口裂け女の子供


 何人かの友達と帰っていて、私はいつも最後の一人になってしまう。

 誰もいない道を歩いていると、たまに怖くなる時がある。

 少し薄暗い景色の中、そこから誰かが出てきそうで。

 何かが出て来ないように祈りながら、小走りで家へと帰る。

 怖がりすぎ。自分でも分かっているけど、それだけはどうしようもなかった。

 恥ずかしさはあったけど、一度一緒に家まで帰ってくれないかと頼んだ事がある。

 それなのに返って来たのは、爆笑だった。


「帰り道が怖いって、小学生かよ! 一人になる時間は、五分も無いでしょ。大丈夫だって!」


 笑いすぎて涙目になりながら、馬鹿にした感じで言ってくる。

 私はもう相談する気も起きなくて、仕方なく一人で帰り続けるしかなかった。





 今日も私は一人で帰っている。

 授業が終わるのが遅かったせいで、いつもより周りの景色が暗い。

 それが本当に怖くて、私は涙目になってしまう。


 誰も出てくるはずは無い。

 そう言い聞かせていても、どうしようもなかった。

 友達は、一人の時間は五分もないのだから大丈夫だって言っていたけど、その少しの時間だって嫌なのだ。

 頑張って小走りをしようと思っていても、足が震えてしまって上手く動かない。

 だから、いつもより余計に帰るのに時間がかかってしまう。

 しかも今日に限って周りにいっさい誰もいないのは、どれだけ私に運が無いのだろうか。


 外灯の明かりも点いてきて、道を照らし始める。

 そのせいで暗い所と明るい所がはっきりしてしまい、余計に恐ろしさが増した。

 こんなにも、家までの距離は遠かっただろうか。

 私が気づいていないから、誰かが道を長くしたんじゃないだろうか。何て、酷い事をする人がいるんだ。

 私はいもしない人物に、怒りを向ける。


 そうして歩いていると、ようやく家が見えて来た。

 その事にほっとして、私は震えがおさまってきた足を何とか動かす。



 しかしすぐに、その動きを止めざるを得なかった。

 私の家の前にある外灯の前に、誰かが立っているのだ。

 それだけだったら、別にまだ怪しい人判定をしてはいけないのかもしれないけど、その女の人は明らかにおかしかった。

 もう長袖でも肌寒い季節なのに、ノースリーブの白いワンピース。しかもボロボロで、汚れている。

 少し頭のおかしい人なのか、私は目を合わせないようにして通り過ぎようと考えていたのだけど、それもすぐに考え直した。


 その人が左手に持っている、ぬいぐるみみたいな何か。

 私にはそれが、本物の人間の様にしか見えなかったのだ。

 それはありえない考えすぎだったとしても、私はそのまま進む選択肢を選ぶわけが無い

 だからくるりと回れ右をして、私は音を立てないように気をつけながらも全速力で走った。

 後ろから追いかけてくる気配はない。

 それでも私は、人がたくさんいる近くのコンビニに行くまでは走るのを止めなかった。

 コンビニに着くと息を切らしている私を、店員さんをはじめとする数人の人が見て来たけど、すぐに視線はそらされた。

 私は安全になったと分かった途端、急に恥ずかしさが襲ってきて何でもない風を装った。

 そしてそのまま、私はお母さんがパートから帰ってくるまで、コンビニで時間を潰した。

 恐る恐る帰った時には、家の前に女の人の姿は無かった。





「それって、ひきこさんだよ! 絶対そうだよ!」


 次の日、友達の莉央に昨日の話をすれば、顔を輝かせて詰め寄ってきた。

 私は顔を引きつらせながら、彼女を落ち着かせようとする。

 それでも止まらずに、彼女は興奮した様子でさらに話だした。


「まさか実在するなんて! 私も見たかったな!」


「そんなにいいものじゃないよ……それに、ひきこさんって誰?」


「えー! 知らないの? なんかいじめられていた子が、復讐するために引きずってるとかそんな話だった気がする。だから放課後に一人で帰っていると、目の前に現れて捕まったら引きずられちゃうらしいよ」


「ふーん」


 その前に、まずひきこさんというのが誰なのか教えてほしい。

 だから聞いたのに、ものすごく驚かれてしまった。

 説明もしてくれたのだけど、ぼんやりとしすぎてよく分からない。


「そんなに有名なの?」


「有名だよ! 映画になっていたでしょ!」


 映画?

