死の生放送

 インターネットで動画を見るのは、俺の趣味の一つである。

 男でも女でも、興味のある内容だったら関係ない。面白いものであれば、なんでも良かった。

 その中でも特に、生放送を見るのが好きだ。

 なんでかと言うと、生の方がコメントを拾ってくれるし、臨場感がある。

 だから興味があれば、深夜まで見てしまうこともしばしばある。


 最近のお気に入りは、とある男性が放送しているものだ。

 活動名は『ザ・ダ』という、どういう経緯でつけたのか不思議な名前。

 ジャンルは主にゲームの実況。

 たまにくだらない遊びもしていて、それもまたいい。

 ほぼその人のしか見ていないと言っても、過言じゃないぐらいだ。

 今日も嫌なことはあったけど、彼が生放送をするという情報を得ているのでテンションは高かった。

 今回はどのようにして、楽しませてくれるのか。

 放送を開始するのは、0時ちょうどだから家に帰ってからもまだまだ時間があった。

 どことなくそわそわしながら、風呂とご飯を終えて他の動画を見ながら暇を潰した。





 そうして、とうとう開始まで五分前までにせまった。

 俺はパソコンの前に陣取り、長時間の放送のための準備をしていた。

 お菓子、飲み物、好きなものを手の届く距離において、クッションを使っていいポジションにする。

 そうして完璧な感じにすれば、もう少しで開始の時間になった。

 今回は、前情報がなかったからワクワクしている。

 ゲームを実況してくれるのか、それとも他の何かをするのか。

 どちらにしても、楽しいことは確信している。


 時計を見て時間になったのを確認すると、俺はURLをクリックした。

 少しの読み込みの後に、すぐに画面が切り替わった。

 そして放送主のザ・ダが、いつもの様に笑顔で手を振っているのが映る。


『はーい、どうも! こんばんは!』


 彼の後ろの風景は、見覚えがあるから彼自身の部屋だ。

 それなら今日はゲーム実況ではなく、別の何かをするのか。

 周りには何もなさそうだけど、これから用意するのだろう。

 俺はそんなことを考えてから、コメントを打つ。


『こんばんは。久しぶりの生放送、楽しみにしていました』


 こういうのでは、あまり汚い言葉は使わない主義だ。

 他人行儀に見える可能性もあるが、丁寧な方が好印象を持ってもらえると思う。


『お。時間帯が遅いから見てくれる人少ないかと思っていたけど、結構いるんですね。わざわざ、ありがとうございます!』


 彼の言う通り、開始して数分しか経っていないのにもうすでに五百人を超えている。

 それだけ人気があるというわけだ。

 コメントもどんどん投稿されていって、俺が打ったものもすぐに流れていってしまった。


『前情報なしに、今回の放送を始めたんですけど。実はみなさんに申し訳ないのですが、放送を見ている人が三千人に達するまで企画している事を実行しません。そういうわけなので、人数がいくまでは雑談で間を持たせようと思います』


 面白いコメントを追っていると、彼がとんでも無い事を言い出した。

 何をやるのかは秘密だし、千人を超えるまでは始めない。

 まさか、そんな無茶苦茶な。


 俺でもそう思うぐらいだから、コメント欄はにわかに荒れだす。


『何言っているんだよ』


『こんな時間から三千人とか無理。さっさと始めろ』


『ファン辞めます』


 さすがに言い過ぎなのもあったけど、それでも擁護する声はなかった。

 ザ・ダはコメントを読んでいるのか目線が画面から逸れると、苦笑した。


『まあ、そう言われるのは予想済みです。でもみなさん、俺の話を聞いて下さい。もしも三千人集まったら、みなさんが今までに見たことのない素晴らしいものを披露します。ここで離れる人がいたとしたら、絶対に後で後悔するはずです。どうして、こんなに素晴らしいものを見逃したんだってね。今回の放送は、俺の全てをかけています。だからファンの皆さんには、最後まで見届けて欲しいです。よろしくお願いします』


