プレゼントされたネックレス
高校の時の同級生から小包が届いたのは、卒業してから十年以上も経った、寒い日のことだった。
最初、送り主の名前を見てもピンと来なくて、ようやく思い出した時も不思議な気持ちで埋め尽くされていた。
どうして急に、こんな荷物が届いたんだろうか。
お歳暮の時期はとっくにすぎているし、今まで一度も何かが送られて来たことも無い。
私からしたら、名前と顔はぼんやりと覚えているけど、別にそこまで仲良くは無かった人だ。
むしろ、そこまでいい思い出もない気がする。
それでも中身を開けないわけにもいかず、片手でも持てるサイズのダンボールを開けた。
一応ガムテープを静かに外し、そしてクッション材をゆっくりとどかすと、中に入っていたそれを取り出す。
「……ネックレス?」
明かりに照らしながら見てみると、小さなダイヤの入った、シンプルなデザインのネックレスだった。
普段使いも出来そうで、ちょっといい所に行く時でも大丈夫なものだ。
一目で気に入った私だったのだけど、これを送られてくる理由に心当たりがなく、箱の中身をもう少しあさった。
「手紙だ」
そうすれば、二つ折りにされた便箋が出てきた。
私はそれをつまみあげて、中を開く。
『間中依子さんへ
突然の事に、驚いたことでしょう。
私の事、覚えていますか?
覚えていてくれれば嬉しいのだけれど、卒業してからはもう十年以上経っているんですよね。月日が経つのは、早いものです。
あなたと一緒に通っていた高校では、色々とお世話になったので、ほんのお礼にこれを送ります。
大事に使っていただけたら、嬉しいです。
湯浅亜紀』
書かれていた中身を読んでも、疑問は全て解決されていなかった。
高校の時にお世話になったとあるが、身に覚えがない。
しかし、それでも送り返すことをしなかったのは、そのネックレスを思ったよりも気に入ってしまっていたからだった。
「……まあ、くれるって言うんだから。ありがたくもらっておこう」
私は一人で言い訳をしながら、手に持ったネックレスを首につけた。
鏡を見れば、とてもよく似合っている。
これは、いいものを貰った。
気分が良くなって、鼻歌を歌いながら私はダンボール箱を解体し始める。
次の、ゴミを捨てる日はいつだったっけ。
ダンボールを捨てることがそうそうないから、すぐには分からない。
まあ、表を見ればいい事なので、そんなに慌てることも無いだろう。
最小限に折りたたむと、部屋の脇の方においておく。
早めに捨てなくちゃ。
そう思っていてもぐうたらな性格だから、しばらくはここにありそうだ。
誰かが、家に遊びに来る前までには片付けよう。
そう決心しながら、私は立ち上がりキッチンへと向かう。
その道中ゴミ箱の脇を通るので、私は持っていた紙をぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨てた。
ネックレスをしてから、いい事ばかり起こっているような気がする。
私はここ最近の出来事を振り返りながら、そう考える。
宝くじで、まあまあいい金額が当たったり。
やる仕事やる仕事全てが、上手くいっていたり。
欲しいと思っていたブランドの靴を、夫が突然買ってきてくれたり。
そのほか色々と嬉しいことが続いていて、いつもはイライラする時も多いのに、心穏やかに過ごせている自覚がある。
そのおかげで少し冷めていた夫婦関係や、ぎくしゃくしていた周囲とも上手くいっている。
「これは、幸せを呼ぶネックレスだったのかしら。そうだとしたら、感謝しなきゃね」
私は首につけたネックレスを、軽く引っ張りながら笑う。
あれから別に、ネックレスに関してのお礼をしていないけれど、向こうからも特にないからおあいこだ。
でも、こんなにもいいことが続くのなら、少しぐらいお礼をしてもいいかもしれない。
絶対にしないであろう事を考えながら、目の前のテーブルの上にあるワイングラスを手に取り、口に含んだ。
これは私が好きなものなのだが、義母がプレゼントしてくれた。
今まで、お互いにチクチクと攻撃していたから驚いたけど、謝罪と一緒に渡してくれたからありがたく受け取った。
こんな感じで、他にも謝ってきた人がたくさんいたから、家にはその謝罪の品が溢れていて消費するのが大変だった。
これからもネックレスの力で、どんどんいい事が起きて欲しい。
私は高らかに笑いながら、残りのワインを煽るように飲んだ。
何だか、体調が良くない。
私は起き上がる気にもなれなくて、今日もベッドの住人になりながら、夫にメッセージを送った。
『今日も気分が悪い。ごめん、夕飯適当に食べてきて』
送った後はスマホの画面を見るのも嫌になって、電源を落として脇に放った。
どうせ夫からの返事は、いつもと同じ。
別に、見なかったとしても支障はない。
大きくあくびをすると、私はまた寝に入った。
次に目を覚ました時は辺りが真っ暗で、一瞬自分がどこにいるのか分からなくて混乱した。
すぐに手探りでスイッチを見つけ、明かりをつける。
光の眩しさに目が慣れるまでは、うずくまったまま待った。
辺りのものが見えるようになると、真っ先に時計を見る。
時計の針はどちらも一番上を向いていて、すでに夕方とも言っていられない時間だった。
「大変っ!」
少し休むつもりだったのに、ここまで寝てしまうなんて。
いくら体調が悪かったとしても、さすがに怒られる。
私はもう帰宅しているだろう夫に謝るために、ベッドから慌てて起き上がった。
気分の悪さは少し回復したけど、それでも床に降りた時にふらついた。
「あなたっ、ごめんなさいっ……」
別々にしている寝室、リビング、浴室、トイレまで探したけど、夫の姿はなかった。
まだ帰ってきていないのか。
私はがっかりした気持ちになりながら、ベッドへとよろよろと戻った。
横になると、そのまま意識が飛んでいきそうで、私は壁を背もたれにして寄りかかる。
目を閉じれば、最近の不調を思い出す。
気分が悪くて、ベッドで横になる事が多くなった。
急に立ち眩みがしたり、吐き気を催したり、最近ずっと健康という状態が無い。
もしかして、妊娠でもしたのかしら。
子宝に恵まれていなかったから、つわりというものを知らない。
そうだとしたら、産婦人科に行ってみようかしら。
今までの体調の悪さも、こういう理由があるならまだいい。
私は、まだ平らなお腹をさすりながら微笑んだ。
起き上がるのが嫌になるほど、体調が酷くなってしまった。
私はベッドの住人になりながら、傍らにいる夫に謝る。
「ごめんなさい。最近、本当に体調が悪くて。あなたに面倒をかけているわね。良くなったら、すぐにご飯作るから。あなたの好きなもの、たくさん」
「ああ、大丈夫だよ。僕が色々とやっておくから、君はゆっくり休んでて」
彼は謝る私の手を握って、優しい顔をしてくれた。
昔だったらありえないほど、穏やかな私達の関係性。
私は彼を慈しみ、彼も私を慈しむ。
これが、夫婦の形というものなのだろう。
「お仕事頑張って。いってらっしゃい」
「分かった。ちゃんと寝ているんだよ」
彼の手を弱々しく握り返して、私はお見送りの挨拶をした。
彼は私の額にキスをすると、仕事へと行ってしまった。
一人になった部屋に寂しさを感じながら、私はぼんやりと考える。
体調の悪さは、妊娠が原因じゃなかった。
産婦人科に行こうとした私に、夫は検査薬を買ってきて渡して来た。
検査の結果は陰性。
私はぬか喜びをさせたことを、夫に謝り自分もしばらくは落ち込んでいた。
しかし、そうなると体調不良の原因が分からない。
どんどん悪くなる体に、私が一番不思議だった。
嬉しい事に、そんな私に対して夫も周囲も優しく、会社も休職扱いにしれくれた、
有休も消化して良いと言われたのは、本当に助かった。
私はそれに甘えさせてもらって、金銭面では特に困っていなかった。
でも一向に良くならない体調に、もどかしさを感じないわけではない。
私は時間をかけてベッドから起き上がり、脇にある引き出しからネックレスを取り出した。
その動作だけでも一苦労だったけど、すぐに休む様にベッドに寝転がれば、何とか吐き気は催さなかった。
私は横になりながら、手に持ったネックレスを上に掲げる。
それは少し揺れながら、太陽の光に反射してキラキラと光っていた。
その動きをずっと眺めて、私は勢いよく投げた。
床に落ちた音と共に、ネックレスは見えなくなった。
別に、頭がおかしくなったわけじゃない。
あのネックレスは、呪われたものなのだ。持っているだけで、不幸になる。
だから、いらない。
ネックレスを付けていて、最初は良い事が起こっていた。
でも段々と、良くない事ばかり起きるようになる。
私はすぐに思ったのだ。
これはネックレスのせいだと。
だってこれを送ってきた湯浅を、私は高校生の頃に酷くいじめていた。
それは、もう恨まれても当然だというぐらいは。
だからこのネックレスに、呪いをかけられたとしても不思議じゃない。
だから私は、何度も何度もネックレスを捨てたのだ。
それなのに、そのたびに何故か戻ってくる。
どう考えても呪われていて、でも捨てる事は出来ない。
でも今日こそは、夫に全てを打ち明けて頼もうと考えている。
私はもう、これを捨てるほどの体力は残っていない。
だから、あの人にも良くない事が起こる前に、捨ててもらわなくては。
私はその安心感からか、何だか眠くなってきた。
少し休んでから、また色々と考えよう。
夫に話す内容も、これからの事も。
今はとても眠たいから、後で。
妻の依子が死んだ。末期のがんだった。
俺は煙突の煙を見上げながら、しみじみと煙草を吸う。
彼女のがんが見つかったのは、会社で行われる健康診断の時だった。
医者に言われた時は頭が真っ白になったが、冷静に考える事がすぐに出来るようになったから、彼女に病気だとは伝えないで欲しいと頼んでいた。
でも母を始め、周囲の人には伝えてサポートをしてもらうようにした。
彼女は全く病気の事に気づいていなくて、とても幸せそうだった。
たぶん死ぬ直前までも、もしかしたらうっすらとは感じていたのかもしれないが、がんだとは思っていなかったと思う。
僕の判断が、正しかったのかどうかは分からない。
でも、彼女が幸せなまま死んだと信じたい。
焼かれる前の、彼女の姿を思い出す。
昔よりもこけてしまった頬。
生気のない顔。
その首元に光る、彼女が気に入っていたネックレス。
彼女はうっかりしている所があったから、たびたびゴミ箱に間違って入れていた。
それを僕が毎回戻していたのを、気づいていたんだろうか。
死んでしまった日も、床に落としてしまったみたいで。
取ろうと頑張っていた手が、伸ばされていた。
僕は気に入っていた事を知っていたから、形見としては残さず一緒に焼いてもらったんだけど。
……きっと天国で、大事に使ってくれているんだろうな。
僕は彼女の生前の姿を思い出し微笑みを浮かべると、煙草の火を消した。
『プレゼントされたネックレス』
・突然、昔に色々あった人から送られてきたネックレス。
・それをつけていて、しばらくは良い事が続く。
・しかし、その後悪い事が起きるようになり、ネックレスのせいなのかと疑い出す。
・何でも考えすぎで、実は普通のオチだったりする事もある。
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