呪われたペン
少し前に、名前を書くだけで人が殺せるノートを題材にした漫画が流行っていた。
映画、ドラマ、その全てを僕は見た事がある。
そしてそんな僕は、そのノートと同じ力のあるペンを持っている。
嘘でも妄想でもない。
そのペンで人の名前を書くだけで、人を殺せるのだ。
どうして、こんなものを手に入れたのか。
それは、一週間前に溯る。
僕はいわゆる、いじめられっ子というものだ。
暴力はなかったけど、無視をされたり物を隠されたり、そんな子供じみたことばかりをされていた。
それが続けば精神的にも限界になりそうで、学校に行くのも苦痛になった。
それなのに休みたいと言えば、何でなんだと親は怒る。
どこにいっても僕の味方はいなくて、絶望しかなかった。
いつしか頭の中には、自殺という言葉が浮かんでくるようになる。
いまだに実行できてはいないが、その時はもしかしたら死んでいてもおかしくなかった。
俯きながら歩いていた時にペンを見つけていなかったら、どこかのビルの屋上にでもふらふらとのぼってしまった可能性はある。
だからペンは、僕にとっての救世主だった。
道端に落ちていたそれを見つけた時、最初は素通りしようとしていた。
しかし何故だか妙に気になってしまい、いつしか手に取ってしまった。
「何だこれ。薄汚れているし、誰の落とし物なんだろう」
全てが真っ黒で、メーカー名は書いていない。
隅から隅まで見てみるけど、何の情報も無かった。
薄気味悪さを感じながらも、僕はペンをポケットにしまいこむ。
何だかポケットに入れたおかげで、心強い気持ちになってきた。
この時はペンの効果なんて知らなかったのに、すでにその魅力にとりつかれていたのかもしれない。
家に帰った僕は、ポケットからペンを取り出し机に置いた。
「持ってきちゃったけど、どうしよう。きっと盗難届とかは出されていないだろうから、捕まりはしないよね」
今更になって怖くはなったけど、捨てたくはない。
だから僕は、それをじっくりと眺めてから使う事にした。
しまい込んでいた真っ白なノートを広げて、僕はペンの蓋をあける。
「さて、何を書こうかな」
僕は腕を組んで考える。
何を書こうかなんて、全く思い浮かばなかった。
それでも頭を思い切り使って、結局。
「『斎藤健』……と」
理由は無かったけど、僕をいじめている人の名前を書いた。
そして書いた後は、嫌な気持ちになってノートを勢いよく閉じる。
「本当、死ねばいいのに」
吐き捨てるように言えば、切実な響きになってしまった。
それでも書いて、少しはすっきりとした。
僕は良い気分になりながら、明日も頑張ろうと思った。
そして次の日。
学校に行った僕は、驚いてしまった。
信じられない事に、昨日ノートに書いたいじめっこが死んでいたのだ。
何ていう偶然があるものなんだ。
僕は制服の中に入れていたペンを、服の上からおさえた。
まさかノートに名前を書いたせいで、死んだなんて事はないよな。
嫌な考えが浮かんだが、僕はその日違う人にいじめを受けたせいで、すぐに考えていられなくなった。
いじめでペンは盗られなかったけど、それ以外の教科書やノートとかがびりびりに破かれた。
僕は家に帰って、それをテープで直しながら涙を流す。
一人が死んだとしても、救われないのか。
そう思ったら、どうしようもなく怒りがわいてきて。
「死ね。死ね。死ね。死ね。みんな死んでしまえ!」
僕は恨みを叫んで、ノートにいじめてきた人の名前を書きなぐった。
教科書やノートを破った奴、それを笑って見ていた奴、何もしてくれなかった担任の教師。
怒りのままに書いていれば、クラスメイトのほぼ全員の名前でノートが埋まってしまった。
それを終わらせると、ある種の達成感が僕を包み込んだ。
名前を書いた奴に、何も起こらなくてもいい。
ただ呪う様にノートに書けただけで、満足だった。
僕はノートを閉じると、それを机の引き出しの奥底にしまい込む。
さすがに、これを親にでも見られたら色々とまずい。
だから鍵をかけて、その鍵をベッドの枕の下に入れた。
これで、もう安心だ。
僕はすっきりとして、その日は気分よく眠れた。
次の日、また驚く事が起きた。
僕が起きた時から電話をしていたお母さんが、驚いた顔で近づいてきたのだ。
「大変なの! あなたのクラスの子達や担任の先生が、昨日死んだって大騒ぎよ!」
「へ?」
すぐに何を言っているのか分からず、間抜けな声を出してしまった。
そんな僕の肩を強く掴んで、勢いよく揺すってくる。
あまりにも強いから、段々と気持ち悪くなってきた。
「今、他のお母さんから聞いて驚いたわ! 今日は学校お休みらしいから、ご飯は自分で何とかしなさいね。私はちょっと出かけてくるから」
言いたいだけ言い残すと、まるで嵐の様にお母さんは家を出て行ってしまった。
パジャマという間抜けな姿で取り残された僕は、しぶしぶ冷蔵庫を開けて中を覗き込む。
「何も無いじゃん。どれを食べていいんだよ」
