ノイズのまじるイヤホン

 ♪~♩~♬~ジジッ


「……またか」


 俺はイヤホンを外して、ため息を吐いた。

 再生していた音楽を止めて、そのままイヤホンをカバンにしまうと、また深くため息を吐いた。


 それに気づいたのがいつだったか、随分前のことのはずなのに、はっきりと覚えている。

 それは学校からの帰り道、お気に入りで何度も聴いている音楽をイヤホンから流している時だった。


「ふんふーん」


 周りに誰もいないのを確認すると、鼻歌を奏でる。

 人の目を気にしないで、好きなように歌えるのはいい。

 俺は家までテンション高く帰るために、好きな曲だけを聴く。

 それが、日々の生活の楽しみの一つである。

 その日もいい気分のまま、家に着くはずだった。





 ♪~♩~♬~ジジッ


「ん?」


 しかし曲の途中で入ったノイズに、鼻歌を止める。そして、立ち止まった。

 何だろう、今の音は。

 もしかして、イヤホンが外れかけているのかと見てみたが、特に問題は無い。

 それじゃあ機器の方かと、曲を少し巻き戻して聞いてみても、同じ箇所にノイズは入っていない。


「……気のせいか?」


 今月はお金がピンチだから、壊れていないのならそれで良い。

 俺はたまたまだと思うことにして、また音楽を聴きながら歩き始めた。

 これが始まりだった。





 それから、たびたび同じような事が起きた。

 場所もタイミングもバラバラ。でも、俺がぼーっとしている時が多いかもしれない。

 そんな風に続けば、好きだった音楽を聴く時間が少し嫌になってくる。

 それでも通学の最中、何も聴かないのは寂しくて再生すれば、ノイズの嵐。

 イヤホンを新しくしても、別の機器で音楽を再生しても変わらない。


 むしろ俺が呪われているんじゃないか。

 そう思うようにもなってきた。





 それが続き、あまりにも精神的に追い詰められていたから、ある日友人に相談をした。

 そいつは心霊について詳しい奴で、除霊できる人とも知り合いらしい。

 もしも俺が呪われているのだとしたら、どうにかしてもらえるんじゃないかという打算的な考えもあった。


「……というわけなんだけど」


「なるほど」


 俺の話を聞いた友人の向島は、腕を組んで考え込んだ。

 カフェにいきなり呼び出して、こんな話をしたら彼の性格的に、笑われて馬鹿にされる可能性があった。

 だから、普通の反応で安心した。

 さて、どんな答えを返してくれるのか。

 俺は期待しながら待っていた。


「音楽を聴いている時だけに、現れるノイズね。分かった分かった」


 向島は俺の話から、一つの考えにいたったらしい。

 何かを納得した顔をしながら、俺を見た。


「そうだなあ。俺から言える事は、気にするなって事なんだけど。それも出来なさそうな顔しているよな」


 彼の言う通り、気にしないようにするなんてのは無理な話だ。

 俺はもう、あのノイズをどうにかするまでは音楽を何も考えずに聴く事は出来ない。

 その考えが顔に出てしまったのか、彼は苦笑した。


「となると、俺からのアドバイスは一つだな。今度ノイズが聴こえたら、そのままイヤホンを外さない事。そうすれば、結果的にどうなるか分からないけど、満足はするとは思うよ」