 そして真剣な顔で言うと、画面越しに深々と頭を下げた。

 その姿に心を動かされた単純な人は、俺だけでは無かった。


『そこまで言うのなら、集まるまで付き合います』


『私、SNSで拡散してきます!』


『これで、もしも人が集まらなかったり、面白くなかったら引退だな。……知り合いに見るように、連絡取ってくるわ』


 天邪鬼みたいなコメントもあったりした中、どんどん視聴者数が上がっていく。

 このペースでいけば、三千人もいけるかもしれない。

 それは他の人も思ったらしく、更に人を集める動きが高まった。


 これは今までに無い位、人が集まりそうな予感がする。

 増えていくペースが、尋常じゃないぐらい速くなってきた。

 千人なんてすぐに超えて、もうすでに二千人にも近づいている。

 こんなにも集まるのは初めてだったから、ザ・ダの事も知らない人もいるみたいだ。


『なんか楽しい事をすると聞いたんで来ましたー』


『三千いったら始めるんだよね。楽しみ』


『あともう少しで、始まるね。何やっている人だか知らないけど、まさかくだらないものじゃないよね。そうだとしたら訴えるわ』


 そんなコメントも結構あり、元々ファンだった人の集客力は凄いと感心する。

 そうこうしている内に、三千まで百人を切った。

 コメント欄はもはやお祭り騒ぎで、場を繋ごうとしているザ・ダの雑談なんて聞いていない。

 ザ・ダの事より、人を三千人集める方に意識がいっている。

 それは俺も同じで、増えていく数字をただじっと見続けていた。





 そしてとうとう、三千人を超えた。

 その時のコメント欄は、お祝いの言葉で埋め尽くされて物凄いスピードで流れていった。

 俺も打ってはみたけど、すぐに他のコメントに埋もれてしまう。


『お。三千人いったね。まさかこんなに、はやいと思わなかった。協力してくれた人、ありがとうね』


 ザ・ダも視聴者の数が突破したのを確認すると、満足そうに頷いてそして笑顔で話し始めた。


『さて、みなさんお待ちかねの素晴らしいものをお見せしましょう。でもその前に、これから見せるのは十分ぐらいかかります。そして最初から最後まで、全部見て欲しいんです。だから途中でトイレとかに行くのは困るから、今のうちに済ませて下さい。それをコメントで確認して、大丈夫そうだったら始めます』


 そう言われると、俺は途端に尿意を催す。十分持たないわけじゃないけど、集中できない気がする。

 これは言葉に甘えて、トイレに行ってくるか。

 俺はそう考えて、座っていたクッションから立ち上がった。


「ふー」


 急いでトイレに行くと、俺は始まる前にと急いでパソコンの元に行こうとした。

 しかし、スマホの着信音がそれを止める。


「誰だよ。こんな時に。……げ」


 俺は文句を言いながらも、誰がかけてきたんだと名前を見た。

 そして嫌な顔をしてしまう。


 かけてきたのは、会社の上司だった。

 友達や彼女だったら出なくても良かったけど、この人は駄目だ。

 もしかしたら仕事でミスをしたのかもしれないし、大事な用件があるのかもしれない。

 俺は少しだけ考えて、そして大きなため息を吐いて電話に出た。


「もしもし」


 放送の続きが始まってしまうから、早く終われ。

 そう願いながら口を開くと、いやに冷静な声が聞こえて来た。


『もしもし。お忙しい所すみません。実は今日、連絡事項の中で抜けていたものがありまして』


 そこから十分以上もの間、上司からの連絡事項は続いた。

 俺はメモを取って聞きながらも、集中する事が出来なかった。

 電話をしながら見ようかとも思ったけど、音でバレたら上司に怒られるから泣く泣く我慢した。


 用件が終わり、俺は絶対に終わっているなと落ち込みながら、電話を切ろうとする。

 そして挨拶をして切ろうとした直前、上司が少し呆れた声で言ってきた。


『何にでも興味を持つのは良いけど、それは駄目だ。今回は一応助けたけど、次は無いからな』


「へ?」


 どういう事か聞き返そうと思ったのに、動いていた手を止める事が出来ずに切るボタンを押してしまう。

 彼は一体、何を言おうとしていたんだろう?

