知らないおまかせ録画

「ん?何だこれ?」


 俺はテレビにリモコンを向けたまま、首を傾げた。

 見ているテレビ画面には、今までに録画した番組の一覧が映っていた。

 当たり前のことだが、そこには俺が選んだものが並んでいるのだが。


 その中に、見覚えのないものが何個かあった。


「俺、こんなの録画しないんだけどな。何でだ?」


 絶対に俺がやったんじゃないと分かるのは、番組名を見ると興味のないものばかりだからだ。

 バラエティでも映画でも、好みというのがある。

 それにあてはまらないのを、見ることはほとんどない。

 だから録画するわけがない。


 それじゃあ、これは誰がやったんだ?


 俺は一人暮らしだし、家に人を呼ぶことも無い。

 そうなると必然的に、家に侵入してきた人が何故か録画をしたのか。それとも超常的な何かか。というような選択肢しか無くなる。

 しかし、どう考えたってありえない話だ。


 俺は考えすぎて遠くに向けていた顔を戻して、テレビ画面をもう一度見た。

 そして、さらに深く考えて考えて、ようやく思い出した。


「そうだ。おまかせ録画だ!」


 手のひらを拳でポンと叩いて、閃いたジェスチャーをする。

 自分で設定したものを忘れるなんて、うかつだった。


 それは随分前に、見つけたレコーダーの機能。

 嗜好を加味して、番組の中から勝手に録画をしてくれるというもの。

 面白そうだから、数日前に設定したのだったけど。

 今まで全く録画されていなかったから、頭からその事が抜け落ちていた。


 しかし、そうと分かれば訝しんでいた気持ちは吹っ飛んで、録画された番組にがぜんと興味が湧いてくる。

 俺の嗜好から、選ばれたものなのだ。

 そうだとしたら、見てみる価値がある。


 俺は今日の予定から空き時間を計算して、その中から一つは見られるだろうと確認した。

 さて、どれを見てみようか。

 俺は番組名を一つ一つじっくりと選んで、そして決めた。


「えーっと『殺すしかなかった人達~どうして、こんな事になってしまったのか~』にするか」


 この中で一番、ひかれたものにする。

 さっそく再生すると、短いCМの後に番組が始まった。



『いやあっ! ごめんなさい! 許して!』


 中年の男に殴られる演技をしながら、泣いている女性。

 その棒読み加減は気にしないでおいて、俺は内容がどんなものかと画面を食い入るように見る。


 中身は、殺人を犯した者達がどうしてその選択を選ばざるを得なかったか、過去を詳しく掘り起こすというものだった。大体が、暴力や嫌がらせに耐えきれなくてという理由で退屈だったが、一つだけ俺の興味を引いた。