 それだけ言って話はお終い、とばかりに注文していたパンケーキを食べだした。

 相談のお礼としておごるとは言ったけど、強面の顔に似合わないものを食べるんだな。

 そう思いながら、言わずにはいられなかった。


「アドバイスは、それだけか」


「ん? あぁ。まあ、どうして聴こえるのか教えても良いけど。実際に体験してみないと、信じてくれなさそうだからな。終わった後で、説明してやるよ」


 彼は嬉しそうに食べながら、強制的に会話を終了した。

 俺はどうしたら良いか分からないまま、怒る事も出来ず、ただただ向島が食べるのを見ているしかなかった。





 向島は、使えないな。

 彼と別れた後、俺は憤りを感じながら帰り道を歩いていた。

 もう少しいいアドバイスをしてくれると思っていたけど、俺が期待しすぎていたみたいだ。

 そのまま聴いていて、どうなるというのか。

 本当に俺の話を信じて心配していたのなら、そんな意味の分からないアドバイスをしてくるわけがない。

 何とかなるんじゃないかと期待していた分、その落胆は大きい。


 俺は何気なしに、カバンの中からイヤホンを取り出していた。

 しばらくの間、使っていなかったからコードがぐちゃぐちゃにからまっている。普段の俺だったらほどくのが面倒だから、絶対に使おうとしない代物だった。

 しかし今は、向島の言葉も相まって、久しぶりに聴こうかなという気持ちになっていた。

 だから少しの時間をかけて、からまりをほどくと耳につけて音楽を再生する。


 ああ、やっぱり音楽は良いな。

 聴いていると荒んでいた気持ちが落ち着いてきて、向島に対する怒りも消える。

 そのまま音楽のノリにあわせながら、軽く体を動かしていた。


 そして、それは突然起こった。



 ♪~♩~♬~ジジッ


 久しぶりのノイズ音。

 俺の体が、一気に緊張で固まる。

 反射的にイヤホンを外しそうになったが、向島の言葉を思い出して止める。


「そのままイヤホンを外さない事、ね」


 馬鹿らしい話なのかもしれないけど、もしもノイズの理由が分かるのならば、聞き続けてみて確かめてみよう。

 何も無かったら、彼におごった金を返してもらうんだ。

 そう考えて、我慢しながら聴き続けた。


 聴き続けるうちに、ノイズはどんどん酷くなっていく。



 ♪~ジジッ♩~♬~ジジッ




 ♪~ジジッ♩~ジジッ♬~ジジッ




 これを続ける意味なんてあるのだろうか。

 このままじゃ時間の無駄だ。

 もう止めて、音楽を聴くのを止めよう。

 そう思い、イヤホンを外そうとした。


 しかし、俺は気づいてしまったのだ。


 ジジッジジッジジッジジッジジッジジッ


 イヤホンから流れているのは、もはや音楽ではなくノイズだけになってしまっているのだが。

 よくよく聞いてみると、何かの意味がある言葉のようなのだ。

 誰かの言葉。

 それが聞こえる事が、いかにおかしいのかを考えられずに、俺はノイズの意味を分かろうとする。


 ジジッたジジッジジッけてジジッジジッたいジジッ



 ジジッたすジジッジジッけてジジッいたいジジッ









 たすジジッけてぇえええええジジッいたいよおおおおおおおおお




「うわああ⁉」


 その叫び声が聞こえてきた途端、俺はイヤホンを勢いよく外した。

 男なのか女なのか、全く分からない声。

 恐怖から心臓がうるさく鳴り響いて、嫌な汗がにじんだ。


「……何だ今の」


 外したイヤホンから漏れ出ている音は、先ほどまで聞いた音楽に変わっている。

 それでも俺の耳には、先ほどの声がこびりついてしまっていた。


 俺は恐怖を感じながらも、無意識にスマホで電話を掛けた。

 その相手は、もちろん決まっている。


『……もしもし』


「む、向島! 何なんだよあれ!」


『おー。もう聞いたのか、行動早いな』


 電話に出た彼は、のんきな対応をしてきた。

 それが俺の気持ちを落ち着かせてくれて、冷静に考える事が出来るようになる。


「これが、お前の言っていた満足のいく結果なんだな。……正体は何?」


 今のが何か、彼は知っている。

 それなら俺がする行動は、怒鳴るではない。


『そうだなあ。噂なんだけど、死んだ人の念ってやつらしい』


「念?」


『そう。その場所で死んだ人が、この世に強い思いを残しているんだ。だからそれが上手い具合にリンクすると、聞こえるようになる』


 俺のイヤホンから聞こえてきたものも、上手くリンクしたせいか。

 もし、そうだとしたら。


「それじゃあさ、お前最初に気にしないようにしろって言ったの無理じゃん。気にしないようにしていたって、聴き続けていたら同じことの繰り返しになるって事だろ。俺、もう二度と音楽聴けないの?」


 もう一生、俺は音楽が聴けない。

 そうイコールで、繋がるという事なんじゃないか。


『いや、それはお前の心がけ次第だよ』


 しかし、向島はそれを否定する。


『今日は、そのノイズ音の正体を暴こうと思っていただろ? そのせいで苦しさから救ってくれると勘違いした奴が、強く主張したんだ。気にしないようにしていれば、たまに起きるノイズのみになるはずだよ』


「そういう、ものなのか」


 にわかには信じられなかったが、彼はからかっている感じでは無かった。

 それなら、言っている通りなんだろう。


『だから、もう一度言う。気にするな、それだけ。俺、用事があるから切るな』


 一方的に切られた電話に、俺は少し戸惑いながらもイヤホンをまた耳につけた。

 そして音楽を再生すると、鼻歌を奏でる。


 気にするな。

 どこまでそれを守れるか分からないけど、音楽を聴けないよりはマシだ。

 それに叫ばれるだけなら、別に害はない。


 自分の中で、そう考えた結果だった。





『ノイズのまじるイヤホン』

 ・音楽や動画をイヤホンをして見ていると、時々ノイズが入る。

 ・本当に小さい音だから、ほとんどの人が気が付かない。

 ・その音によくよく耳を傾けてみると、この世のものでは無い言葉が聞こえるかもしれない。話を聞いてほしくて、助けを求めている者の声が。

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