短時間異世界旅行

 夜中にトイレに行くのが、どうにも苦手だった。

 暗い中で歩き、そして帰る。

 その一連の流れをしたくなくて、夜寝る前にはあまり水分をとらないようにしているんだけど。

 たまに、どうしても行きたくなる日がある。

 我慢しようと思っていても、やはり生理的なものだからそれも無理だった。


 今日も、そうだった。

 私は夜に目が覚めると、トイレに行きたくなる衝動に襲われた。

 しかもタイミングが悪い事に、寝る前にホラーを見てしまっていた。

 その映像が頭の中に浮かんでは消えて、更に行きたくなるけど、そのまま寝る事も出来なそうだった。

 仕方なくスマホを手に取り、ライトをつけた。

 それだけでも十分で、電気をつけなくても良さそうだ。

 いちいち明かりをつけたり消したりするのも面倒だから、それは助かった。


 私は明かりで足元を照らすと、トイレへと向かう。

 部屋の電気をつけていないせいで、何だかいつもとは違う。

 それは私の恐怖をあおって、自然と速足になった。

 すぐにトイレに入って済ませると、温かいベッドが恋しくて走る。

 そのせいで歩いている途中で、何かにぶつかってしまった。

 スマホの明かりがあったはずなのに、どうして見えなかったんだろうか。

 そう思って、その方向を照らした。


「き、きゃあああああああああああああああああ!」


 私の口から、叫び声が出てしまった。

 照らされた先は、私の部屋ではなく見知らぬ誰かの部屋。

 そこには、たくさんの人の首が綺麗に並べられ置かれていた。

 老若男女とわず、生気の抜けた目は恐ろしくて。私は本物にしか見えなくて。

 叫び声と共に、私の意識は途切れた。





 次に目が覚めると、私はベッドに寝ていた。

 慌てて周りを見れば、そこは私の部屋で。

 安心すると同時に、体の力が抜けて涙があふれた。


「よ、良かったあ。夢だったんだあ」


 あんな、たくさんの首。

 誰だかは分からないけど、一体何であんな事になっていたのか。

 夢だったとしても、恐怖はまだ残っていて。


「トイレなんか行ったから、あんな夢見ちゃったんだよ。もう行きたくない。っていうか、どこから夢で現実だったんだろう」


 ベッドで寝ていたという事は、そこまでは戻って来たんだろう。

 全く覚えていないけど。

 それならトイレに行った事すら、夢だった可能性もある?

