第33話 全ての解決と現場を見る二人と……
「雛っち! 今日はウチのお買い物に付き合ってくれない?」
「……ご、ごめんね……。今日は帰る……よ」
放課後の教室。明らかな苦笑いを作って桃華の誘いを断ろうとする雛は荷物を持ってそそくさと帰ろうとする。
モデルの玲奈に嘘を吹き込まれた翌日の今日。雛は1日中、学校で誰とも喋らなかった。いや、誰とも喋れなかったくらいに心身共にダメージを負っていた。
「ダーメ。今日は意地でも付き合ってもらうよ! 今日中には雛っちに元気になってもらうんだからっ!」
「……っ!」
だが、ソレを知ってもなお桃華は強制的に連れ出そうとする。
(……翔さんのところに会いに行けば、雛っちには絶対に元気になってもらえる。今までのことはあの玲奈のウソだって、気付かせてあげないと……)
桃華は昨日の出来事を雛に教えていなかった。
今の精神状態で真実を口にしても、励ましで言っているのではないか……なんて捉えられるのは目に見えていたから。
最悪の場合、『人の気も知らないで……!』なんて逆上する恐れもあり、想いが強ければ強いだけそうなる可能生は高い。
だからこそ、アレが誤解だと解くためにも翔と会うことが一番だと桃華は思っていた。そして、その考えは正しいだろう。
「よーし、強引だけど許してね雛っち!」
「…………ありがとう、桃華ちゃん……」
「良いよ良いよ」
雛は後に気付くことになる。『お買い物』という口実で翔の元に連れ出されたのだ……と。
==========
ーーその夕方。
「おまたせ、玲奈さん」
「ふふっ。私を呼び出すなんて珍しいね翔くん。そんなに私の顔が見たくなっちゃった?」
翔が玲奈を呼び出したのは、自身の休憩時間中。昨日、桃華と待ち合わせをしたあの公園だった。
「その通り。玲奈さんの顔を見たかったんだ。……今日が最後になるだろうからね」
「ど、どう言うこと……かな?」
玲奈が翔の異変を察知したのはこの瞬間。声音はいつもより低く、怒りを押し隠したような真顔。ーーそれほど翔は態度に示していた。
「僕が今日、玲奈さんを呼び出したのはどうしても説明してほしいことがあるからなんだよ」
「もー。勿体振らないで早く教えてよー!」
「なら率直に言うけど、僕に彼女がいるっていう嘘を付いてどうしてひなちゃんを傷付ける行動を取ったのか説明して欲しいんだよ」
直球の質問。玲奈が雛に言ったことを全て把握していない翔だが、知っている事実を少しずつ明らかにすることによって、相手に
「ひ、ひな? だ、誰それ。私そんな人知らないよ」
「僕のコートが入った袋を持っていた女子高生だよ。とぼける気だったのかもしれないけど、これで思い出したよね。だって昨日、玲奈さんはその子に会ってるんだから。……暴言を吐いたんだから」
「……」
そして、翔は再び事実を突きつける。
「もう一度聞くよ。……どうしてひなちゃんを傷付ける行動を取ったの?」
「べ、別に私はそんなつもりはなかったし。そう演技しただだけだと思うけど」
「初対面の相手にあれほどの暴言を吐いておいて、その言い分はないよね。年上の立場を利用してひなちゃんに圧をかけて……やめてくれないかな」
口調はいつも通り。だが、明らかに異様なオーラを放つ翔に玲奈は少なからず怯んでいた。
「な、何……。もしかしてそれを注意をするためだけに私を呼んだの? 私、そこまで暇じゃないんだけど」
「散々人を傷付けておいて、その言葉を言える精神が分からないな。…………僕はね、そんな人間が大っ嫌いだよ」
「……っ!」
いつもなら温和な笑みを浮かべている翔だが、ここでは違う。
眉間にシワを寄せ、ただならぬ怒気を放ち……明らかな敵意を飛ばしていた。
「玲奈さんがどんな目的でそんなことを言ったのか分からないけど、僕の
嘘偽りない翔の発言をした途端のこと、
『『……っ!』』
この二人は気付かなかった。今どこかの木陰で、息を呑む音が二つ聞こえたことに。
今、二人っきりの状況だと思っているからこそ、翔は自身の気持ちに正直になることが出来る。……その言葉を第三者に聞かれることなど思っていなかった。
「た、大切な女性? アイツなんかが……?」
「ひなちゃんの良いところを知ろうともしない人には到底理解出来ないだろうね。玲奈さんがひなちゃんに嫉妬だろうから、僕は説明するつもりもないけど」
翔が先ほど口に出した『大っ嫌い』のワード。雛が大切だというワード。さらに想い人に敵視された今……。
玲奈は裏の顔を浮き彫りにするには十分の状態、状況だった。
「何それ……。ウッザ」
端正な顔をシワで汚し、今までに見たこともない表情で悪態を付く玲奈。
「ふぅん。それが玲奈さんの本性……か。今まで良く隠せてたもんだね」
「あーあ。もうやってらんない。あのひなって女……チクりやがって……。完璧に潰せたと思ったんだけどなぁー」
「早くに気付いて良かったよ。僕はこんな人間とデートすることになってたんだから」
「……うっわ。女の子に向かってそんな言葉を吐いちゃうんだ。 ……幻滅」
「僕はね、玲奈さんが思ってるほど出来た人間じゃないんだよ。敵なら敵としての対応をするし、汚い言葉も吐く。玲奈さんは……、いや、あなたはもう友達でも何でもないよ。僕の大切な人を傷付ける害のある人間でしかない」
