反抗期のない子供
私の子育ては、大成功したといっても過言ではない。
それぐらい、うちは皆いい子に育っている。
「田内さんの所は、みんないい子で羨ましいわー。うちの子にも見習わせたいぐらいだ」
「いえいえ。そんな事無いですよ」
近所の人や、ママ友に会えば、いつも羨ましがられる。
私は良い気分に浸りながらも、一応は謙遜していた。
だけど、心の中で思っている事は違う。
当たり前だろう。
私の息子や娘は、お前らみたいな凡人とは比べ物にならないのだ。
羨ましいなら、もっと努力をしろ。
私は努力をして、この子達をここまで育てあげたんだから。
何の努力もしてこなかった人達と、差があるのは当たり前だ。
こんな風に内心で馬鹿にしながら、顔は微笑みを崩さない。
長年の経験で培った、面倒な人に対する処世術である。
笑っていれば、相手も特に掘り下げることなく、会話は終了する。
私は今日も面倒だったと疲れつつ、家へと帰る。
「ただいま」
「「「おかえり、お母さん」」」
ゴミを捨てに行っただけなのに、どうしてこんなに時間がかかってしまうのか。
そう考えていた私だったけど、出迎えてくれた子供達の顔を見て、すっかりそんな気持ちは吹っ飛んだ。
「ごめんなさいね。ご近所の川上さんが、長話をしてきたから。用意していた、ご飯はちゃんと食べた?」
「川上さんと話していたなら、仕方ないよ」
「そうそう。あの人の話は長いから」
「ご飯はみんなで食べたよ。いつも通り、とても美味しかった」
もしかしたら長引くかもと思っていたから、ご飯をあらかじめ用意しておいて良かった。
私は急いでエプロンをつけて、子供達のお弁当を作るために台所に行く。
そうすればシンクには食器が置きっぱなしではなく、きちんと洗われていた。
自分達の使ったものは、自分で片付ける。
昔からやってくれている、こういう小さな気遣いも、いい子だと思う理由の一つだ。
私は家事が楽だと喜びながら、冷蔵庫の扉を開けた。
お弁当のおかずは冷凍食品ではなく、作り置きしていたものを詰めている。
好き嫌いもアレルギーも無いから、献立を考えやすい。
今日は何を入れてあげようかな。
私はタッパーに書いてある名前を見て、何個かを取り出した。
男の子にはガッツリ、女の子には見栄えを考えて、バランスよく詰めていけばお弁当の出来上がりだ。
それぞれの巾着袋の中に入れて、私はテーブルの上に置いた。
「お弁当ここに置いておくからね。忘れずに持っていくのよ」
「はーい」
「いつもありがとう!」
「今日も楽しみだなあ」
それだけで、本当に嬉しそうにお礼を言ってくれる。
私にとっても、そう言ってくれればやる気が出てくるというものだ。
「それじゃあ、お母さんは仕事に行ってくるね。ちゃんと遅刻しないで行くのよ」
大丈夫だとはわかっているけど、一応注意しておいて仕事の準備をした。
着替えて、前日に用意しておいた荷物を持つと玄関まで走る。
「行ってきます」
「「「いってらっしゃい、気をつけてね」」」
声をかければ、わざわざ見送りまでしてくれた。
私は、それに手を振って答える。
本当に私の子供達は、みんないい子だ。
毎日それを実感して、いい気持ちで仕事に行ける。
仕事はパートだから、楽ではないけどそこまで大変な訳でもない。
余程のことがなければ、決められた時間で帰れる。
だから帰りに晩ご飯の食材を買って、調理をしていれば、いい頃合に子供達は帰ってくる。
「「「ただいま」」」
「おかえりなさい。お風呂できているから、順番に入ってね」
「「「はーい」」」
私は料理をしている手を止めて、小走りに出迎える。
部活をやっているせいか、みんなドロドロだ。
それぞれから荷物を受け取ると、お風呂に行くように促す。
荷物を部屋の中に置いて、私はまた料理を再開する。
「よしっ。今日も美味しくできた!」
味見をすれば、きょうの料理もいい出来だった。
私は力強く頷き、食器をテーブルに並べる。
ホカホカと湯気を立てていて、自分で言うのもなんだけど見た目も美味しそうだ。ちょうど、子供達もお風呂から上がったらしい。
「わっ。凄く美味しそう!」
「さすがお母さん」
「私、もうお腹ペコペコだよ」
テーブルの上を見て、嬉しそうに笑った。
私はエプロンを脱ぎ、席に着いた。
「さっ、食べましょ」
手を合わせれば、子供達も席に座って同じように手を合わせる。
思っていた通り、ご飯はとても美味しい。