『毎日、同じ時間に家の前を通るから。そんな驚くべき理由で、殺した女』


 まさか、そんな理由で人を殺すなんてことがあるのか。

 俺は驚いて、その女の映像が流れている時は、ずっとテレビにくぎ付けだった。

 その女が家の中から、殺す予定の人を眺めている姿は、ホラーチックで恐怖さえ抱くほどだった。

 この映像の女優の演技力だけ、けた違いに上手すぎる。

 俺は凄いなと思いながら、最後までテレビを見ていた。


 そして終わった後は、ため息が自然と漏れた。


「面白かった。マジで凄い」


 俺はしみじみと言う。

 その女の人を殺した理由について、共感は出来なかったけど面白かったことだけは確かだ。


 おまかせ録画を設定して良かった。

 そう思いながらも、時間になったから急いで準備をして家を出た。

 他にも見たかったが、名残惜しいけど今は無理だった。

 きっと他のも、俺にとっては面白いもののはずだ。


 家に帰った時が、楽しみで仕方ない。

 俺は出かけるというのに、早く帰りたいと思ってしまった。

 これでは今から会う人に対して申し訳なかったが、録画した番組が面白いのが悪い。





 俺のせいで、彼女に振られてしまった。

 理由は分かりきっている。

 デートに集中していなかったせいだ。


 でも、俺だけが悪いわじゃない。

 家に帰った俺は落ち込んでいるわけもなく、テレビの元に走った。


「さてさて、次の映画っと」


 リモコンを素早く使って、録画した番組を選んでいく。

 そうして、次のを再生する。


 選んだ番組名は、『全て教えます! 人気芸能人のギャラから私生活まで大放出スペシャル‼』だった。

 バラエティはあまり好きじゃないけど、一応見てみる事にする。


『はい、こんばんは! 今夜は今をときめく人気芸能人の皆様を、丸裸にしようと思います!』


 テンションの高い司会者の声と共に、番組は始まる。

 バラエティらしく、出演者のみんなのテンションが高い。

 そのせいで耳が痛くなるが、我慢して見続ける。


 芸能人の全てを教えるとはいったって、支障が無い範囲でしかない。

 だから若干のつまらなさはあるけど、最後まで見て見なきゃ分からない。もしかしたら、物凄いどんでん返しがあるかも。

 そう思って見続けていたのだけど。


「……は。終わった」


 何も面白い事が起こらずに、番組は終わった。

 俺はぼんやりとテレビを眺めながら、しばらくの間固まっていた。


 こんなものの為に、俺は彼女に振られたのか。

 そう思ったら、何だかやるせない気持ちになって録画されている番組を、片っ端から消してやりたい衝動に襲われた。

 しかし、思いとどまる。

 もしかしたら、次に見る番組は面白いかもしれない。

 見ないで公開するよりは、見て後悔した方がまだいい。


 それなら、あともう一つの番組を見てから判断しよう。

 俺はいらいらをまぎらわせようと、頭を強くかきながら残っていた番組を再生した。


『みたら絶対に後悔する事間違いないし! 真冬なのに恐怖映像大放出‼』


 ホラーは作り物だと分かっているから、こういう番組はあまり見ないんだけど。

 出演者の大げさな叫び声も、聞くだけで不快な気持ちになる。

 やっていたら見る事もあるけど、基本的に録画はしない。


「本物の幽霊でも映っているなら、面白いけど」


 俺はぼんやりと頬杖をついて、テレビを見る。

 やっぱりCGを使ったものばかりで、こんなのの何が怖いのかと馬鹿らしくなってしまう。

 まあ、出演者達は演技が入っているんだろう。

 番組の途中に、スタジオで何かが起こるのもお約束だ。


 絶対に、スタッフが仕込んだものに決まっている。

 それかたまたま起きたちょっとした事を、大げさに騒ぎ立てているだけなのか。


 こういうホラー映像は、最近驚かし要素ばかりでありきたりだ。

 恐怖というよりも、驚かせて怖がらせるなんて。

 他にやり方が無いのか。

 俺が文句を言える立場じゃないけど、もっと新しいホラーを期待しているというのもある。


 海外の映像の時は顔が出てて、日本の時はモザイクがかかっている事が多いのも気になってしまう。

 俺の予想としては、映像はエキストラとかで同じ人だとバレるのがマズいから、というものだが何だか自分でもひねくれていると思う。

 昔みたいに、純粋な気持ちで見られたらいいのに。

 色々と知ってしまった今では、無理な話な気がするが。





 たまにCGなのか分からないものがあったが、確信が無いまま番組はエンディングを迎えようとしていた。

 俺は期待外れだったと、大きなため息を吐いて停止ボタンを押そうとする。


 しかし、その手が止まった。

 テレビ画面は現在、スタジオを映している。

 怖そうな顔をして、感想を言っている所なんだけど。

 その画面に、たまに何かが反射しているような光が出てくるのだ。

 一体なんだ。

 生放送じゃないから、放送事故とかそういうものじゃないだろう。

 テレビやレコーダーが壊れている、という事でもなさそうだ。

 それじゃあ、これは。


「おいおい。まさか、本当に心霊現象ってやつ?」


 俺はにわかに興奮して、巻き戻す。

 そこにはやはり、光が出てきて。


「やっべえ。これ、ネットが荒れているんじゃないの」


 俺はスマホを手に取って、番組名を検索する。

 しかし、何も光について出て来ない。


「おっかしいなあ。まだ、みんな気が付いていないとかか?」


 俺は唸りながら、スマホを見るのを止める。

 もし他の人が気が付いていないとしても、わざわざ知らせるのは面倒くさい。

 それなら、放っておいて良いか。

 すぐに興味を無くすと、今度こそ停止ボタンを押した。


「ふわーあ。ねむ」


 大きく口を開けてあくびをした俺は、テレビを消そうとする。

 しかしその前に、気が付いてしまった。

 テレビの画面から、光の反射がするのを。


「何だ? やっぱりテレビの故障か?」


 俺はチャンネルを回しながら、光が出るか確認する。

 結論から言うと、出て来た。

 俺はテレビの故障に絶望しながら、電源を消した。

 パッと暗くなった画面。


 そして、画面に光が反射した。


「は?」


 俺は間抜けな声を出しながら、そこでようやく気が付いてしまった。

 テレビの番組や、本体がおかしいんじゃない。

 俺の後ろに、その原因があるのだ。

 後ろから漂う冷気は、俺を殺す気満々な感じがした。

 そして、正体の分からないものに包まれながら、俺はおまかせ録画した番組について考えていた。


 今思えば、もしかしたらあれは。


 それが分かった所で、もう遅いのだけれど。





『知らないおまかせ録画』

 ・自分の好みじゃない、おまかせで録画された番組。

 ・何を基準にしているのか、ホラーやバラエティなどとジャンルはバラバラ。

 ・選んでいるのはレコーダーじゃない、どこかを漂っている悪意のある何かなのかもしれない。

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