売れ残りの

 仕事の帰り道、いつも私はそれが気になっていた。

 見る度に、買おうかどうか迷って、結局今まで買っていない。



 でもついに今日、私はそれを手に入れてしまったのだ。


「おお。可愛い」


 ビニールから取り出すと、色んな角度から見て惚れ惚れとする。

 誰かに買われる前に、手に入れられて本当に良かった。

 今まで我慢出来ていたことの方が、不思議なぐらいだ。


「えーっと。名前つけてあげた方がいいかなー。……よし! 今日からお前は、猫太郎だ!」


 猫の耳みたいに見える部分を、指でつつきながら私は笑う。

 猫太郎という安易な名前だけど、喜んでいるように見える。


「よしよし。猫太郎ー! あれ? えーっと、説明書はどこだっけ。何をあげればいいんだろう」


 私は名前をつけて満足すると、次はお世話をするために説明書を探した。

 置く場所なんて限られているから、すぐに見つかったからよかったけど、時間が空いたら部屋の片付けをしなきゃと思った。


「えーっと、水と肥料が大事なんだね。ふむふむ」


 でも今はとにかく、猫太郎の方が大事。

 私は説明書とにらめっこをしながら、お店で買っておいた水と肥料を取り出した。

 そして猫太郎に、慎重にあげていく。

 声が聞こえるわけじゃないけど、嬉しそうな雰囲気は伝わってきた。


 今までこういったものを育ててこなかったから、新鮮で楽しい。

 私は調子に乗ってあげ過ぎないように、気をつける。

 親は私が、育てるのに向いていないから買うのを許してくれなかった。


 だから立派に育てあげて、自慢するのだ。

 私だって、やろうと思えば出来るんだって。

 そうしたら、すっごく驚きそうな気がする。


「はーい、どうぞ。元気に育ってね。大きく、大きくなるんだよ」


 私はほどほどにお世話を終えると、写真を撮った。

 こうして毎日撮っておけば、どのぐらい成長していったか分かる。

 私にしては、素晴らしいアイデアだと思う。


 これからの猫太郎の成長ぶりを願って、私は一緒に買ってきたビールとつまみを開けた。





 何だかんだ、きちんとお世話をしているおかげで、猫太郎は順調に成長していった。

 私は家に帰る度に、猫太郎の元に真っ先に走っていって愛でていた。

 猫太郎も家の環境に慣れたのか、どんどん機嫌が良くなっているように見える。

 こうして順調に、私と猫太郎の日々は過ぎていった。


 そのおかげで、私の生活は満ち溢れている気がする。

 心なしか肌艶も良くなっているし、会社でも恋人が出来たんじゃないかと言われているぐらいだ。

 まさか猫太郎のおかげで、こんな事になるとは思わず嬉しい誤算である。

 私はご褒美として、猫太郎にとっておきの肥料をあげた。


「ありがとうね。猫太郎は私の癒しだよ。これからも、よろしくね」


 そしてゆっくりと撫でる。

 猫太郎の良い所は、ペットみたいにものすごく目が離せないわけではなく、かといって無感情なわけでもない。

 だから本当に、私に合っていると思う。

 私よりも長くは生きられないのは、とても残念だけど。

 それでも別れなきゃいけない時までは、精一杯面倒を見てあげたい。


 こんな気持ちにまでなるなんて、猫太郎のおかげだ。

 そろそろお母さんか、お父さんに紹介してみてもいいかも。

 二人の驚く顔を想像してみたら、何だかおかしくなってくる。

 ちょうど二か月後に、一人暮らしの私を心配して家に来る予定だ。

 それまでに、もっともっと猫太郎を大きくさせなきゃ。

 買った時よりも随分と成長しているけど、まだまだ足りないだろう。

 テレビや雑誌で見る、猫太郎と同じ種類のものは、もっと大きいものが多い。

 だから私の目標は、一番大きく育てる事なのだ。


 二か月後まで、頑張ろう。

 私は決意を固めた。





 二か月。

 私は今までに無い位、頑張ったと思う。

 仕事が忙しい時期だったけど、その合間を見て世話をしまくった。

 きちんと水も肥料も忘れずに、その他にも色々とした。

 そのおかげで猫太郎はすくすくと育って、今までに見た事の無い位大きくなった。

 私はその姿に満足して、お母さんとお父さんが来るのを楽しみにしていた。


 先程、あと少しで来るという連絡があった。

 二人が来たら、少しぐらいはおもてなししないと文句を言われる。

 だから昨日、会社から帰ってきてから飲み物を用意したんだけど。

 今更ながら、これで良いのかと不安になってくる。


「どうしようかな……でも、これから買いに行くのものなあ。えー、どうしよう」


 私は部屋の中をうろうろしながら、考えて唸る。

 今から買いに行く時間も、あるにはある。

 昨日買ったものは、私が後で飲めばいい。

 それなら、もったいなくないはずだ。


「よし、行くか!」


 私は買いに行く事に決めた。

 だから簡単に財布とかの用意をすると、猫太郎に挨拶をして家から出ていく。


 お店までは、ゆっくり行けば五分。急げば一分ぐらいでつく。

 私はもちろん急いで来たから、少し疲れながら店へと入った。


「いらっしゃいませー」


 扉をくぐれば、店員のやる気のない挨拶が聞こえてくる。

