完璧な彼女
僕の彼女は可愛らしい。
それだけじゃなく気が利くし、性格も穏やかだし、悪い所なんて一つも見つからないぐらいだ。
知り合いに彼女を紹介したら、みんなが羨むぐらいは完璧だ。
完璧である彼女と、僕がどうして付き合うことになったのか。
それはまるで少女漫画みたいに、偶然が重なった結果だった。
ある日、道を歩いていた僕。
そこはあまり来た事のない地域だったせいで、迷ってしまい気が付けば見知らぬ公園の広場に立っていた。
スマホの地図アプリを出して、現在位置を確認した僕はまずは駅に帰ろうとする。
そんな僕の前に、彼女は現れた。
姿に気づいた時は、まさかそんなにきれいな人がこの世にいるなんて思わなくて、二度見してしまった。
それぐらい美人が、僕の方に歩いてくるのだ。
移動しようとしていた気持ちもどこかに消えて、その場に立ち尽くす。
ああ、あんな人と知り合いになれたのなら、人生も楽しくなるのになあ。
そう思ったとしても、絶対にありえない話だ。
僕はため息を吐いて、下を向く。
公園に入ってきた彼女は、腕に紙袋を抱えて少し危なっかしい足取りをしていた。
あれじゃあ、荷物を落としてしまいそうだ。
ハラハラしながらも、近づいたら不審者だと言われそうだから我慢する。
でも、僕の感じていた不安は当たってしまった。
「あっ!」
小さな悲鳴と共に、彼女は持っていた紙袋を落とす。
地面へと落ちた紙袋からは、大量のオレンジが転がりだし散らばってしまう。
僕は一部始終を見て、物凄く迷った。
これは、拾うのを手伝った方が良いのだろうか。
嫌がられないだろうか。
色々とごちゃごちゃ考えたけど、結局拾いに行った。
そこには、少しの下心もあった。
「あの。手伝いますよっ!」
「えっ、あ。ありがとうございます」
僕が話しかけると、少し驚いた顔をしながらもはにかんでくれる。
その笑顔も可愛くて、一瞬固まってしまう。
それでも格好悪い所はみせられないと、慌ててしゃがんだ。
オレンジは広範囲に散らばっていて、拾うのに意外にも苦労した。
しかし拾い終えた後は、これで彼女ともお別れだと残念に思った。
オレンジが、永遠に落ちていれば良かったのに。
そう考えた所で、どうしようもない。
「これで最後だと思います。それじゃあ」
僕は最後の一つを彼女に手渡すと、その場から立ち去ろうとした。
「あのっ。少し待ってくださいっ!」
しかし彼女に話しかけられて、急ブレーキをかける。
「えっと、何でしょうか?」
格好良く去ろうとしたのに、少し変な体勢になってしまった。
僕は顔を引きつらせながら振り返り、彼女の顔を見る。
そこには僕より身長が低いせいで、上目遣いになっている姿があって。
その可愛さにドキッとしながら、平常心で返す。
彼女はもじもじとして、顔を赤らめた。
それを見ると、ありえない期待が胸をよぎる。
もしかしたら彼女は。
「えっと、私。ここら辺に来るのが初めてで、迷っているんです。だから恥ずかしいんですけど、駅までの道って分かりますか?」
期待をしていた言葉じゃなかったけど、それでも一緒にいる時間が増えたのは嬉しい。
僕は少し照れてスマホを取り出し、彼女に見せた。
「恥ずかしながら、実は僕も迷っていたんですよ。一緒に駅まで行きましょうか」
「はい! 一緒に行きましょう!」
迷っている事を素直に伝えれば、彼女は笑いながらも一緒に行ってくれるみたいだ。
そっと僕の服の裾を握って、嬉しそうにはにかむ。
僕は彼女の存在に緊張しながらも、スマホのナビに従って歩いた。
駅には驚くほどにすんなりとたどり着いて、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
そこで別れ際に、彼女から連絡先を聞かれて交換した。
そして何度か一緒に会ううちに、僕の方から告白をした。
彼女も快諾してくれて、僕達は晴れてお付き合いをすることになった。
出会いはこんな感じで偶然が重なった結果だったけど、交際は驚くほど穏やかに続いた。
住んでいる場所が遠くて、中々会えないのは寂しい。
それでも今は電話や、色々なツールがある。
毎晩、話をしていれば傍にいるような気持ちにもなる。
そうやって気持ちを深めていき、いつしか僕の頭の中には結婚の文字がちらつき始めるぐらいになった。
彼女も同じ気持ちなんじゃないか。
そんな自信が出てくるぐらい、ラブラブしていると思う。
今日も久しぶりに彼女と会う日だったから、僕は気合を入れて服装も髪型も決めて来た。
待ち合わせ場所にも、一時間ほど早く着いてしまった。
それでも、待つのは苦痛じゃないから構わない。
スマホを見て、彼女からの連絡が無いのを確認すると、僕は待ち合わせ場所にあるオブジェに寄りかかった。
彼女は僕の姿を見つけたら、遠くからでも走ってきてくれる。
それを見るのが楽しみで、早く来ているというのもあった。