私も子供達も、ギリギリ丁寧に見えるスピードで食べ進める。
そうすれば育ち盛りもいるせいで、すぐにお皿は空になってしまった。
「「「ごちそうさまでした」」」
「はい、おそまつさま」
ここまできれいに食べてくれたら、作ったものとしても嬉しい。
私がお皿を片付け始めると、子供達も一緒に手伝ってくれた。
「今日は学校で、どんな事をしたの?」
「えっとね、いつも通りだよ」
「そうそう。部活も、ほどほどに頑張ったし」
「私も。このままいけばレギュラーになれるし、勉強も上位に行けると思う」
「そう。それなら良かったわ」
洗い物をしながら学校で会った事を聞けば、いつも通りの返事が来る。
私はその返事に安心して、子供達に向けて笑う。
「あのね。この前、担任の前橋先生に会ったんだけど。あなた達の事を、物凄く褒めていたわよ。お母さん、とても嬉しかったわ」
街を歩けば、みんなが子供達の事を褒めてくれる。
それは私にとって鼻が高くて、一番嬉しい事だ。
「これからも、たくさんたくさん頑張ってね。あなた達が良い子でいてくれることが、お母さんの喜びだから」
「「「うん、分かったよ」」」
片づけが終わり、それと同時に私の一日も終わった。
明日の準備もして、後は寝るだけ。
「お母さん、先に寝るけど。あなた達はどうするの?」
「もう少し勉強してからにする」
「僕も」
「私も」
「そう。それなら、ちゃんと電気を消してから寝てね」
お風呂から上がった私が、リビングで固まっていた子供達に聞けば、そんな答えが返って来た。
私はその答えに満足して、寝室へと向かう。
ベッドに潜れば、静寂が辺りを包み込んだ。
私は良い気持ちで寝る事が出来そうだと、ゆっくりと目を閉じる。
子供達が勉強をしている、それだけでどんな睡眠薬よりも効果がありそうだ。
目を覚ますと、すでに外は明るくなっていた。
私は時計が鳴らなかった事に驚いて、慌てて起き上がった。
「大変っ!」
急いでリビングに行くと、誰もいない。
もしかして、あまりにも遅かったせいで何も持たずに学校に行ってしまったのか。
せっかくここまで育てて来たのに、こんな事でつまづいてしまうなんて。
「嘘よ。そんな事は許されないわ。絶対に駄目よ。完璧に育てて来たんだから。駄目、駄目なのよ」
私は頭をかきむしって、リビングを歩き回る。
上手くいかない事があると、全てが駄目になった気がする。
子供達も皆、駄目な子に変わっていくんじゃないか。
そう考えたら、絶望しかない。
「駄目なのに。駄目だから。ああ、もう!」
「お母さん、大丈夫?」
いつしか、爪まで噛んでしまっていた私。
このままじゃ、頭がおかしくなってしまう。
「……あれ? 学校は?」
「今日は休みだよ」
「だからお母さんの目覚まし止めちゃった。ごめんね、驚いた?」
「そうだったの。ああ、それなら良かったわ」
そんな時、すぐ近くで子供達の声が聞こえて来た。
どうやら優しさから、目覚ましを止めてくれていたらしい。
種を明かせば、簡単な話だった。
でも心底ほっとして、私は体から力が抜ける。
「笑っちゃうかもしれないけどね。あなた達が、私の手から離れていっちゃうような気がしたの。だから怖くなって」
「僕達がお母さんから、離れるわけないじゃないか」
「そうだよ。ずっと一緒だよ」
「お母さんの傍にいるわ」
何て、馬鹿な事を考えていたのか。
こんなにもいい子達が、私の元から離れるわけがない。
絶対に。絶対に。
「今日もすごかったわね。田内さん」
「本当に、一人でブツブツ言っていて。怖かったわ」
「旦那と子供達を事故で亡くしてから、どこかおかしくなっちゃったのよね。可哀想といえば、可哀想だけど」
「でもいちいち、話を合わせるのが面倒じゃない? 毎回同じ子供達の自慢に、凄いと褒めなきゃいけないなんて」
「そうでもしないと、暴れ出して手が付けられなくなるのよ。適当に話をしておけば、満足するから頑張りましょう」
「分かったわ。……はあ、早く現実を見るようになればいいのに」
『反抗期のない子供』
・反抗期が無く、手がかからなかった子供。
・近所の人や、周囲の人にも褒められる。
・だから子育てが楽だと、ほっとしているのだけど。
・本当に、そんな子は存在しているのだろうか。
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