入らずの森

 その森には、絶対に近づいてはいけない。

 大人達はそう言って、私達子供が森に入らないように見張っていた。

 しかし禁止と言われたら、行きたくなるのが人間というもの。


 大人達の目をかいくぐって、入ろうとする子はたくさんいたのだけれど、どれも失敗に終わっていた。

 それぐらい見張りのレベルは高かったし、入らせないように手段を選ばなかった。

 だから、いつしか何となく感じていた。

 あの森には、冗談ではなく何かがあると。


 それで森に行くのを諦める子は、たくさんいた。

 怒られるのは怖いし、そこまで行くほどの価値があると思えなかったからだ。



 しかし私は違った。

 いや、私と幼なじみの翔太郎の二人は、未だに諦めていない。


「……今日は、この前見たところの見張りがいなくなるらしい。これはチャンスだ」


「うん。私も色々と、準備するから。お菓子とか懐中電灯とか。たくさん!」


 大人達の隙をみて、森に入る計画を立てていた。

 そして今日、決行する。


 翔太郎は大人達の行動を監視し、私が森に行くための道具を準備した。

 何度も打ち合わせをしたから、バッチリなはずだ。

 誰も行ったことのない森に行くのは、とても怖い。

 それでも行ったら、明日から私達は学校中のヒーローである。

 みんなの憧れた顔を想像すれば、怖いのなんてどこかに吹っ飛んだ。


「それじゃあ三時に、公園だからな! 遅れるなよ!」


「うん分かった! 翔太郎こそ遅れないでね!」


 私達は最後の確認をすると、とりあえずカモフラージュとしてそれぞれの家に帰る。





 リュックに色々と詰め込んで、私はお母さんにバレないように、静かに外に出た。

 ここで怪しいと思われたら、今日の計画は台無しだ。

 しかし第一関門は突破したので、後は大人に見つからないで歩けばいい。


 この日のために、私だって大人達の行動を調べてきた。

 だから待ち合わせの、森近くにある公園には誰にも会わずに着いた。

 まだ翔太郎はいない。

 私は見つからないように、トンネルの遊具に身を隠す。


 そうして息を潜めて待っていれば、誰かが走ってくる音が聞こえてきて、私がいる穴を翔太郎の顔が覗いた。


「よっ!」


「……ちょっと遅刻じゃない?」


「時間通りだよ」


 確かに時間通りなのだけど、誰がいつ来るのか分からないんだから、もっと早く来て欲しかった。

 私がその気持ちを込めて睨めば、困った顔をしながら頭を撫でられる。

 明らかに、ごまかされている。

 それでも、単純な私の機嫌は直った。


「……行くか」


「うん」


 こんなくだらないことに、時間を使っている場合じゃない。

 そう思ったのもある。


 私達は少し緊張しながら、自然と手を繋いだ。

 そうすれば心強い。



 私達はそのまま、森の入口へと来た。

 驚くぐらいあっさりと、ここまで誰にも会わずにすんだ。

 計画ではもう少し、大変かと思っていたけど、その方がずっと良い。


「言った通り、見張りがいないだろ」


 いつもだったら、誰かが怖い顔して立っている場所。

 しかし今日は、誰もいなかった。

 私達は顔を見合わせて、覚悟を決める。


 そして、ついに森の中へと入った。



 中は思っていたほど暗くもなく、熊やイノシシが出てくる感じもない。

 どうして入っちゃ駄目なのか不思議なほど、危険な所なんて無かった。


「思ったよりも普通だね」


「そうだな。何で入っちゃ駄目だって言うんだろ」


 私達は歩きながら、つまらないと思うようになっていた。

 何で駄目なのか理由は分からないけど、たぶんそんなに危険なものでは無かったんだろう。

 それが分かったのは収穫ではある。

 でも、もっと冒険できるかと思っていたから、がっかりだ。


「そろそろ帰ろうか」


「ああ。……ちょっと待った」


 外も暗くなってきて、早く帰らないと親にバレて怒られるかもしれない時間になってきた。

 何も面白い事は無かったけど、入れたというだけで明日自慢できる。

 そう思って、帰ろうと言った。

 最初は頷いていた将太郎だったが、眉にしわをせてどこか遠くを見た。

 私もそっちを見れば、微かな明かりが見える。