でも今日は、それ以上に楽しみな事がある。
「どんなところに住んでいるんだろうなあ。すっごく楽しみだ」
まさかの、初めて彼女の家にお呼ばれしたのだ。
今まで、どんなに行きたいと言っても頑なに断られていたのに、この前無理を承知で頼んでみたらオッケーしてくれた。
俺は嬉しくて今日を、本当に心待ちにしていた。
お泊り用具もバッチリだし、もしもの時用に色々と持ってきた。
お菓子やジュースもあるから、カバンのひもが肩に食い込んで痛いぐらいだ。
それでも、これからの時間を思えばへっちゃらだった。
動画を見たりしていれば、待ち合わせの時間までもう少しだ。
僕は彼女の姿をいち早く見つける為に、辺りを見渡す。
「あ、いた」
視力の良い僕の目は、彼女を数百メートル向こうにいる状態でも、すぐに発見してしまった。
まだ、こっちには気づいていないみたいだから、じっくりと観察する。
今日の彼女は全身真っ黒のコーディネートで、一度も染めた事が無いらしいストレートの黒髪と相まって、妖艶な雰囲気がある。
本当に、あの子は僕の彼女で良いんだよな。
そんな心配をしてしまうぐらい、最近の彼女は更に綺麗になっている気がする。
でも僕の姿を見つけて嬉しそうに笑い、こっちに近寄ってきてくれるから、それだけで安心してしまうんだ。
「ごめんなさい。待った?」
「ううん、全然待ってないよ。ごめんね、無理やり家に招待させたみたいで」
「そんな事ないよ。家に来てくれるっていうから、嬉しくて色々と準備しちゃった!」
「それは楽しみだな」
僕の元まで来ると、息を弾ませながら謝ってくる。
それに慌てて、大丈夫だと伝えながらこっちが謝った。
本当は無理やり頼み込んだから、彼女が気分を害していないかと不安だったのだ。
でも全く、そんなそぶりが無いからほっとした。
「それじゃあ行こう! こっちこっち!」
むしろ楽しそうにはしゃいでいる姿は、新鮮でまぶしく見えてくる。
僕は顔をデレデレと緩めて、彼女と腕を組んだ。
彼女の家へと向かう途中、たくさんの視線を向けられた。
それには色々な意味が込められていて、僕は気分が良くなった。
彼女に選ばれて隣りにいるのは、この僕なのだ。
誰にも邪魔はさせない。
僕は彼女の体を更に抱き寄せて、視線を向けてくる奴等に牽制をした。
「どうぞ、入って入って」
「うん、お邪魔します」
彼女の家についての想像を、僕は色々としてきた。
可愛らしいものか、クールな感じか、そんな風に考えて来たけど、実際は想像を遥かにこえていた。
「えっと……シンプルな、部屋だね」
「うん。あまり、物を置くのが好きじゃなくて」
頑張って褒めてみたけど、実際は少しだけ引いている。
彼女の部屋は、言葉通りシンプルだった。
しかし、それはモデルルームとかそういう感じじゃなくて、刑務所みたいな寒々しい感じ。
それでも心配そうに僕を見つめる姿が視界に入れば、安心させる為に更に言葉を重ねた。
「良いと思う。僕は好きだな」
「本当? ありがとう。さ、中に入って!」
何とか褒めてみれば、彼女は嬉しそうに微笑んで中へと招く。
不穏な感じがあったけど、ゆっくりと部屋へと入れば彼女が鍵を閉める音が、とても大きく響いた。
そして、すぐに背中から彼女が僕に抱き着いてくる。
まさかそんな大胆な事をしてくるとは思わず、僕は裏返った声を出してしまう。
「ど、どうしたのっ⁉」
「……ねえ、私の事好き?」
甘えた様な、そしてどことなく性的なものを感じる様な雰囲気と、背中に感じるやわらかさが相まって、僕は興奮を覚える。
それでも彼女に返事をしなくてはと思い、大きな声で叫んだ。
「だ、大好きだよっ!」
「ふふふ。それなら良かったあ。じゃあ、私の栄養になってくれるよねえ」
「……え」
彼女の嬉しそうな声と共に、体に巻き付く力がさらに強まる。
僕は苦しさを感じながら、彼女の腕を軽く叩いた。
「ちょ、ちょっと苦しいかな」
でも、力は全く弱まってくれない。
「私ね。あなたの事、大好きだよ。だからね食べるの。そして元気な子供を、たーくさん産むの」
変な音まで聞こえてきて、絡まる腕も増えた気がしてきた。
シューシューという音。
明らかに、人間じゃない。
そんな何かに抱きしめられながら、僕は穏やかに微笑んでいた。
彼女が何者だとしても、僕を食べて一緒になってくれると言った。
あの時、死のうとしていたこの僕を。
だから、僕は全く抵抗しなかった。
それに気づいたのか、彼女は更に楽しそうしていた。
お互いに求め合って、こうなるのだ。
悔いはないし、幸せを感じている。
『完璧な彼女』
・少女漫画の様な出会いを重ねて、付き合った彼女。
・容姿も性格も完璧。
・自分にはもったいない位、素晴らしいのにどうして付き合ってくれるのか。
・それは彼女の身が知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます