悪口からの結果
俺は、クラスメイトの森口が嫌いである。
何故かと言うと、人の悪口を言うのが好きなタイプだからだ。
「櫻井ってブスだよなー。なんで生きてんのって感じ。生きてて、楽しいことなんかあるのかねえ」
「あのバーコードハゲ、早く死ねよ! あいつ絶対、エロいことしか考えてないって! キモイよな!」
「あー、部活面倒くさー。さっさと先輩やめないかなー」
そう言って、品なく笑う姿は醜い以外の言葉がない。
あまり関わりあいはないけど、同じ教室にいるだけで不快な気持ちになった。
聞かないようにしたって、声が馬鹿でかいから一番遠い場所にいても耳に入ってくる。
もはや、わざとなんじゃないのか。
そう思うぐらいは、声が大きいし他人のことを考えていなかった。
さらに俺の神経を逆撫でている理由は、
「美依ちゃん。それぐらいにしなって。そろそろ先生来るし」
「あ? 別にいいだろ? 聞かせておけばいいんだよ!」
森口が紛うことなき、女子生徒だという事実だった。
別に差別をしている訳では無いのだけれど、悪口を言うのも言葉遣いの悪さも、人として駄目な部分だと思う。
しかも森口は、それを少し得意げにしている時点で、更に人として終わっている。
だから俺は嫌いで嫌いで仕方がなくて、一生話す事も目を合わせる事も無いと考えていた。
「あんたの事が、好きなんだけど……」
「…………は?」
俺は夢を見ているんじゃないか。
それも、とびきりの悪夢を。
そう現実逃避したくなるぐらい、今の状況は最悪だった。
何が悲しくて、森口に告白されなきゃならないのだ。
俺の目の前で顔を真っ赤にさせ、こちらにチラチラと視線を向ける姿に、吐き気しか催していなかった。
こいつは何を考えて、告白なんかしてきたんだろう。
接点もなし、むしろ避けている。
それに、多分だけどたまに睨んでしまう事もある。
どこに好かれる要素なんて、あったんだろうか。
俺が、何かやらかしたという覚えはない。
色々と考えても、答えは出なかった。
「え、ごめん。俺、別に森口と接点無いよね? 何で急に?」
だからものすごく不本意だったけど、聞いてみる事にした。
俺が話しかけると、森口の顔が真っ赤に染まる。
その顔も不快で、この場から立ち去りたくなったけど、何とか我慢する。
理由を聞いて、ちゃんと振っておかないと後々で面倒な事になりそうだ。
「えっと。あのさあ、何かいつも私の事見てくるじゃん。だからこっちも、あんたの事を気になってきて。なんか好きになってたんだ」
「へえ、そっか」
「だから出来れば、付き合ってくれる? というか、付き合うよな?」
やっぱり。
森口はどういう思考回路をしているのか謎なのだが、俺が告白を受けると思っているみたいだ。
おめでたい頭というか、はた迷惑というか。
とにかく俺にとっては、更にまずい状況というのに他ならない。
どう言えば、森口が逆切れすることなく諦めてくれるだろう。
諦めてもらわなくては、本当に困る。
付き合うなんて、地獄以外の何物ではない。
俺は顔を真っ赤にしている森口を視界に入れながら、考えに考えた。
そして、一つの言葉を思いついた。
「ごめん。あのさ、俺。付き合っている人、いるんだよね」
付き合っている人なんていない。
でも、これが一番無難で諦めやすい言葉だと思った。
「……え。そうなの。誰?」
そのおかげで、今まで自信ありげにしていた顔も、少し戸惑ったものへと変わる。
「えっと、同じ学校の人じゃないから分からないと思う。それに知った所で、何かが変わるわけじゃないし」
「ふーん。そっか、そうだね」
逆切れするかもしれないと予想していたけど、思っていたよりもすんなりと納得してくれそうな雰囲気がある。
俺は良かったと安心しながら、更に追い打ちをかけた。
「その子と、すっごいラブラブだからさ。別れるつもりないし、ごめんな」
ここまで言えば、諦めるはずだ。
俺は、何のためらいもなく嘘を重ねた。
「……そう。残念。分かった。私とは付き合えないんだね。オッケーオッケー。それじゃあ、私帰るわ」
そうすれば、森口は最後の確認の様に俺の顔を見ると、ため息をついてその場を去っていった。
思っていたよりもあっさりと終わったから、拍子抜けしながらも、まだ油断が出来ないと自分に言い聞かせていた。
