何でも知っている友達


 私には、あまり人には知られたくない趣味がある。

 そこまで恥ずかしいものではないと思うけど、それでも誰にも話した事は無かった。


「ただいまー! 今日も疲れたよー!」


 それは部屋の中をぬいぐるみでいっぱいにしてデレデレとしている、こんな顔を見せるなんて絶対に考えられないからだ。





 小さい頃からぬいぐるみを集めるのが好きだったのだが、成人してからもその熱が冷めることは無かった。

 テーマパークや雑貨屋、その他色々なところで徐々に買っていったせいで、たまに遊びに来る妹が引くぐらいの量にまで増えてしまっている。

 それでも、どれかを捨てるなんて酷い事を出来る訳もなく、今現在も増えていっている状態だ。

 家族は冷めた目で見てくるけど、私のお金で買って誰にも迷惑をかけていないのだから、放っておいてほしい。


「聞いてよ! 今日もあのクソ上司がね!」


 それに私の愚痴を聞いてくれるおかげで、今までこうして元気にやってこられたのだ。もう手放すなんて無理。

 私は小さい頃からのお気に入りの一つである、クマのぬいぐるみを抱きしめて、溜まっていたものを吐き出す。

 今日は本当にムカつくことがあったせいで、いつもよりも長く上司の悪口を言ってしまった。


「あー、すっきりした! 今日も聞いてくれて、ありがとうね!」


 でも言い終わった後はすっきりするから、止められない。

 私はぬいぐるみにお礼をして、大きく伸びをしながら立ち上がる。


「さて、ご飯でも作るか」


 これが私の秘密であり、今まで誰にも言った事の無い趣味だった。





 それを変えようかと思うきっかけになったのは、産まれて初めての恋人が出来た時だった。

 彼はとても素敵な人で、私にはもったいないと思うほど。

 しかし一つだけ、問題があった。


「昔に色々あって、ぬいぐるみとかが苦手なんだよね」


 数回目のデートで言われた言葉に、私は衝撃を受けてしまった。

 何て事だろう。まさか大好きな彼が、私の大好きなものを苦手としているだなんて。

 彼の言葉に何て返したか分からなかったけど、ぬいぐるみを持っている事は話せなかった。


 彼とのデートを終えて、家に帰って来た私は部屋を見てため息を吐いた。

 そこには家を出る前と変わらず、ぬいぐるみが私を出迎えていて。


「……どうしよう」


 また大きなため息を吐いて、私はゆっくりとぬいぐるみに近づいた。

 つぶらな目で見てくる子達は、みんな可愛い。

 だけど今まで程の、大きな感情を抱く事は出来なくて。


「ごめんね。少しの間だけだから」


 私は謝りながら、ゴミ袋を取り出してぬいぐるみを中へと入れた。

 明日は彼が、私の家に遊びに来る。

 だから来ている間だけは、押し入れの中に隠しておこう。

 そう思っての行動だった。


「明日が終われば、すぐに出してあげるからね」


 何度も謝って全部入れると、一つの袋じゃ足りなくて。

 結局、三袋を使ってしまうほどの量だった。

 私は押し入れの中にそれを詰め込むと、もう一度謝る。


「本当にごめんね。我慢していてね」


 見つめてくるぬいぐるみの視線が怖くて、視線を逸らしながら扉を閉めた。





 次の日。

 彼が初めて私の部屋に来るという事で、朝からものすごく緊張していた。

 掃除は何度もしたし、ふるまう予定の料理の下ごしらえもばっちりだ。

 あとは彼が来てくれれば。

 私はそわそわした気持ちで、インターホンが鳴るのを耳を澄ませて待っていた。


 ピーンポーン


「わ、来た!」


 部屋にインターホンの音が鳴り響き、私は驚いて少し飛び上がってしまった。

 それでもすぐに玄関の方に走って、彼を出迎えた。


「ど、どうぞ」


「……おじゃまします」


 扉を開けると、彼はお菓子やジュースの入ったコンビニ袋を掲げて立っていた。

 私は少し緊張しながら、中へと招き入れる。

 照れ臭そうに頬をかくと、彼は靴を脱ぐ。

 私もつられて照れてしまい、顔が赤くなるのを感じながら部屋へと案内する。


「汚いけど、気にしないでね」


「いや全然汚くないよ。すっごい綺麗」


 一応、謙虚に言うと否定の言葉が返って来る。

 私は褒められて内心でガッツポーズしながら、クッションに座るように勧めた。

 彼は素直に座り、興味深げに周りを見る。


「あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」


「いや。何か女の子の部屋に入るのは初めてなんだけど、結構シンプルだね。もっと、ごちゃごちゃしているのかと思っていた」


「もー、何か失礼なんですけど」


「ごめんごめん。綺麗だって、褒めているだけだよ」


 くだらないやり取りをしながら、買って来てくれたお菓子をつまむ。

 そして約束していた私おすすめのアクション映画をつけると、たまに感想を言いあいつつも画面に集中していた。


 その後、夕食も美味しいと喜んで食べてくれて、私は満足だった。

 今日は泊まりの予定じゃないから、終電が無くなる前に彼は帰ってしまう。


「今日は楽しかった。今度は泊まりたいな」


「うん。次は泊まりに来て。ご飯も映画も、もっといいのを用意しておくから」


「うん、楽しみにしてる。じゃあ、また」


 玄関で名残惜しく話をしていると、彼はおでこにキスをしてくれた。

 あまりこういった事をしてくれるタイプじゃないから、私の顔は一気に熱くなった。