 私はそれを耳に入れながら、真っ先に目当てのコーナーまで向かった。


「えーっと、どうしようかな。……あ、あったあった!」


 上から下まで探せば、両親の好きな飲み物がタイミングよく売っていた。

 私は買いに来て良かったと、ほっとしながら二つ手に取った。

 そしてレジに並べば、声と同じようにやる気の無さそうな顔で、お会計をしてくれた。

 私はふと、レジ脇にある商品が目に入った。


 そこには、猫太郎が好きそうなものが置いてある。

 私は少し考えて、それを手に取った。


「あの。すみません。これも下さい」


 謝りながらレジに出せば、面倒くさそうな顔をされた。

 それでも私は客なのだから、別に悪い事はしていない。

 逆に睨めば、慌ててお会計を再開した。

 私は店員を睨んだまま、お金を出して商品を受け取ると店から出る。


 多分、新人なのかもしれないけど、あの態度の悪さはいただけない。

 クレームを入れてもいレベルだ。

 私は後で、何かしらしようと決めた。

 しかし、それよりも今は家に帰る方が先である。

 猫太郎の為にも物を買ったせいで、思わぬ出費が増えてしまった。

 自分でお店に来ると決めたけど、両親が気に入るものは少し高い。

 まさか気に入ってくれるとは思うけど、これで文句を言われたらへこみそうだ。


 それよりも早く家に帰って待っていないと、そっちで怒られてしまう。

 私は慌てて来た時よりも、更にスピードを上げた。





「ただいま! ……よし、誰もまだいないよね。良かったあ」


 家に滑り込むように入ると、中は静まり返っていて安心する。

 まだ誰も来ていないようだから、ゆっくり買ってきたものを準備できそうだ。

 そう思ってほっとした私だったけど、猫太郎のいる部屋に入った途端、驚いてしまった。


「ね、猫太郎⁉」


 猫太郎を入れていた置物が、床に落ちたのか粉々になっていて、猫太郎自身も倒れていた。


「どどどどうしたのっ!? 大丈夫?」


 私は持っていた荷物を落としながら、慌てて駆け寄る。

 もしかして、泥棒? まだ、家にいる可能性もある?

 そんな考えが浮かんでいたけど、それよりも心配な気持ちが大きかった。

 猫太郎を手にのせると、ぐったりと元気が無い。

 床に落ちた衝撃で、弱ってしまったのか。


「猫太郎! 猫太郎!」


「……そんなに大きな声を出して、どうしたの?」


「お母さん!」


 私が必死に呼びかけていれば、いつの間にか来ていたのかお母さんの声がした。

 私は助けが来たと、お母さんに助けを求めた。


「助けてえ! 猫太郎が! 猫太郎が!」


「え……猫太郎? その手にいるものの事?」


「そう! 今、帰ってきたら落ちていて! ぐったりしているの! どうしよう、死んじゃうのかな?」


 ただならぬ様子に、お母さんも私の手元を覗き込んでくる。

 そして猫太郎を、まじまじと見つめて言った。


「……あなた。これ、どういう風に育てていたの?」


「え? 説明書に書かれている通りに、水と肥料をあげてただけだよ」


 急に何を聞いてくるのか分からなくて、私は頭の上にはてなマークを浮かべながらも真面目に答えた。

 そうすると、お母さんの顔が途端に怒ったものへと変わった。


「説明書、またちゃんと読んでなかったんでしょ! お父さんが来る前に、それ片付けちゃいなさい! もう無理だから! それは、もう手遅れよ!」


「え。え。何で?」


 私は戸惑いながらも、言われたとおりにゴミ箱に猫太郎を捨てた。

 そして理由を聞くために、テーブルへと座って買ってきた飲み物をお母さんに出す。


「て、手遅れってどういう事?」


「……説明書にもきちんと書かれていたはずだけど、大事なのは水と肥料と、適度な運動なの。あなたは、それを怠ったから、あそこまでぶくぶくになっちゃって。倒れていたのはね、不健康から招いた病気よ。治すのにはお金がかかるから、新しいの買った方が良いわ。でも、あなたに育てられるとは思わないけどね」


 説教が始まり、私はどんどん落ち込んでいく。

 良かれと思ってやっていた事が、こんな風な結果を招いてしまうなんて。

 やっぱり私が育てるなんて、無理があったんだ。


 私が思っているよりも落ち込んでしまったのが分かると、怒っていたお母さんは優しい顔になって、頭を撫でてくれる。


「まあ、あそこまで大きくするのも大変だったね。それに、あれは売れ残りでしょ? ニンゲンは、昔育てるのが人気になったけど、管理が面倒くさいからって廃れたからね。ほら、そんな悲しい顔していないで。お父さんが来たら、何か違うものを買いに行きましょう」


「……うん」


 きちんと育てようと思っていた猫太郎には悪いけど、お母さんがそう言うのなら仕方が無いんだろう。

 私はゴミ箱に捨てた猫太郎に向かって、一度謝ると次に何を育てようかと気持ちを切り替えた。





『売れ残りの』

 ・お店の売れ残りの商品。

 ・人間が、別の何かに飼われる時代が来ないとは限らない。

 ・そして知識不足で殺され、都合よく捨てられる。

 ・それを酷いという権利が、人間にはあるのだろうか。

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