危険な独り言


 私には、なおしたい癖がある。


「それとそれ、どっちにしようか……あ、また」


 それは気がつけば、独り言を言ってしまうというもの。

 本当に無意識に出てしまうので、言った後に自分で気づくか、他人に指摘されて初めて分かる。

 なおしたいとは思っていても、未だに出てしまう。





「他人に迷惑をかけていないんだから、気にしなくていいんじゃないの」


「でも……なんか恥ずかしいし」


 友達の波奈に相談してみても、ちゃんと聞いてくれない。

 私は頬をふくらませた。


「真央、そんなに怒らないでって。でも無意識なんだから、どうしようもなくない?」


「そうかもしれないけど、ちょっと気になることもあって」


「気になる事?」


 波奈は首を傾げた。

 私は飲んでいたココアのカップを両手で持って、中を見つめながら言う。


「たまにね。気のせいかもしれないけど、返事が聞こえてくるの。それが怖くて」


「声って誰の?」


「分からない」


 自然とため息が出てくる。

 本気で悩んでいて、どうにかしたいと思っている。

 それを見て、波奈も真面目に聞いてくれるようになった。


「それって霊とか?」


「どうなんだろう。気のせいかもしれないから……」


 私だって何なのか知りたい。

 でも、本当に微かだから空耳の可能性もあるのだ。

 だから霊とか、種類なんて分かるわけがない。


「それじゃあさ。一応霊媒師とかに相談して、お祓いしてもらえば? それで聞こえなくなれば良いし、物は試しだよ」


「うーん、そうだね」


 波奈の提案に頷いてはみたけど、あんまり乗り気じゃなかった。

 お祓いとか霊媒師とかは信じていない。

 それなのに効果があるのかどうか分からずに、高いお金を払うのは違う気がする。

 お祓いをするのは、本当に声がはっきりと聞こえて害が出そうになっていたからでいい。

 私はそう答えを出して、波奈に大して誤魔化して話を終わらせた。





 波奈に相談したのが良かったのか、独り言を言っても何かが聞こえてくることは無かった。

 やっぱり私の考えすぎで、霊とかそういうのじゃなかったんだ。


 私は家で夕飯の準備をしながら、一人で納得していた。

 怖がるから、少しの物音にも敏感になってしまう。

 心霊現象の原因というのは、大体そういうくだらないものだ。

 怖がっていた自分の方が、おかしかったというだけ。

 ただ独り言は、外では出さないように気をつけるという心がけぐらいはしよう。

 野菜を細かく切りながら、そんなことを考えていたせいなのか。


「いたっ!」


 私は勢いよく、指を包丁で切ってしまった。

 思ったよりも深かったのか、血がダラダラと流れ出ている。

 そうなるとじんじんとした痛みが襲ってきて、私は水で指を洗うと、絆創膏のある場所へと向かった。


「いたたたたた」


 押さえてはいても、血はどんどんと出てきていて。

 顔をしかめて呻く。


「あー。何で指を切ると痛いのかな。紙で切っても、ちょっとの傷なのに痛くなるよね」


 出さないようにと、気をつけていたはずの独り言。

 しかし痛みのせいで、色々と緩んでしまったみたいだった。


 その中には、警戒心も入っていて。


「大丈夫?」


「うん、絆創膏貼ればなんとか…………あ」


 独り言に返してきた、誰とも分からない声に対して、気がつけば話をしていた。

 慌てて口を押さえたけど、もう遅い。

 私が言葉を言った途端、突然包み込むようにたくさんの声が聞こえてきた。



 あはは


 やっと返事した


 そうだね。答えたね


 わーい


 話しかけたってことは




 こっちに連れて行けるねえ




「いやあっ!」


 私は見えない何かから逃れるように、腕をめちゃくちゃに振る。

 それでも、手応えなんかあるわけがなくて。



 くすくす


 くすくす


 無駄なのにね


 可哀想に


 可哀想に


 でも連れてって遊んであげるから


 寂しくないよ


 くすくす