 そして照れ隠しに、軽く腕を叩く。


「もう。恥ずかしいよ」


「ははっ、顔真っ赤。これ以上したら、帰りたくなくなるから。もう行くね」


「またね」


 私の反応に笑いながら、彼は帰っていった。

 その姿が曲がり道で消えるまで見送ると、私は急いで部屋の中へと戻った。

 そして一直線に押し入れの所まで行き、ぬいぐるみの袋を三つ取り出した。


「ごめんねー! 狭かったよね!」


 私はぬいぐるみに謝りながら、必死にいつもの場所に並べる。

 何だかぬいぐるみも悲しそうな顔をしているように見えて、余計に申し訳ない気持ちになった。

 全部並べ終えると、私はお気に入りの一つに抱き着いて、頭をぐりぐりと押し付ける。


「彼もぬいぐるみが好きならいいんだけど、そうじゃないからね。これからも遊びに来るときは、押し入れの中に入れるけど、ちゃんと出してあげるから」


 色々と言って満足すると、私は後片付けをするためにぬいぐるみから離れた。





 それから、彼は何度も私の部屋に遊びに来た。

 そのたびにぬいぐるみは押し入れに詰め込まれ、彼が帰ると元の場所に戻す、という一連の流れを繰り返す。

 最初の頃は良かったけど、私は段々と面倒くさくなってきた。

 いちいち、袋に入れたり出したりするのは大変だ。

 それを最低でも週に一度はやっていて、うんざりしていた。


 そうなると、ぬいぐるみを詰め込んだまま放置するようになってしまった。

 出そうとは思っているのだ。

 だけど疲れていたり次の日が早かったりすると、どうしてもやれなかった。

 そのせいで、もう何日もぬいぐるみの姿を見ていない。

 でも人間というのは慣れてしまうもので、その状況に違和感が無くなってしまった。

 前まではぬいぐるみに愚痴を言ってストレス解消をしていたけど、その役目も今は彼に変わっている。


 ぬいぐるみが無くても、私の生活は成り立ってしまっていた。


「そろそろ、捨てようかな。もしかしたら、同棲とかするかもしれないしね。ふふ」


 捨てるのはかわいそうだけど、彼との今後を考えれば仕方が無いと思うしかない。

 私は今度の休みに、全て捨ててしまおうと頭の中で計画を立てた。





 ぬいぐるみを捨てるのは、案外簡単だった。

 あまりにも呆気なさ過ぎて、何だか拍子抜けするぐらい。

 私は本当にすっきりとしてしまった部屋を眺めて、寂しさを感じていた。

 それでも夜に来る彼の事を考えれば、そんな気持ちも吹っ飛んでしまう。


 ぬいぐるみを置いていた場所には、これから何を置こうかな。彼と休みの日に、買いに行くのもいいかもしれない。

 そうして、いつしか私の中にはぬいぐるみの事が消えていた。



 おかしい。

 彼と約束した時間になっても、インターホンが鳴る気配が無い。

 もしかして、電車が遅れたのかな。

 私はそう思って調べてみたけど、そういった情報は出て来なかった。

 それじゃあ、どうして?

 何度も連絡を入れても、返事が無い。

 事故にでもあったんじゃないかと、不安になって何度も何度も連絡をした。


 そうすると、ようやく彼は出てくれる。


「もしもし! どうしたの? 何かあった?」


 出たと同時に、私は必死に彼に呼びかける。

 心から心配しての言葉だったけど、返って来たのは辛辣な言葉だった。


『SNS見たよ。君がそんな事思っていたなんて、知らなかった。もう別れた方が良いよね、二度と会わないよ』


「えっ? えっ? どういう事?」


 私は戸惑ったまま、彼は一方的に吐き捨てると電話を切った。

 何が何だか分からず、電話をかける。

 でも着信を拒否したのか、繋がりもしない。


「何で?」


 急にどうして、あんな事を言い出したのか。

 ついこの間まで、ラブラブだったのに。


 呆然としていたけど、私は彼の言った言葉を全部覚えていた。

 SNSを見た。

 彼は確かにそう言っていた。

 だから、それを見れば答えはある。


 私はノロノロとスマホで、自分の名前を検索した。


「何……これ」


 そして更に驚く。

 私の名前で検索して、一番上の候補に挙がったのは、全く身に覚えのないアカウントだった。


 でもそこに投稿されているのは、私の周りにいる人達の悪口ばかりだった。

 上司、家族、友人……そして彼氏。

 そしてそれは、私が今までに言ったことのあるもの。

 しかし、誰にも聞かれているはずがなかった。


「どうしてどうして!? まさか!」


 ……ぬいぐるみを除いては。


 初めはその考えが、あまりにも馬鹿らしいと思った。

 だけど、それ以外に説明ができない事も確かで。

 私は一気に、顔が青ざめた。


 今まで一緒にいたのに、彼という存在ができてから、雑に扱ってしまった。

 そして今日、とうとう捨ててしまったのだ。

 どうやってこんな事をしたかは、全く分からない。

 だけど、ただ一つ確かなのは、私にはどうしようもないという事実だけだった。

 捨ててから半日は過ぎていて、見つけるなんて不可能。



 だから、ぬいぐるみ達の気が済むまで、私の罪は許されない。





『何でも知っている友達』

 ・ぬいぐるみやペットに、秘密や誰かの悪口を話す人は多い。

 ・大事にしているうちは何も無いが、酷い事をした途端、その情報を使って復讐をされる。

 ・物を大事にさせるための、創作話という噂もある。

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