本当に諦めたかどうかは、時間が経ってみないと分からない。
明日学校に行ったら、もしかしたら俺の悪口で溢れているかもしれない。
いや下手をすれば、俺がオッケーしたと嘘を言いふらされている可能性もある。
それだけは、ごめんだ。
俺の悪口を言っているだけなら無視すればいい、でももしそんな嘘を言われていたら、否定すればするほど面倒な事になりそうだ。
明日、学校に行って何事も無ければいいけど。
俺は憂鬱を感じながら、その場からようやく離れた。
家に帰って来た俺は、荷物をそこら辺に投げると、勢いよくベッドに飛び込んだ。
今日は厄日なんじゃないか。
そう嫌になるぐらいには、森口との会話は俺を精神的に追い詰めていた。
明日、学校に行きたくないな。
そうは思うけど、親が許してくれないだろう。
急に熱が出て、立っていられないような状況になって欲しい。
でも今の所、皆勤賞を狙えるぐらい健康優良児である。
絶対に明日までに病気になる事なんて、無理な話だ。
明日、特に何も無ければいいのに。
とりあえず色々と予想しておいて、そなえておこう。
「明日の用意、するか……」
嫌な事は先に済ませよう。
そうすれば意外にも気にならなくなるかもしれないし、ずっと考えているのも嫌になってきそうだ。
俺はのろのろとベッドから起き上がり、机の方へと向かった。
そして明日の授業で使う教科書や、ノートをカバンに入れる作業を始める。
体育とかの授業が無いせいか、カバンは一杯になってしまって重そうだ。
これを持っていて数分で、肩が壊れる気がする。
まあ自転車通学だから、まだいい方なのか。
それでも教室は四階にあるから、階段をのぼらなきゃいけない。
いつも思うのだけれど、何で一年生は四階に教室があるのだろう。
もう少し考えて、教室を配置して欲しいものだ。
俺は森口の事など、頭の片隅に追いやっていた。
そしてそんな時に、俺は引き出しの奥にある一冊のノートを見つけた。
「俺、こんなノート持っていたかな?」
真っ黒なノートには、表も裏も何も書いていない。
全く見覚えの無いそれを手に取って、俺は首を傾げた。
机の中にあったという事は、使っていたはずなんだけど。
何か書いてあるんだろうか。
俺は何気なしに、ノートをパラパラとめくった。
そこには、俺の字でびっしりと文字が書かれていた。
でも、こんなものを書いた記憶が全く無い。
そんな昔に書いたのだろうか。
俺は不思議だと感じていたけど、気にせずに中身を見る事にした。
『ああ。俺の頭は、おかしくなってしまったんだ。
みんなの顔が、全て気持ちの悪い怪物に見える。
父さんも母さんも、クラスメイトも、全員が全員姿が変わっていた。
何で。
最初は理由が分からなかった。
でも、ある日夢で見たんだ。
俺が今まで人の悪口ばかり言っていたから、性根を叩きなおすために、罰を与えるのだと誰かが言っていた。
そんな事言われたって、俺だけが悪いわけじゃない。
そういくら訴えたって、聞いてはもらえなかった。
これを治す方法は、一つしかないらしい。
俺が反省の気持ちを持った頃に、今までの俺に似た人が現れる。
そいつに好意を示されたら、拒絶しないで受け入れる。それだけで治る、とのこと。
これから俺の記憶は消えてしまうらしいんだけど、こうやってノートに残しておけば、楽勝だろう。
だから頼む。
絶対に受け入れろよ。
チャンスは一回限りなんだ』
「何だこれ」
俺は、ただそれだけしか言えなかった。
ノートに書かれている意味が、分からなかったからじゃない。
全てを思い出したからだ。
そうだ。
森口なんてクラスメイトは、今までいなかったじゃないか。
あれは、昔の俺自身だ。
それを、受け入れなきゃいけなかったのに。
全てを忘れていた俺は、たった一度のチャンスを逃してしまった。
もう俺が戻る事はないのだろう。
そして、戻れるチャンスも無いのだ。
全ては自業自得。
そんな言葉が、ふさわしかった。
『悪口からの結果』
・人の悪口ばかりを言う人。
・そういう人は聞かせている人に、嫌な気持ちを与えている事に気が付いていない。
・それが許される? そんなわけがない。
・そういう人には、自業自得の結果が起こるのだ。
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