 そうだとしたら、あまりにもリアルだった。

 自分の想像力の豊かさに、驚いてしまうぐらいだ。


「まあ、もう忘れちゃおう! いつまでも考えていたら、気持ち悪くなっちゃうもんね」


 私はもう会社に行かなきゃいけないのを確認して、ほっぺを何度も叩いた。

 そうすれば、気持ちがリセットされたような感じがする。


「あ、やば。そろそろ準備しなくちゃ遅れる!」


 そしてベッドから起き上がると、急いで準備を始めた。

 バタバタとしていた私は、スマホにぶつかって落としてしまう。

 傷がついていないか確認していると、昨日の夜中に撮ったらしい動画あった。

 でも今は中身が何なのか、確認している時間は無い。

 私は気になりつつも、スマホをカバンにしまって家から出た。





 会社の昼休み。

 近くのカフェで二人の同僚とランチを食べていて、私達は世間話をしていたのだけれど、ふと私は昨日今日の事を思い出して相談という形で話してみた。


「へー。生首の夢と、撮ったはずの無い動画ねぇ」


「怖いね。その動画は、まだ見ていないんだよね? 今から、見てみようよ!」


 二人共、興味を持ってくれたみたいで、体を乗り出して聞いてくる。

 私はそこまで食いつくとは思わず、少し苦笑いをしながらスマホを取り出した。


「それじゃあ、見てみようか」


 まあ、一人で見るよりも怖くなくていいか。

 そう考えて、私はその動画を再生する。


 真っ暗な画面、何も聞こえない。

 それが延々と続き、そして終わる。

 一分にも満たない動画は、そんな中身だった。


「なーんだ。寝ぼけていて、撮っただけなんじゃないの!」


「全く! 期待して損したよ!」


 動画を見終えると、ブーイングの嵐だった。

 私もまさかこんな中身だったとは思わなかったので、ガッカリしたのは同じだ。


「ごめんごめん。私もこんなのだと思わなかったの。寝ぼけて撮ったのかあ。消しとこ」


 拍子抜けしながら、私は動画を消した。

 簡単に消せて、特に何か変な事が起こる気配も無かった。

 夢と関係していたんじゃないかと少し思っていたから、その予想も外れてしまったみたいだ。

 私が寝ぼけて撮った動画を、こんなにも恐ろしいと勘違いしていただなんて。


「もう少し、面白い展開になるかと思っていたんだけどね。まあ、無事なら良いか」


「そうだね。前に噂で流行った呪いの動画だったら、あなた死んでいたかもしれないからね」


 二人も励ましなのか分からない言葉をかけてくれたので、とりあえず怒っていないみたいで良かった。

 そんな話をしている内に、昼休みの時間も終わりかける。

 私達は、慌てて残っているご飯を口の中に詰め込んで、会社へと戻った。





 まさか同僚と飲みに行くとは思わず、私はふらふらとした足取りで玄関を開けた。

 あまりお酒は強くないのに、しこたま飲まされてしまった。

 休みだから良いけど、明日は絶対に二日酔いだろう。

 薬は確か冷蔵庫にあるし、インスタントの味噌汁もあるから何とかなると信じたい。

 私は化粧を落としてパジャマに着替える事だけはすると、ベッドへと入った。

 そしてすぐに眠りについた。



 辺りが暗い中、私の目が覚めた。


「んん。……トイレ、行きたい」


 少し頭がくらくらするけど、気持ち悪さは無い。

 だからふわふわとした気持ちのまま、ベッドから出た。

 アルコールで酔っ払っているから、昨日みたいに怖いという気持ちは全く無かった。


「うふふ。くらーい。はやくいこーう」


 自分でも何が楽しいのか分からないけど、笑いが止まらない。

 そのまま楽しい気持ちでトイレへと行くと、テンション高くベッドへと戻ろうとした。

 しかし何かの違和感があり、立ち止まる。

 今日はスマホを持ってきていないから、明かりで照らす事は出来ない。


 私は酔いがさめるのを感じながら、手探りで部屋の電気のスイッチを探した。

 それはすぐに見つかって、私はすぐにそれをつける。

 カチッ。そんな小気味のいい音と共に、一気に周囲が明るくなった。

 突然のまぶしさに目が慣れなくて、何度か瞬きをすると徐々に見えるようになってくる。


 しかし見えなかった方が、良かったのかもしれない。

 私の目の前には、見覚えのある景色が広がっていた。

 たくさんの生首。それが整然と並べている部屋。

 私はその中に立っていた。


「ひぃっ!」


 昨日よりも出てきた悲鳴は小さかったけど、それでも部屋の中に響いた。

 私は口を手で覆い、吐き気と悲鳴を飲み込んだ。


 これは夢だ。

 夢だからきっと目が覚める。

 そう考えて安心しようとしても、目の前の恐怖は軽くならなかった。

 今回は意識が飛ばないから、ここから逃げだせない。

 気持ち悪さ、変な臭い、視界に入る顔の数々。

 私は早く目を覚まそうと、自分の頬を勢いよく叩いた。

 痛さから起きる事が出来ないか、試してみた。


 しかし痛いだけで、それ以上の何かが起こる気配はなかった。


「何で、早く目を覚まして! お願い! お願い!」


 私は怖くて涙を流しながら、声がかれるまで叫んだ。




 そして、そのせいで気が付かれてしまった。


「あー、もう。うるさいと思ったら、どこから来たの?」


 私の左側にある部屋の扉から、一人の男が入ってくる。

 それは、同年代ぐらいの普通の男の人だった。

 あくびをしながら私を見ると、首を傾げる。


「鍵はかけたはずだけど。そういえば昨日も夜に、誰か入ってきたんだよな。もしかして君なのかな? それじゃあ、幽霊とかそういうの?」


 彼は大きく口を開けて、もう一度あくびをするとこちらに近づいてきた。

 何故か私は動く事が出来ずに、目の前まで来るのを呆然と見ている事しか出来なかった。

 彼は私の体をペタペタと触ると、何やら満足げな顔をする。


「でも触れるんだよな。それじゃあ何なんだろう? ……ま、良いか」


 そして、どこから取り出したのか光るものを取り出した。


「僕のコレクションに加えてあげるよ」


 最後に私が見たのは、楽し気に笑いながら腕を振り上げる男の姿だった。





 仕事先の同僚がいなくなり、数日が経った。

 駆け落ちやら蒸発やら、色々な情報が流れたが私達は信じられずにいた。

 前日にカフェでランチをした時には、全くそんなそぶりは無かったのに急にどうしてこんな事に。

 私達は信じられない気持ちのまま、部屋の片づけをするために彼女の部屋に行った。

 脱いだまま放置してあるスーツ、布団がめくれ上がったベッド。

 まるで今にも帰ってきそうな様子なのに、彼女だけがいなかった。

 私達は暗い気持ちで、片づけをする。

 彼女の両親は涙を流して、部屋に入れないと言っていた。


 どこかに消えるなんて、そんな事をする子じゃなかったとも。

 私達も同感だったけど、でも現にこんな事になってしまっている。

 知らない一面があった。

 そう思うしかないのか。


 お互いに無言で部屋を片付けている時、私はある物を見つけた。

 それは彼女のスマホだった。

 これを置いていくなんて、やっぱり何かあったんじゃないか。

 そうは思ったけど、急いでいたのかもしれない。


 私はふと、スマホの電源をつけた。

 そして、気が付けば動画を再生していた。

 それは彼女がいなくなる前に、見せてもらったものだった。

 あの時は何も聞こえなかったけど、何故か勝手に手が動いた。そして音量を上げる。


 そうすれば、この前見た時には分からなかったものが聞こえて来た。


『ア……たすけてぇっ……かえりたいかえりたい……い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼』


 私はそれを聞いた途端、スマホを投げつけた。


「わっ⁉ 急にどうしたの?」


 少し離れた場所で片付けていたもう一人の子が、驚いた顔で私を見てくる。

 今会った事を話そうと、投げてしまったスマホを探すけど見当たらない。


「えーっと、ごめん。何か虫と見間違えた」


「もー、驚かせないでよ」


 だから私は、スマホは元々なくて自分の見間違えだったと思う事にした。

 きっと、疲れているんだ。


 さっき聞こえた声が、いなくなった子に凄く似ていた気がしたけど、それも疲れているせいだ。

 絶対、そうに違いない。





『短時間異世界旅行』

 ・夜中に目が覚めてトイレに行きたくなることは、誰にでもある。

 ・暗い廊下、少しの明かりを頼りに行った後、帰ろうとすると違和感。

 ・今いる場所は、本当にあなたの知っている所なんだろうか。

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