殺人鬼への憧れ
私の友達には、少し変な子がいる。
普段だったら別にいい子なんだけど、普通の人とは違う趣味があるのだ。
それは、
「はああ。今日も
とある一人の人物に対しての愛が、あまりにも酷いという事だ。
その人の誕生日や好きな物の情報から、住んでいた家や学生時代の成績まで、調べられる事は全て何かしらのツテを使って調べ。
その人が使っていたものや、グッズを高値で買って、家に飾っている。
それだけなら、まだ熱狂的なファンという言葉で済ませられる可能性もある。
しかし、その子が好きなのが殺人鬼という時点で、それは無理な話だった。
高校で同じクラスになって、席が隣同士だったから仲良くなっていったのだけど。
その趣味を知ったのは、しばらく経ってからだった。
たぶん隠していたわけじゃないけど、普通に学校生活を送っていて話題になることがなかったから、気が付かなかっただけだ。
だからこそ、知った時の衝撃はとてつもなかった。
私がそれまで彼女に抱いていたイメージは、優しくて大人しいだった。
しかしそんな彼女が、殺人鬼に憧れてストーカー並に情報や物を集めていると知って、しばらくの間は距離を置いた。
それでも人の趣味は、様々な種類がある。だから他人が口出しする事じゃないと考えて、また話すようになった。
……たまに後悔する時もあるけど。
「萌愛ちゃん。また劉仁香のグッズ買ったんでしょ。今度はどれだけしたの?」
「今回は、そんなにしてないよ。……一万ぐらい?」
「はー!? 一万!?」
彼女の最近のお気に入りは、劉仁香という女性ばかりを狙った殺人鬼らしい。
この前、写真を見せてもらったけど、確かに整っている顔立ちだったとは思う。
それでも殺人鬼という時点で、評価はマイナスに振りきれる。
私はその胡散臭い顔がどうにも好きになれなくて、萌愛の話も半分しか聞いていなかった。
それでも彼女の話を聞こうとする人間自体が、今までいなかったせいか何か情報やグッズを手に入れる度に、私に喜んで話を聞かせて来た。
それに付き合うせいで、私はクラスの人に遠巻きにされている。
まあ元々そこまで仲のいい子達はいなかったから、別に構わないけど。
「一万なら、安い方だって! だってこれ、劉仁香様が学生の頃に使っていた筆箱だよ? 一万円でも安いでしょ!」
「へー。そうなの? 筆箱、そんな普通のを使っているんだね。何か意外」
「そこが、またいいのよ! ギャップ萌えってやつ?」
今日も萌愛は、ネットオークションで落札したという商品を掲げながら、私に自慢してくる。
そのどれもが鉛筆だったり消しゴムだったりと、本当にそれを劉仁香とやらが使っていたのかと聞きたくなるものばかりだった。
でも彼女自身が、それで喜んでいるのなら構わないだろう。
私は心の中では呆れながらも、話には付き合ってあげた。
その事が無ければ、萌愛はとてつもなく普通の子なのだ。
クラスメイトでは友達がいない今、学校で話が出来る子と言ったら彼女しかいない。
だから私が我慢すればいい、それだけだった。
萌愛が好きな劉仁香。
私も気になって、少しだけ調べてみた。
そうしたら、その殺人鬼について驚く事が分かった。
その人は昔、私達が住んでいる街にいたらしい。
しかも五年前と、そんなに昔じゃない。
私はそんな事知らなかったし、親からも聞いていない。
でも調べてみたら、確かにその記録がある。
この街では、誰も殺していなかったから騒がれていないだけ。
そうかもしれないけど、確かにそこにいた。
それだけで私の頭の中には、様々な考えが飛び交った。
五年前といったら、私達はまだ小学生だ。
小さいのかもしれないけど、別に一人で考えられないわけではない。
……だから、もしかしたらだけど。
萌愛は、その劉仁香という人に会った事があるんじゃないか。
だからこそ、あんなにも狂信的に好きなのかもしれない。
それを知った私は、少しの時間だけど考えた。
萌愛との、これからの付き合い方。
警察か親に、言った方が良いんじゃないか。
それとも萌愛の両親に言う?
