太る二宮金次郎像

 私の通っている学校には、二宮金次郎像がある。

 だけど、授業参観に来たお母さんは像を見て言った。


「何でこれ、座っているの?」


 お母さんの話では、昔にあった像は立っていたらしい。

 それなのに、私の学校のは座っている。


 どうしてだろう?


 不思議だったから、先生に聞いた。

 そうしたら困った顔をして、秘密の話をしてくれた。


「昔は立っていたんだけどね、歩きながら勉強をしている姿が危ないっていう話になったんだ。像を見た子が、歩きスマホを悪い事だと思わなくなるっていう感じでね。だから座っている姿になったらしい」


 他の人にはあまり言っちゃいけないよ。そう言われたから、私はお母さんにしか話さなかった。


「最近は、何でも駄目って言うのね。まあ、それも時代のせいってやつなのかしら」


 お母さんは難しいことを言っていて、よく分からなかったけど私はとりあえずうなずいておいた。

 それから私は毎日、学校に行くと二宮金次郎を見に行った。

 理由なんてなかったけど、なんとなくあいさつをしていた。

 友達も先生も私の行動をおかしいと言ってきたけど、とりあえずは続けようと思った。





「おはようございます!」


 今日も私は、たくさんの木にかこまれている二宮金次郎の所に行ってあいさつをする。

 返事は無いけど、私は満足して教室に向かう。


「おはよー!」


「おはよう」


 教室に行けば、何人かがもういた。

 私はその中にいる友達に、手をあげてあいさつをする。

 みんなもあいさつを返してくれて、こっちに手招きをしてきたから私は近くの席に座った。


「どうしたの?」


「美琴ちゃんはまだ知らないの? 今日の朝、校庭に変な足あとがあったんだって!」


「変な足あと? 何それ?」


 楽しそうな友達は、まだ先生が来ないのをいいことに、私の手を取って校庭へと連れ出した。

 また外に出るのは面倒だったけど、それを言うと怒られそうだったから、仕方なくついて行く。


「ほら! 変でしょ!」


「……うーん」


 友達が自信満々に連れてきたところには、本当に足跡があった。

 でも、変なところは特にないような気がするんだけど。

 怒ると思ったからそれを言わなかったのに、何故かバレてしまってものすごく怒られた。


「もう、ちゃんとよく見てよ! 私たちが歩いた時と違って模様が無いし、ものすごい深さでしょ!」


「……そうだね。言われてみれば変かも」


 その足あとの隣りに、自分の足を並べる。

 私の足と同じぐらいの大きさだけど、友達の言う通り普通だったらあるはずのくつの裏の模様が無い。

 それに、足あとの中に足を入れてみたら、すっぽりとうまってしまった。


 昨日の夜に雨が降ったから、地面はやわらかかったかもしれない。

 そうだとしても、ここまでの深さになるとは思えない。

 一体、誰の足あとなんだろう?

