創作怪談

瀬川

ふわふわと漂う光


 まだ、私が幼稚園生だった頃。

 外で遊んでいたり、どこかに遊びに行ったりしていると、ふわふわと周りを飛んでいる光が見えることがあった。

 それは当時の私の手のひらぐらいの大きさしかなく、触ろうとしてもすり抜けてしまう。

 何もしないで、ただ漂っているだけ。

 そんな特に面白みのないものに対して、すぐに私は興味を失ってしまい、成長するに従って見えなくなってしまった。





 成人して数年が経った今、どうしてその存在を思い出したのかというと。

 また、その光が見えるようになったからだ。


「蛍みたい……綺麗だな」


 私は病室で、周りを漂う光に向かって笑う。

 交通事故に巻き込まれて足を骨折し、そのせいで入院。

 動くのも億劫、テレビもスマホも飽きた。

 それなのに、退院まではまだまだ日にちがある。

 家族や友達も、毎日お見舞いに来れるわけでもなく、退屈だった私の目に光は突然現れた。

 そのおかげで、いい時間潰しができた。

 不規則な動きを見ていただけで、あっという間に一日が終わってくれる。

 最近の私は、ベッドから出ないせいで運動不足だ。

 まあ、太った感じはしないから、まだ心配しなくてもいいだろう。





 今日も今日とて、光とたわむれていた私。

 でも、午後からはお母さんが来てくれる。だから、それまでの時間つぶしになれば。

 未だに触ることの出来ない光は、指をすり抜けていくつれなさだけど、そこが良い。

 大部屋の病室だけど、他に誰もいないのは助かった。

 そうじゃなきゃ、独り言を言っている私が頭がおかしいと思われる。

 親や友人にだって、たまにそんな場面を見られて心配されているのだ。

 今日も遊ぶのはやめておいて、お母さんを待つか。

 私は光を視界に入れないようにしながら、病室の扉が開くのを見ていた。





「歌奈子、元気だった?」


「うん。でも退屈。まだ松葉杖で行動しなきゃいけないから、それも大変かな」


 お母さんは私の着替えと、お菓子などをたくさん持って病室に来てくれた。

 それは大好物ばかりで、いつもは太るから食べ過ぎないようにと言われるのに珍しい。

 きっと入院しているから、優しくしてくれているんだろう。

 これは家に帰った時が、大変かもな。

 こき使われる未来が簡単に想像出来て、内心で苦笑した。


「そういえば、お母さん先生と話してきたんだよね? どんな話しをしていたの?」


「えっ?」


 しばらく近況報告をしあって、会話が途切れたので聞いてみる。

 今日のお見舞いは、初めにお母さんと先生の二人で話をするから、いつもより来るのが遅かった。

 私の様子についての話だとはわかってはいたが、一応尋ねてみたのだけど。

 返事をしたお母さんの声は裏返っていて、持っていたお菓子を落とした。

 明らかに動揺している。


「べ、別に普通よ。いつ退院できるとか、そういう話だから」


 それなのに誤魔化した。

 どう考えても怪しい。だけど、聞いたところで本当のことを言う気配もなさそうだ。


「そっか。早く退院したいな。そういえば、お父さんはまだ出張から帰ってきていないの?」


「それがまだなのよ! 一週間の予定だったはずだったのに、もう二週間よ! 浮気でもしているんじゃないかしら」


 だから、それ以上は聞かなかった。

 そして私が別の話題を振れば、お母さんはほっとした様子で饒舌に話し出す。

 それに適当に相槌を打ちながら、頭の中ではこれからどうしようかと思考を巡らせていた。





 お母さんは、私に何かを隠している。

 何がかはまだ分からないけど、あの感じからして重要なことだろう。

 面会時間が過ぎ、一人になった病室で私は考える。

 あれから、どことなく気まずい空気で会話を続けた。そして帰る間際、お母さんは私の手を握って真剣でどこか泣きそうな顔で言った。


「何かあったら、すぐに言うのよ」


 子供じゃないんだから、そんなに心配しなくても。そう思ったけど、言える感じじゃなかったから、曖昧に笑っておいた。

 そうして、最後まで心配そうな顔で帰っていった。

