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あるいは柳田先生のほうから、やあ小島さん。久しぶり。僕のこと、今も覚えてくれている? と大人になった真由子に、あの学院時代の真由子が大好きだった、すごく懐かしい声で話しかけてくれるかもしれない。
二人は道の上を歩き続ける。
そして、そのまま大きな、たくさんの人たちが歩いている道の上で、……すれ違う。
二人は結局、どちらもお互いに声をかけず、顔を見ないようにしたまま、道の上をすれ違って、歩き続けてしまった。
真由子は少しして、足を止めて後ろを振り返ったが、もうそこには柳田先生の姿はなかった。
買い物をしたあとの家までの帰り道、買い物袋を両手で持ちながら、真由子はどうしてあのとき、自分は柳田先生に声をかけなかったのだろう? と思った。
なぜあのとき、柳田先生は私に声をかけてくれなかったのだろう? なぜあのとき、私たちはお互いにまるで知らない人のようにすれ違ってしまったのだろう? と真由子は思った。
もしかしてあれは柳田先生ではなかったのだろうか?
……そんなことはない。
そう確信できる。
でも、……それならそれで、それはとても悲しい出来事だった。
柳田先生は真由子に気がついて、真由子を無視したか、あるいは真由子のことを忘れてしまって、真由子に気がつかなかったということになるからだ。
「柳田先生」
真由子はそう呟いて、空を見上げた。
そこには春の青空があった。
……その青色の空の中には、うっすらと淡い白い色をした、小さな小さな月があった。
繭 終わり
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