 くすくす



 さらに増えた声が、私を馬鹿にするように色々と言ってくる。

 私はもっと激しく腕を振る。

 それでも、やはり何かを殴る事は出来ず。



 あはははは


 あはははは


 あはははは


 一緒に行こう


 そうしよう


 だって、あなたは


 私達にこたえたんだから


 あははははははハハハハハハハハハハははハハハハハはっはあははははははあはっははははははははははははははははっははははははははははははははははははははははははっははははははっははははははははっはははっははははっははははははは



「いや、いやあああ‼」


 周りにいる何かは、勢いよく私を取り囲んだ。


 波奈の言う通り、お祓いに行けばよかった。

 そう後悔したけど、もう遅い。


 それらの姿は最後まで見えず、私はどうする事も出来ないまま連れていかれた。





「あれー? おかしいなあ」


 真央に連絡しても、一向に出ない。

 別にそれは時々あったのだけれど、何だか嫌な予感がした。


 だから先ほどから、何度も電話をかけているんだけど。

 コール音がするばかりで、真央の声が聞こえてこない。


「真央、真央。大丈夫かな?」


 私は、どんどん不安になってくる。

 まさか彼女の身に、危険な事が起きたんじゃないか。

 そう思って、警察に電話する事も考えたけど、もしも何も無かったとしたら大変だ。

 だから電話をかける以外の方法を、私は出来ずにいた。


「もう一度……」


 あともう一回だけ、かけてみよう。

 出ないかもしれないけど、私は彼女に電話をした。


「……駄目、か。やっぱり出ない」


 やっぱり、真央は出なかった。

 私はスマホの電源を落とすと、ため息を吐く。


 何があったのだろうか。

 どこかに出かけていたり用事があってなら、別にいいんだけど。


「せっかく、真央の為にいい人を調べたんだけどな」


 私は、テーブルの上に置いた紙に視線を向ける。

 そこには、評判のいい霊媒師の情報が載っていて。

 彼女のためを思って、徹夜をして調べた結果だった。



 独り言をなおしたい。

 そんな相談を受けた時に、最初私はありえないと馬鹿にしていた。

 無意識の行動をなおすには、並外れの努力と精神が必要だと考えている。

 だから、なおすなんて無理。

 でもその独り言に、返事があるというのを知ったら考えは変わった。


 それは無意識の行動とかいう話ではなく、霊的な何かが関係しているんじゃないか。

 もしそうだとしたら、真央の身に危険が降りかかるかもしれない。

 私はそう心配して、彼女と話をしてから数日の間、ずっと調べ物をしていた。

 その中でいいのを見つけたから、教えてあげるために連絡を取ろうとしたのに。


「どうしたんだろう」


 私は一人の部屋で、静かにつぶやく。

 これじゃあ、まるで真央と同じで独り言が癖になっているみたいだ。

 今まで、こういう風な事はなかったから、影響されすぎだと苦笑する。


「真央、何かあったんじゃないならいいけど」


 また独り言が出てしまった。

 しかし今度は、笑うことが出来なかった。




 その子なら一緒に遊んでいるよ



 あなたも遊ぶ?



 私の独り言に対して、返事が聞こえた気がした。

 それは空耳かもしれないぐらい、小さな声だった。

 でも真央の話を聞いていた私は、それが空耳じゃないと理解していた。


 どうやらお祓いが必要なのは、私の方みたいだ。

 きっと真央は、もう手遅れだろう。



 私はどこか冷静な頭で考えながら、テーブルの上に手を伸ばした。





『危険な独り言』

 ・誰もいないところでつぶやく。

 ・テレビに向かったり、ぼーっとしている時だったり。

 ・それは別に構わないのだが、もしも独り言に対して声が聞こえたら返事をしてはいけない。

 ・その声の主が、いいものだとは限らないのだから。

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