 もう少し見ていたかったけど、そろそろ教室に帰らないと先生が来てしまう。

 遅刻だと言われるのは困るから、戻らなきゃ。


「昼休みに、もう一度調べようか。とりあえず教室戻ろう! 行くよ!」


「み、美琴ちゃん。早すぎだって、ちょっと待ってよ!」


 時計を見ると、走らないと間に合わない時間だった。

 だから先に走り出すと、後ろから友達があわててさけんだ。

 それでも立ち止まらないで、教室まで一気に走った。


 走りながら教室に入ってきた私達を、クラスにいたみんなが驚いた顔で見てくる。

 その中に先生がいないのを確認すると、深呼吸をして息を落ち着かせた。

 席に座ると、周りにいた子がいっせいに顔を近づけてくる。


「どうだった? 変な足あと、あった?」


「うん。時間が無かったから、ちゃんと見られなかったけどあったよ。昼休みに、もう一度行くつもり」


「本当に! 私も今度は、一緒に見に行く!」


 みんな、足あとについて気になっていたみたいだ。

 私はつかれていたから、少しそっけなく話してしまう。

 それは伝わらなかったから良かったけど、だからといって今はもう放っておいてほしい。


「おはよう。朝の会、始めるよ。席について」


 そう思っていたら、先生がちょうど教室に入って来たから、みんな自分の席に戻っていった。

 私はほっとしながら、急いでランドセルの中身を机の中に突っ込んだ。

 そうして朝の会が始まったけど、私の頭の中は変な足あとのことでいっぱいになっていた。





 昼休み。

 うわさを聞いて十人以上の子と、校庭へと行ったんだけど。


「あれ?」


「足あとなんて、無いじゃん」


「えっ? うそ⁉」


 そこには朝にあったはずの、足あとが無くなっていた。

 誰かが消したみたいじゃなくて、まるで最初からまっさらだったみたいに。

 期待していたみんなは、私と友達を見る。


「本当にここにあったの? 違う場所だったんじゃないの?」


「ううん。ここだったよ……」


 何でなくなっているかなんて、私達の方が知りたいぐらいだ。

 他の場所も探してみたけど、足あとはどこにも見当たらなかった。



「あーあ。何かガッカリ」


「見たかったのになあ」


 ガッカリしながら、みんなで教室に帰る。

 その途中、私はついでに二宮金次郎のところに寄ることにした。

 いつもは来ないのに、今日はみんなもついてくる。


「こんにちはー」


 あいさつをしても、今日もやっぱり返事は無い。

 私はそのまま像の近くに行くと、みんなの方をふりかえった。


「みんな知ってる? お母さんに聞いたんだけど、この像って昔は立っていたんだって」


「へー、そうなの」


「知らなかったあ」


 私はお母さんから聞いた話を、ドヤ顔で言う。

 そうすればみんな知らなかったみたいで、驚いた顔をした。


「それじゃあ、運動不足じゃないの。だからちょっと太ってるのか!」


「あははは。確かに!」


 そして像の周りに来ると、げらげらと笑い始める。

 私も確かにそう思って、少し笑ってしまった。


「ダイエットした方が良いんじゃないの?」


「座ったせいで太ったんだから、立って運動しなよ」


 向こうが言い返してこないのを良い事に、みんな言いたい放題だ。

 私はさすがにやりすぎなんじゃないかと、そろそろ止めようとした。


「きゃあ⁉」


 でもその時、色々と言っていた内の一人がさけんだせいで、開こうとした口を閉じた。


「どうしたの?」


 みんなが心配して、さけんでしゃがみ込んだ子に聞く。

 私もどうしたのかと、近づいた。

 その子は顔を手でおおって、ぶるぶるとふるえているだけで何も言ってくれなかった。

 でもみんなで背中をさすったり、やさしく話しかけていると、おちついてくれた。


「ぞ、像の足っ」


 そしてようやく、怖がっているままだったけど、二宮金次郎の足を指さした。


「足?」


 何のことを言っているのかと思いながら、みんなで足の方をよくよく見る。

 見てすぐに、みんなでさけんでしまった。


「う、うそ」


 私もその中に入っていて、信じられない気持ちになっていた。


 二宮金次郎の足。

 それは泥だらけになっていた。

 たった、それだけの事で。と言われてしまうのかもしれないけど、みんなの頭の中では一つの考えがうかんでいる。

 昼休みには消えた、朝の変な足あと。

 それと泥だらけの足は、つながっているんじゃないか。


 私は先ほどまでの、みんなの言葉を思い出していた。

 座っているせいで、太っているように見える像。

 それは実際に太ってしまっていて、ダイエットのために走っているとしたら。

 今まで馬鹿にしていたのを、もし聞いていたとしたら。

 そう考えてしまったら、すぐ近くにある像が少し動いたように見えた。


「に、に、逃げろーーーーーーー‼」


 私は、さけんだ。

 その声を合図にして、みんないっせいに逃げだす。


 もう二度と、あいさつをしに来る事なんて出来ない。

 頭の中はパニックになっていたけど、それだけは決めていた。




『太る二宮金次郎像』

 ・昔は立っている姿のものが多かったが、最近の学校では座っているものも増えた。

 ・そのせいで、二宮金次郎像が少しずつ太っていく。

 ・原因は運動不足のため、誰もいない夜の校庭で走ってダイエットしているという噂も。

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