おかずでも用意していてくれたのかと思ったら、ご飯すらも無い。
まさか、ここまで何もしてくれていないとは。
イラッとはしたけど、それよりも別の事で頭がいっぱいになっている。
クラスメイトや担任は、昨日僕がノートに名前を書いたから死んだのだろう。
ノートには何の意味も無いはずだ。あれは五冊まとめて売っていた物を買った時の、残りの一冊だから。
そうなると、原因はペンしかない。
僕はてきとうに朝ご飯を食べると、自分の部屋にこもる。
そしてペンを取り出すと、まじまじと眺める。
どこからどう見ても、普通のペンだ。
だけど僕は、これにとてつもない力が秘められているのを知っている。
「ふはっ、はははっ、あはははははははははははっ! 凄い! これがあれば、僕を邪魔する奴は全員排除できる! あははははははははははははは!」
家に誰もいないのをいい事に、耐えきれなくて大きな声で笑ってしまう。
もう僕のこれからの人生は、チートというものなんじゃないだろうか。
邪魔な奴を排除して、しかも証拠は残さない。
あの殺人ノートの主人公みたいに神になりたいとは思わないから、警察とかにマークされる事も、そうそう起こらないだろう。
というか普通は、そんなペンで人を殺せるなんてありえないから疑われもしないはずだ。
何て素晴らしいものを、僕は拾ってしまったのか。
これからはいじめられっ子なんていう、敗者の道じゃない。
輝かしい未来が、待っているんだ。
「……そうだ。死んだ奴等の家に行って、どんな事になっているのか見に行こう」
そうと決まれば、さっそく出かけよう。
僕はいつもよりもウキウキしながら着替えると、それぞれの家へと向かった。
「あー。傑作だった」
僕は死んだ人全員の家に行って、家族の悲しみの顔を見た。
それは良心が痛むというよりも、笑えて仕方のないものだった。
みんなみんな、僕のことをいじめるのが悪いんだ。死んだって仕方がない、くそ野郎ども。
みんな天罰が下っただけ。
そう思えば、自然と家へと帰る足取りもスキップになってしまう。
早く家に帰って、次はペンで誰の名前を書こうか。
殺したい奴は、他にもたくさんいる。
そいつらをすぐに殺してもいいけど、徐々に一人ずつでも面白いかもしれない。
想像するだけで、笑いが止まらなくなる。
そんな僕を変な目で見てくる人がいるけど、気にしない。
ペンの力を持ってすれば、みんなゴミみたいなものだ。
そうやって馬鹿にしたいなら、勝手にすればいい。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい」
家に帰ると、お母さんの声が出迎えた。
たぶん出かけたのはパートじゃなく、ただ噂話をしに行ったからなんだろう。
ただそれだけの為に、僕の朝食をきちんと用意しないなんて。
あんまりこういう事が続けば、書く対象に入れてやろうか。
そう考えながら、僕は部屋へと向かう。
さて、ペンをもっとちゃんとした所に隠さなきゃ。
ウキウキとした僕だったが、机の上を見た途端、その気持ちが一気に冷めた。
無い。ペンが無い。
家を出る前は、確かに机の上に置いたのに。
周りを探しても無いことを確認した僕は、その可能性に思い至って、一気に背筋が寒くなりリビングへと向かった。
「母さん!」
「ど、どうしたの。そんなに慌てて」
転がるような勢いで、リビングの扉を開けた僕を、お母さんは驚いた顔で見てくる。
でもそれよりも、もっと重要な事があり構っていられなかった。
「僕の部屋にあったペンあったでしょ! それ、どこにやったの?」
絶対に、犯人はお母さんだと確信があって聞いた。
「あー、ごめんなさい。ペンが無くて、ちょっと借りちゃった」
そうすれば、やっぱりあっけらかんと認めてくる。
僕はその手にペンがあるのを見て、足音荒く近づいて取りあげた。
「ペンなら他のを貸すから! ……ね、ねえ。もしかして、それこのペンで書いたの?」
文句を言おうとした言葉は、途切れてしまう。
それはお母さんの前にある、一枚の紙を見たから。
書類なのか細かい字の羅列があり、そしてその一番最後。
家族全員の名前が、フルネームで書かれていた。
僕はペンを持つ手が震える。
どうか否定してくれ。
そう願った。
「そうよ。何か駄目だった?」
しかし、現実は非情で。
力が抜けて、持っていたペンが床に落ちる。
お母さんがさらに何かを言っていたが、僕の耳には入らなかった。
ペンで名前を書いてから、どのぐらいで死ぬかは分からない。
でも僕はもう、明日を迎えることは出来ないだろう。
実際には、ペンに何も力が無ければいいのに。
人を殺したくせに、死が怖い僕はそんな事を考えていた。
『呪われたペン』
・そのペンで名前を書くと、書かれた人は死ぬ。
・復讐などに使ってもいいが、取扱い注意。
・保管に気をつけないと、他の人に使われる可能性がある。
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