美味しい屋台
学校で噂になっている屋台がある。
それは放課後に街のどこかに現れて、とてつもなく美味しい食べ物を売っているらしい。
でも何を売っているのかは、誰も知らない。
知らないはずなのに、食べた人は美味しいと言う。
そんなあやふやな話でも、みんなが一度でいいから食べてみたいと、放課後になると必死に屋台を探した。
俺もその中の一人で、どんなに美味しいものを売っているのかと、知りたくて探していた。
車の免許なんて持っていないから、探すには自転車が必需品だった。
放課後から外が暗くなるまで、街の中を必死で走り回っていたのだけど、今の所その屋台を見つける事が出来ずにいる。
「そんな屋台なんて、本当は無いんじゃないか」
ここまで探しても見つからないのだから、その可能性の方が高い。
だから、諦めモードになっていた俺だったんだけど。
「はああ⁉ おま、お前っ。食べたの? え? どこでだよ!」
「へへっ。俺の家の近くに、公園あるだろ。そこにあった。すっごい美味かったぜ」
「はあああああああああ⁉」
友達がまさか、その屋台を見つけて食べたと聞いたら黙っていられなくなった。
「え? それで、何を食べたの?」
「あー、それはなあ……言えないな」
少しでも良いから情報が欲しくて、まずは何を食べたのかを聞いたのだが、急に視線をそらされて話を濁される。
それを許すわけがなく、俺は友達の肩をしっかりと掴んだ。
「ふざけんなよ。自慢して来たのはそっちなんだから、色々と教えてもらうからな。俺達、親友だろ? ……な?」
この手は使いたくなかったけど、仕方がない。
俺は顔を最大限に近づけて、思い切り凄んだ。
そうすれば、顔を思い切り引きつらせた。
「そ、そう言われれてもな。言えないものは、言えないんだよ。……わ、分かった分かった。何を食べたかは言えないけど、次にどこに来るのかだけは教えるよ!」
「しょうがないな。で? 次はどこに来るの?」
俺の凄んだ顔は、自分で考えているよりも効果があったみたいだ。
何を食べたのかは結局教えてくれなかったけど、次にどこに来るのかだけは教えてくれた。
俺はそれを頭の中に刻み込んで、友達に礼を言った。
次の出現場所は分かったけど、いつ来るのかまでは教えてもらえなかったらしい。
だから俺は面倒な事に、その場所に毎日行かなきゃいけない羽目になった。
「今日も、来ないなあ」
次に来ると言っていた場所は、ラッキーな事に俺の家から近い。
そのおかげで、いつもよりも遅い時間まで来るのを待つ事は出来る。
でも外でずっと待っているのは寒いし、親にも最近何をしているのかと怒られた。
放課後の外出を禁止される前に、早く来て欲しいんだけど。
今日も外が暗くなってきたから、待つのは止めて帰らなきゃいけない。
俺はすっかり寒くなった手に、息を吹きかけて温める。
何とか動くぐらいまでに温め終えると、諦めて自転車に乗る。
また来なかった。
その事実だけで、俺をがっかりさせるのには充分だった。
大きく白い息を吐いて、ペダルをこぐ。
帰ったら、すでにいるだろう母親から怒られるだろう。
色々と言い訳をしなきゃいけないのは、面倒くさい。
俺は、また息を吐く。
このイライラを当たりたくても、教えてくれた友達は風邪でも引いたのか、あれから学校に来ていない。
心配する気持ちが無いわけじゃないけど、それよりも文句を言いたい気持ちが大きかった。
「風邪でもなんでも治して、早く学校に来いよな!」
俺は少し怒って呟きながら、家へと急いだ。
あれから三日が経った。
友達は学校に来ていないし、屋台が来る気配も無い。
俺のやる気も、親へのごまかしも、そろそろ限界だった。
ここに来られるのも、今日が最後だろう。
俺は定位置になったベンチに腰掛けながら、入口の方を睨んでいた。
こうして探すために動かないでいると、考えが様々な方向に飛んで行ってしまう。
もしかして、ここに来ると言ったのは嘘なんじゃないか。
これは今まで何度か考えていたけど、友達を信じていたくて違うと自分に言い聞かせていた。
それでもここまで来なかったら、嘘だったという事になる。
俺は未だに学校を休んでいる友達に、明日も学校に来なかったら家に行って文句を言ってやろうと思った。
「そろそろ帰ろうかな」
入り口を睨んでいるのも、疲れてきた。
だから俺は、まだ外は暗くなっていないけど帰る事にした。
たぶんしばらくは、親に外出を禁止されるだろうけど、ほとぼりが冷めたらまた町中を探し回ればいい。
とりあえず暗くなって風邪をひく前に、帰ろう。