「誰かがいるみたい?」


「そうみたいだ。少し行ってみよう」


 私達は帰る前に、その明かりの元に行く。


 近づくにつれて、何かたくさんの人の声も聞こえてきた。

 どうやら大人みたいだ。

 私達子供は森に近づけないくせに、大人達は何を楽しんでいるんだろう。



 木と木の間から明かりの場所を覗き込んだ途端、口から小さな声が漏れてしまった。


「あ、あれ。何しているの」


「しっ、静かにっ。俺にも分からないよ」


 慌てて二人で口を抑えたけど、心臓がバクバクとうるさく音を立てている。

 目の前に広がっているのは、異様としか言えない光景だった。


 大人達が輪になって、内側を向いて座っている。

 そして、むさぼりつくように何かを一心不乱に食べていた。

 それは私の目には、お肉にうつった。

 でもそれなら、何でこんな所で食べているんだろう。


 不思議に思って、情報を集める為に観察する。

 大人の中には、私の両親や将太郎の両親もいた。

 他の人達と同じように、お肉を怖い顔で食べている。


 何でだか分からないけど、見ている内にそれが怖いものだと感じた。

 だから将太郎に言って、ここから帰ろうとする。

 声を出せないから、服の裾を引っ張って目で会話した。

 そうすれば通じたのか、この場から離れようと足を動かす。


 その瞬間、パキッという軽い音がした。

 将太郎が落ちていた木の枝を、踏んでしまったのだ。


「誰だっ⁉」


 それが聞こえたせいで、大人達が一斉にこちらを見た。

 鬼気迫った表情は、逃げるには充分の怖さだった。


「行くぞっ!」


 将太郎の声が合図になって、私達は同時に走る。

 そうすれば怒鳴り声と共に、後ろから追いかけてくる音がした。


 私は走った。

 将太郎の事なんか構わずに、全速力で走った。

 森の中を何が何だか分からずに、それでも前に向かって。



 そして何とか街に出た時、私は涙が目から零れ落ちた。

 息をするのも辛くて、それでも家に向かって最後の力を振り絞って走る。

 ようやく帰った時は、安心から玄関で座り込んでしまった。


「しょ、将太郎、大丈夫かな……」


 泣きながら言ったけど、心の中を占めるのは自分が助かったという安心感だけ。

 たぶん捕まったら、殺されていた。

 そう思うぐらい、大人達は怖かった。


 私は息を落ち着かせようと、玄関の扉にもたれかかる。

 しかし、寄りかかろうとした背中は壁につかなかった。


「……え?」


 倒れると思ったけど、少し硬い何かのおかげで止まる。

 恐る恐る上を見た私は、顔をひきつらせた。


「おと……うさん。おかあ……さん」


 そこには、笑顔で私を見下ろしている両親がいた。

 でも目が笑っていない。


「美穂子。今帰ったのかな? 今までどこにいたんだい?」


「そうよ。暗くなるまで遊んでいちゃ、危ないって言ったでしょ」


 二人の顔が怖くて、私はガタガタとふるえ震える。


「どうしたの? そんな泣きそうになって。……何か悪い事でもしたの?」


「そうだね。……例えば、森に入ったとか」


 バレている。

 私のしたことが、何もかも。


「あ。あ。ごめ……なさっ。ごめんなさいっ」


 それが分かってしまって、私は何度も何度も謝った。


「あらあら。美穂子は悪い子なのね」


「そうか。何度も駄目だって言ったのになあ」


「そんな悪い子には、行かなきゃいけない場所があるのよ」


「みんなが待っているから、行こうか」


 しかしその声は聴いてもらえず、二人によって抱えあげられた。

 これから、どこに向かうかなんて私には分かっている。



 あの森の中。

 子供は行っちゃいけないという、あそこに。





『入らずの森』

 ・大人が、子供達に絶対に入ってはいけないと言う森。

 ・危険な場所があったり、熊やイノシシが出るわけではない。

 ・それなのに、親は見張りをつけてまで入らせようとしない。

 ・森の中には、大人達の秘密がある。

 ・それを知った悪い子は……。

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