 通話が途切れたスマホを見ながら、俺は少し考え込んでしまったが、すぐに気持ちを切り替えてパソコンの方へと向かった。


「あー、やっぱり終わっちゃっているか」


 やはりすでに終わっていて、画面はザ・ダの楽しそうな顔で埋め尽くされていた。

 どんな事が流れていたのかと、俺はコメント欄を確認する。


『何だか言葉では言い表せないけど、すごかった』


『これはみなきゃ損』


『この放送を見に来れて良かったです』


 そこには興奮した様子の声があり、俺はまたため息をついた。


「どんなのだったんだよ。マジで見たかった」


 何であんなタイミングで、電話なんかあったのか。

 俺はやはり出なきゃよかったと後悔しながら、放送を見る。


『みなさん、見てくれてありがとう! たくさんの人に見てもらえて、本当に良かったです。さてここで、お知らせがあります!』


 ザ・ダは本当に楽しそうに笑っている。

 俺は何だかその顔に、薄気味悪いものを感じてしまった。

 すぐに気のせいだと思ったが、続く彼の言葉に背筋が固まる。


『今の映像を見てくれた三千人の方々。おめでとうございます! あなた達は完全に呪われました。残された少ない時間を、精一杯生きて下さいね』


「は? 何言ってんだこいつ」


 俺の言葉は、自然と震えてしまっていた。

 ただの冗談だとは、到底思えなかった。

 しかしコメント欄は、また荒れだしている。


『何言ってんの? 頭おかしくなった?』


『ただの冗談なんでしょ?』


『せっかく面白いものを見せてくれたのに、何か急に冷める』


 それを見ながら、俺はコメントを打つ事が出来なかった。

 俺が見ていない間に、何が流れたのかは分からない。

 だから、彼が冗談を言っているだけなのかという判断を下す材料はなかった。


『冗談だと思っている人は、それで良いよ。俺も最初はそう思ったから。信じる人にはアドバイスするね、この呪いを解く方法は一つ。今の映像を後でURLで公開するから、それを一週間以内に……えーっと、三千八百人以上に見せる事。以上です。頑張ってね』


 そうこうしている間に、放送が終わらされる。

 真っ黒になった画面を見て、俺は途方に暮れていた。

 きっと、この放送を見ていた人達も同じ気持ちだろう。


 しかし、どうせ質の悪い悪戯だろうと考える事を止めた。

 その後、例の動画のURLが貼ってあるのを見つけたけど、俺はそれをクリックする気にはなれなかった。

 一週間後、相次ぐ不審死のニュースが世間をにぎわせたが、少しの月日が経つと自然と忘れ去られた。

 だから、誰の心にもそれは残らなかった。





 少し疑問がある。

 あの後、会社に行った時に上司に電話の件を聞いたのだけど、その時間に電話なんかしていないと言われてしまったのだ。

 慌てて着信履歴を見たら、確かに残っていなかった。

 それじゃあ、誰から電話をされたんだろう。

 その答えは、いつまで経っても分からなかった。



 あれから俺は、一度も動画を見る事が無くなった。

 しかしそれが、現在も俺を生かしている理由なのかもしれない。

 確証はないけれど。




『死の生放送』

 ・動画サイトの生放送で、とある動画を流す。

 ・それを見た人は呪われ、一週間後に死ぬ。

 ・昔はやった呪われたビデオみたいに、助かる方法は人に見せる事。

 ・ただし自分が見た時に、一緒に見た数以上でないといけない。

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