俺はベンチから立ち上がり、脇にとめた自転車に乗ろうした。
「ん? ……あれは!」
しかしその前に、公園の真ん中にポツンと屋台がたっているのを見つけた。
入り口をずっと見ていたから、あんなに大きいのが入ってきたら気が付くはずなのに。
いつの間に、そこにいたんだろう。
俺は不思議に思ったけど、それでもすぐにどうでも良くなった。
絶対に、あれが噂になっている屋台だ。
確かめたわけじゃないのに、俺は確信していた。
だから、またいつの間にか消える前に、そこで売っている美味しいものを食べるのだと走って向かった。
「すみませんっ! まだ売っていますか?」
そして滑り込む様に、前に来て聞いた。
「まだ売っているよー。残りの一つだったから、運が良いねー」
緩い話し方の店員が、俺に向けて気の抜けた笑みで出迎える。
俺はその笑顔に肩の力を抜いて、財布を取り出した。
「あの、えっと。いくらですか?」
何を売っているにしても、とりあえずは食べなくては。
「ここで何を売っているのかは、知らないんだよね? 本当に食べるの?」
そう考えての事だったのだけれど、店員は笑みを浮かべたままそんな事を尋ねてきた。
「はい! とても美味しいと評判だから、本当に食べたいです!」
「そうなんだ。分かったー。今から作るから、少し待っててー」
ここまで来て、何も食べずに帰るなんて馬鹿な真似はしない。
だから俺は、力強く頷いた。
そうすれば店員は俺の顔をまじまじと見てから、意味ありげに笑うと注文を受け付けてくれたのか、ごそごそと準備を始める。
「おお! すごっ!」
そこから始まった鮮やかな手つきの調理に、俺は感動で目を輝かせた。
何を使っていて、何を作っているのか分からないけど、とにかくすごい。
段々と美味しそうな匂いも漂ってきて、自然とお腹が鳴ってしまった。
「はい、出来上がり」
そうしてすぐに出来たそれを手渡されると、俺は写真に撮るとかまじまじと観察するとかする余裕もなく、かぶりついた。
美味しい。
美味しすぎる。
頭の中に占めるのは、その言葉だけで夢中になって食べる。
そうすると、片手でも持てるぐらいだったそれは、すぐになくなってしまった。
「ああ。美味しかった」
結局、何の料理で何を使っているのかは分からなかったけど、とにかく満足だ。
俺は腹をさすって、店員にお礼を言う。
「ごちそうさまです。とても美味しかったです」
すでに片づけを始めていた店員は、とても嬉しそうな顔をする。
「それなら良かった。美味しいと言ってもらえるのは、嬉しいね」
「また食べたいです。……あ、そうだ。これって何て言う食べ物なんですか?」
「ああ、それ? えーっと確か、サイトウタケル君っていうのかな?」
その言葉の意味を、一瞬理解できなかった。
でもすぐに脳が、それを処理する。
「え? どういう意味ですか?」
信じたくない。
答えを聞きたくない。
「君なら、よーく知っているんじゃないの? サイトウタケル君は、君の友達だろう?」
あくまでも穏やかに笑う顔が、今は異質にしか見えなかった。
さいとうたける。
確かに、良く知っている名前だ。
先程まで考えていたし、何だったら心配もしていた。
だけど、どうしてここで名前が出てくる?
未だに完全に理解出来ていない俺をよそに、店員は店じまいを終えると、手を振って挨拶をした。
「次はえーっと、光の丘公園に店を出すから良かったら来てよ。……あ、そうだ。他の人に話したら、君も同じ目にあうからね? くれぐれも、絶対に秘密にしておいてよ」
来た時と同じように、いつの間にか消えていた。
公園に一人、取り残された俺は口元を触る。
きっと、冗談だったんだ。
明日学校に行けば、病気を治したたけるが出迎えてくれるはずだ。
俺が食べたのは、ただの美味しい肉だっただけ。
いくら言い聞かせても、想像は止まらなかった。
もしも、本当だったとしたら……。
人間の肉は、何て美味しいんだろう。
俺は耐えきれず笑ってしまった。
今度も絶対に、食べに行こう。
誰にも言うわけがない。
俺は、たけるとは違うのだ。
人に言うなんて、馬鹿な真似は絶対にしない。
これからも、俺だけの秘密にするのだ。
絶対に。
『美味しい屋台』
・どこに現れるか分からない、屋台。
・それは美味しいという噂だけど、何を売っているのかは誰も教えてくれない。
・食べた人だけが分かる。
・その人は、誰にも話さない。
・もしかしたら、話せないのかもしれない。
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