 その様子を見た私は、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、ずっと悩んでいる。


「もしかして、離婚? ……いやいや、あんなにラブラブなんだから、それはありえないか」


 色々と予想してみるのだけれど、どれもしっくり来ない。

 使いすぎて、頭が痛くなってきた。

 私は考えるのをやめて、お母さんがいる間も飛んでいた光を見る。

 私にしか見えない光。

 それは、癒してくれる感じがして。


「ま、そのうち話してくれるでしょ」


 なんだか馬鹿らしくなった。

 私は大きく伸びをすると、お母さんが持ってきたお菓子を片付けるためにベッドからおりる。


「まま……?」


 ちょうどその時、病室の扉が開いて小さな女の子が入ってきた。

 パジャマを着ているから、入院している子なんだろう。

 私はその子の方に近づき、目線を合わせてしゃがみこんだ。


「どうしたのかな? ママとはぐれたの?」


 見たことないから、病室を間違えたのかな。

 そう考えて、優しく話しかける。

 女の子は、そんな私の声が聞こえていないのか、上を見ながらもう一度口を開いた。


「まま」


 その視線の先には、漂う光の一つがあった。


「あなた、もしかして見えているの?」


 まさか私と同じように見えているとは思わず、驚いて肩を掴んでしまう。

 それに怯えも嫌がりもしない女の子は、ようやく私と視線があった。


「うん。ままがいる。ふわふわって」


 嬉しそうに指さしながら、教えてくれた。

 そしてそんな女の子の周りを、光が漂い始める。

 まるで守っているみたいで、いい光景なのかもしれない。

 それでも私は、女の子が病室を出てしばらくするまで、動くことが出来なかった。


 ようやく覚醒してから、私がすぐにしたのはネットを使って調べることだった。

 あの光が、女の子のお母さん。

 たぶんだけど、お母さんは死んでいるんだろう。

 そうだとしたら、この光の正体は。


「『光、子供の時に見える、死んだ人かも』……こんな感じかな」


 それらしい言葉を入れて、検索する。

 出てきた候補は、関係の無いものが多い。


 しかしその中で、とうとう見つけてしまった。



『子供や老人にしか見えない光』


 私は、サイトをおそるおそる開く。

 それは特に広告も何も無い、真っ白な画面に黒い文字で書かれた、簡易なものだった。

 本当かどうか分からない、怖い話の中にそれはまぎれていた。


 怖いもの見たさで、中身を読む。

 そこまで文章量は多くなく、すぐに全部読んでしまった。

 そして後悔する。


「それが見えると、近いうちに死ぬ可能性……嘘、でしょ」


 そこに書かれていたのは、ふわふわと漂う光が、死んだ人の魂で見える人も死に近いというもの。

 だから七歳までの子供と、老人に見えるらしい。


「それじゃあ私が見えるのは……」


 私が、もうすぐ死ぬからなのだろうか。

 ただの骨折で入院しているだけなのに。


 それでも馬鹿らしいと笑い飛ばすには、冷静に考えればお母さんや友達、医者や看護師の態度がおかしかった。

 お母さんが何か隠していたのは、もしかしてこの事だったのか。

 だから今日、泣きそうな顔で私の手を握ったんだ。



 今まで考えたことの無い死という言葉が急に身近なものになり、私は頭がついていかず、ただ呆然としていることしか出来ない。

 その周りを光は、何も気遣わずにふわふわと漂っていた。


 それは私を、死の世界にいざなっているのか。それとも入院からの心細さからくる、ただの考えすぎか。



 真実を知るのは、私が死んだ時だ。





『ふわふわと漂う光』

 ・子供と老人、たまに若者にも見える。

 ・特に何かをするわけでもなく、漂っているだけ。

 ・純粋な者にしか見えないと言う人もいるらしいが、そうだとしたら若者や老人に見える事の説明が出来ない。

 ・死の使者という噂もある。

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