げろって! だから冬弥も、誰かに助けを求めているもんだと思っていたのに……」
「ど、どういう事?」
肩を力強く掴まれて、何度も揺すぶられる。
それでも兄の言っている意味が、僕にはまだ理解できなかった。
逃げろ、とはどういう事だろう。
「何で逃げなきゃいけないの? い、意味が分からないよ」
僕の戸惑いを分かったのか、兄は少し冷静になって話し出す。
「あいつらは、僕達を殺すつもりなんだよ。今はまだ生かされているけど、時期が来たら殺される。だから冬弥も、早く逃げなきゃ! 今日の夕方七時に、迎えに行くから俺と一緒に来てくれ」
「え。え。え」
何が何だかは理解できたけど、納得したかといえばそうでは無かった。
それでも兄の必死な様子に、僕は気が付けば頷いていた。
「それじゃあ、いつも遊んでいた公園に集合な。待っているから」
それを見て満足した兄は、早口に言うとどこかに向かって走っていった。
僕は呆然と背中を見つめながら、それでも家に帰ろうと足をすすめた。
家に帰ると、両親がすでにいた。
僕は挨拶をしながら、中へと入った。
そのまま部屋で考えようかと、二人のいるリビングを素通りしようとしたんだけど。
「冬弥。話があるから、こっちに来なさい」
父に呼ばれて、渋々リビングに入った。
中に入ると、父と母が難しい顔をして椅子に座っていた。
僕は気まずい気持ちになりながらも、二人の前に座る。
「どうしたの? 話って?」
兄に会った興奮から抜け出せなくて、顔が戸惑ったものになってしまう。
それでも二人は僕の顔を見ていなかったみたいで、特に何かを言われる事は無かった。
「……昌弥の事だ」
「へっ?」
しかし急に兄の名前を出されてしまい、変な声を出してしまう。
こちらに視線を向けられたけど、それでも話は続けた。
「冬弥はパニックになっていて、記憶があやふやになっていたから言えなかったんだけどな。昌弥がいなくなった時に、事件があったんだ」
「……事件?」
「……昌弥が、冬弥を殴ったんだ。それも一発じゃない。何度も何度も、あの時は死ぬんじゃないかと思うぐらいだった」
「嘘」
僕はその話を信じられなくて、目を見開く。
「嘘じゃない。何度も殴られて入院した。そのせいで目を覚ました時に、昌弥の事をほとんど忘れていたんだ」
二人の顔は真剣で、嘘をついているようには見えない。
それでも、さっきの兄の話と明らかに矛盾している。
兄は、両親が僕を殺すと言った。
しかし両親は、兄が僕を殺しかけたのだと言う。
どっちが正しいのか、どっちが嘘をついているのか。
分からない。
でも、タイムリミットは迫っている。
僕はそれまでに、どちらかを選ばなきゃならない。
待っているのは救いか、それとも死か。
それを分かっているのは、僕では無かった。
あと数時間で、僕の記憶が取り戻せるとは思わないからだ。
僕はネックレスを服越しに触った。
しかし、全く安心する事は出来なかった。
『行方不明の家族』
・数年前にいなくなった家族。
・仲が良かったはずなのに、記憶が全くない。
・どうしていなくなったのか。
・それを知った時、待っているのは最悪の結果なのかもしれない。
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