 そんなのもやっていたのか。

 私は全く知らなかった情報に、どんどん興味が湧いてくる。

 もしも昨日私が見た女の人が、そのひきこさんだったとしたら怖いけど凄いのかもしれない。


「少し前だったけどさ、口裂け女vsひきこさんみたいなのもやっていた気がする。私も観たことは、無いんだけどね」


 莉央も観たことがないのかよ。

 私はがっかりとした気分になる。

 まあ、私もやっていたのを知っていたとしても、観には行かなかったか。


「そういえばさ、口裂け女も久しぶりに聞いたわ。なんか小学生の時に流行っていたイメージ」


「確かにそうかも」


 口裂け女は一気に流行ったけど、急に聞かなくなってしまった。

 それまで何をしていたのだろうか。

 まあ、いるかどうかすら怪しいものだけど。


「でも最近、また話を聞くようになったけどね」


「ふーん、そっかあ」


 もういつの間にか、私の中に昨日の恐怖は無くなっていた。

 昨日の女の人も結局は、ただの普通の人を暗いせいで怖いと思ってしまっただけだろう。

 やっぱり莉央の言う通り、私が怖がり過ぎなだけなんだろう。


「口裂け女がいなくなって少ししたら、ひきこさんが流行りだしたんだよね。そういう噂って、誰が考えているんだろう」


「まあ、怖い話っていうのは次々と現れていくものだから。出元っていうのは、結局分からないものだよね」


 気がつけばいつの間にか、話の方向がずれていった。

 そうしてくだらない話をしているうちに、私の頭の中には昨日の事なんかすっかり忘れてしまっていた。





 莉央と別れて、一人の帰り道。

 昨日と同じぐらいの時間のせいで、また人が周りにいなかった。

 それでも怖い気持ちは特になくて、余裕を持ってゆっくりと歩いていた。

 莉央と話していて、怖い怪談の存在の出所なんて分からなけど、結局は作られたものだと思うようになった。

 それなら怖がっている方が、馬鹿らしい。

 誰かの創作話に振り回されたくはない。


 私はそんなことを考えながら歩いていた。


 そろそろ家が見えて来る頃だ。

 私は少しだけ、緊張してしまう。

 また、何かが出てくるわけなんかない。そう勇気を出して、歩みを早めた。

 そうして昨日と同じ場所に来る。

 家の前の街灯には、誰の姿も見えなくて。

 私はほっと肩の力を抜いた。








 その肩を、誰かに叩かれる。

 私は驚きから、一瞬息が止まった。

 いや、きっとお母さんや友達だ。だから怖がる必要なんて、無いんだ。

 後ろから何の声も聞こえてこないのを、頭の片隅に追いやって私はゆっくりと後ろを振り返った。


 そこには、昨日見た女の人が立っていた。


 私は今度こそ、呼吸が止まってしまう感覚に襲われた。

 近くで見た女の人は、やっぱり何かを持っていて。

 それはどう考えても、本物の人間だったからだ。

 ここにいたら、絶対に駄目だ。

 私はそれだけをすぐに思って、掴まれている手を外し逃げようとした。








 しかし振り返った先に、また女の人が立っていて出来なかった。

 その人は、薄汚れたコートを着ていて顔の半分を覆い尽くすぐらいの大きなマスクをしていた。


「ほら、ちゃんと捕まえておかないと逃げちゃうでしょ」


「ごめんなさい。気をつける」


「もう少しちゃんとしてくれないと、安心して一人に出来ないわ。私離れを、そろそろしないと」


 私を間に挟んで、突然行われる会話。

 それを聞きながら、莉央としていた話を思い出していた。


 最近、また出てきた口裂け女。

 彼女の噂が出なくなってから、現れたひきこさん。

 そして今の会話と、二人の雰囲気。

 その全てを合わせると、私の中で一つの答えが浮かび上がった。



 でもそうした所で、この状況が変わるわけもなく。

 私はどうすることも出来ないまま、二人に捕まってその場から連れていかれた。






『口裂け女の子供』

 ・口裂け女の都市伝説があまり聞かなくなって、少し経った頃ひきこさんの噂が出てきた。

 ・どんな経緯か分からないが、口裂け女が産んだ子供だという噂が。

 ・VSの映画もあったが、実際は人の捕まえ方を教えるぐらい仲がいいらしい。

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