翔の脳裏には、玲奈に暴言を吐かれ雛が泣いている光景が浮かび上がっていた。
雛を傷付け、涙を流させた真実。
冷静さを半分保ながらも、怒りをぶつける翔は……全てをぶつけることが出来た。全て言い切ることが出来た。
「ふぅーん。じゃあもうそれで良いや。アイツにはいろんな暴言を吐いたよー。迷惑とか、消えろとか消えろとか。私のことウザい目で見てきたから腹が立ってさー。いやぁ、強いねーあの子。私の言葉を全部鵜呑みにしてたのに、チクるぐらいの元気があったんだからさー」
「……」
「まぁーこうなったのはアイツのせいだし、ひなってヤツには一生苦しませてあげるけどね」
反省する様子も、悪びれる様子もなく、悪魔の顔を見せる玲奈。……だが、翔はそれすらも読んでいた。
「じゃあ僕もそれ相応の対応を取るから覚悟しておいてね」
ニッコリと不気味に微笑む翔はポケットに手を入れ、『カチッ』と何かの機械音を鳴らせる。そうして、その本体を玲奈に見せた。
「あなたは知ってるかな? この機械を」
「な、何その機械……。……ッ! ま、まさか……」
「そう、ボイスレコーダー。今までの音声は全て録音させてもらったから。……これ以上、僕の大切な人に危害は加えさせないよ」
「……はぁ!?」
全ての形勢が逆転した瞬間だった。
「僕の店、自営だから悪質なクレーマー用にボイスレコーダーを常備していてね。今回はそれを使わせてもらったんだ」
「……くっ」
音声を無許可で録音することは犯罪でもなんでもない。翔が何かの責任を取ることはない。
「これをマスコミにでも売ったら、キミの印象はダダ下がりになるね。そう、世間的印象が大事なモデルにとってこれは致命的でしかない。すぐ引退に追い込まれる」
「ふ、ふざけないで! そんなことして私の職を奪うわけ!?」
「知ってるよ。あなたが一人で両親を養ってること。……でも、今回ひなちゃんが傷付けたこととはなんの関係もないよね。全てあなたが撒いた種だよね。僕はそれほどのことをひなちゃんにしたって思ってる」
揺るぎない瞳で玲奈を差す翔。言い分通りの行動をしてもおかしくない状況にあった。
「も、もういい……。よ、要求はなによ。……ど、どうせ私の身体なんでしょ?」
「あなたの身体なんかで僕が靡く思ってるなら、それこそ心外だよ。そしてひなちゃんに謝罪もしなくていい。ひなちゃんはきっと、あなたの顔なんて見たくないだろうから」
「…………」
「あと、僕からの要求はないよ。……要求を出さない分マスコミに売るも売らまいも僕次第ってことだけど」
「ふふ、ふふふふっ。今ボロが出たねー。それは脅迫罪が適応されるからー!」
この瞬間、不気味な笑い声を発す玲奈。……確かに脅迫罪が適応される内容かもしれないが、そこで翔が弱気になることはなかった。
「脅迫されたと思うなら裁判所に訴えるなり何なりすれば良い。痛みわけで済むなんて甘い考えを持ってるなら、ね。そこが分からないほどあなたの頭は悪くないはずだよ」
「……」
「それに、このことは僕の両親にも伝えてある。『店の評判を落としてでもいいから戦ってこい』とも言われてる。……両親の言葉に甘える形にはなるけど、だからこそ容赦はしないよ。したくもない」
最後の足掻きを見せる玲奈だったが、完全に打ち負かされていた。
裁判所に訴えるということは、ボイスレコーダーに録音された内容も明らかになる。結果、それが世間にバレることになり、玲奈は職を失うだろう。
翔が脅迫したという事実は、間違いなく店の評判に繋がる。……しかし、悪質な行動をした玲奈がいたからこそ、翔はこう言ったのだ。
どちらに同情が集まるのかは目に見えており、自営店の信頼回復は早い。
そう、玲奈の方が損が大きく……痛みわけが出来るはずがない。
ーー昨日、龍二は翔についてこう語っていた。
『想像出来ねぇとは思うが、キレたらアイツ、オレ以上に怖えぇぜ? ……マジで。敵に回したら終わりさ』
その理由が如実に現れたやり取りである。
「一つだけ忠告しておくよ。……今後、僕の前に姿を見せたりひなちゃんに手を加えたりしたら、想像通りのことが待ってるから」
「……」
「僕が言いたいのはこれだけ。分かったらさっさと……
玲奈が雛に言われた屈辱的な発言。それを2倍にも3倍にも増して返した翔は流石であった。
「……グ、グググッ。ーークソがっ!!」
「……」
そうして、怒りで顔を真っ赤に玲奈は歯を食い縛りながら去って行ったのである……。
「はぁ……、ひなちゃんのことでこんなに熱くなるなんて……。もう誤魔化せないな、この気持ちは……」
玲奈の背中を最後まで見届け、視界から消えたところで独り言を漏らす翔は店に帰ろうとする。その時ーー、
『ガサッ!』
茂みが大きく揺れ動き、公園からもう一人去って行く誰かを目端に入れた翔は……気付く。
「……ひ、ひな……ちゃん……」
「…………」
木陰からもう一人、ゆっくりと姿を見せた人物……。熟れたトマトのように顔を赤くした雛を……。
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