色々な案が頭の中に浮かんだけど、そのどれもがしっくりこなかった。
そして私が導き出した答えは、
「まあ、萌愛は萌愛だから! 大丈夫でしょ!」
という単純なものだった。
私の考えだって、あっているとは限らない。
そんな不確かな考えで、また彼女から距離をとったら今度こそ二度と一緒に話す事が出来なくなる。
私にとっては、そっちの方が怖かった。
だから調べてみた事は全て忘れて、萌愛とこれからも付き合っていこうと考えた。
そういう風に考えたのは良いけど、私は演技力があるわけじゃないから、次に会った時にものすごく変な態度をとってしまった。
「オオオオハヨー! キョウモイイテンキダネー!」
「……どうしたの? 頭でも打った?」
だから挨拶した途端、萌愛に頭の心配をされた。
それは不本意だけど、自分でも今の態度はおかしかった。
私は何とか誤魔化す為に、さらに言葉を続けた。
「ナナナナンノコトカナー? ワタシハイツモドオリダヨー!」
「……本当に大丈夫?」
失敗だ。
私は完全に間違えたと、どこか遠くを見る。
このまま、話を流してくれないか期待していた。
しかし彼女が、そんなのを許してくれるわけが無くて。
「何かあったの? 言ってみ」
「えっと、えっと」
じーっと私を見つめて、早く話せと促して来た。
とても困ってしまった私は、視線を合わせないように気をつけながら、それでも耐えきれなくて話そうと口を開いてしまう。
「はーい。おはよう! ホームルーム始めるよ!」
しかし何ともタイミングが良い事に、先生がちょうど教室に入ってきて話は中断された。
私は安心して席に戻るが、萌愛から離れようとした時に小さな声で言われる。
「昼休み、ちゃんと話してね」
「は、はひ」
まあ、諦めてくれるわけないよね。
私は気が遠くなるのを感じながら、それでもゆっくりと席に座った。
あまり集中できないまま、授業が終わってしまう。
私は彼女から逃げようとしたけど、それをあらかじめばれていたせいで捕まった。
「どこにいこうと、しているのかなー?」
「いや、えっとえっと。トイレ?」
「……一緒に屋上に食べに行こうかー」
トイレという言い訳は、すぐに嘘だとバレてしまう。
そしてそのまま、屋上へと連れていかれた。
私はお弁当を抱えて、大人しくしている。
高校では珍しく、屋上に行けるタイプだから人はすでにちらほらといた。
私達はその中から、人のいない隅の方に座った。
「それで? どうして朝から、変な感じなの?」
「あはははは。……えーっと」
もう逃げ場なんて無い。
観念した私は、渋々調べた事から導き出した話をした。
「……だから、もしかしたら萌愛は劉仁香の事が、好きなんじゃないかと思って」
私が話している間、彼女はいつになく真剣な顔をしていた。
だからこそ緊張して、上手く話せなかったのだけれど。
一応は理解してくれたみたいだ。
話をし終えると、その顔を崩さないで腕を組んでいるのが見えた。
笑い飛ばされるか、怒られるかと思っていたから、その反応は予想外だった。
私は次に何を言われるのかと、少し怖くなりながら待つ。
「ふーん、そういう事ね。私が、会った事があるから、好きになったと思っているわけだ。なるほどなるほど」
萌愛は真剣な顔から、楽しそうなものへと表情を変えた。
怒っていない方がいいから良かったけど、そんな顔をする理由が分からない。
だから私は、さらに緊張する。
「あ、あの萌愛」
「言っている通りだよ」
「へっ?」
「私は小学生の時に、劉仁香に会った事があるの。そこでものすごく親切にしてもらって、大好きになったんだ。しかもね、その時に約束したんだ。迎えに来てくれるって。ふふふ」
萌愛はそれはもう、恍惚とした表情をしていた。
会った事があるのかもとは思ったけど、まさかそこまで深く関わっていたなんて。
私は驚きで、声が出せない。
「まだ捕まっていないから、会える確率は高いでしょ! それに約束を覚えてくれていて、迎えに来てくれるのを待ってるんだ!」
声が出せないけれども、私は体を動かして萌愛に見えないようにスマホを取り出して操作をした。
そして、こっそりとメールを送る。
「良いんだよ。別に、私と距離を置いても構わないから。だって引くでしょ。こんな風に、殺人鬼に恋心を抱いているなんてさ」
送信できたのを確認して、私はスマホをしまった。
そして彼女の方に近づき、手を強く握る。
「引かない! だって私達、友達でしょ! その気持ちは本物だって信じてる!」
「……ありがとう」
萌愛は少し泣きそうな顔をした。
きっと彼女自身も、私の反応が怖かったんだろう。
だからこそ、簡単に信じてくれた。
私は、ポケットの中でスマホが震えるのを感じる。
きっと、お母さんから返信が来たんだろう。
中身は見なくても分かる。
「あのね。萌愛に言った事、無かったんだけど私の家に劉仁香の私物があるんだ。うちじゃいらないから、あげるよ。だから今日、家に来てくれないかな?」
「本当に!? 早く言ってくれれば良かったのに! 絶対に行く!」
「ありがとう……うちの家族みんなが、歓迎するよ」
萌愛に言った言葉には、嘘はない。
家に来れば、劉仁香の私物はたくさんある。
……何なら、本人だっている。
これから起こる感動の再会も予想出来ずに、萌愛は楽しそうに笑った。
私もそれを見ながら笑う。
家族の不始末は、家族で何とかする。
知っている人がいなくなるまで、それは続く。
『殺人鬼への憧れ』
・シリアルキラーに憧れる人は、たくさんいる。
・情報や私物を集める人も、中に入るかもしれない。
・でも気をつけた方がいい。
・どこに関係者がいるのか、分からないのだから。
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