第27話 翔と雛その⑥帰路

 買い物を済ませ、寮に帰宅している際のこと。


「今日はありがとうです、翔おにいちゃん……」

「い、いやっ……、大丈夫だよ、全然」

「荷物も持ってもらって……」

「へ、平気平気。重たいものとかないから」


 雛が買った商品は、軽食のパンにお菓子類と比較的軽いもの。いつも通り優しい行動と返答をする翔だが、今回雛が注目しているところは別だった。


(や、やっぱり、コレ、、をしてから翔おにいちゃんがそわそわしてる……。こ、これってわたしを意識してくれてるってこと……で良いんだよね……っ)


 恋人繋ぎをした後、雛はユイから聞いた『翔を見ること』を実行していた。その中で一番に感じたのが、『翔がそわそわとしている』こと……。


 本来ならば、そのそわそわを翔は誤魔化せただろう。

 しかし、今回は状況が違う。翔は今までに一度も恋人繋ぎをしたことがなかったのだ……。


 ーー初めての経験。しかも異性として意識している相手、雛にこんなことをされ、平常心を保とうとするメッキは簡単に剥がれてしまうもの。

 それが、雛に気付かれる結果を生んでしまったのだ。


「じ、じゃあ寮まで送るから……。え、えっと、こっちで合ってるよね?」

「うん……」

「……」

「……」

 話題が尽き、会話が無くなる。耳に聞こえるのは二つの足音と車が通る音だけ。

 翔は雛を尻目に見た後、ふぅと息を吐き出した。


(恥ずかしい……。僕が緊張してること、ひなちゃんにバレてるもんなぁ……。ひなちゃんは僕をからかってるだけなのに……)


 感情豊かですぐに顔に出る雛を見れば、自身の違和感に気付かれていることくらいは分かること。

 雛のアタックをからかいだと勘違いした翔だからこそ、堂々とした自分を出したかったのだ。年上として、年上らしい行動を。

 何故ならこれは遊びでもデートでもない。付き添いで買い物に来ているだけなのだから。


『こうならなければならない』『年上としてこうあるべきだ』なんて使命的に考えてしまうのは、今までにこんな経験が無かったから。


(はぁ、本当情けないなぁ……)

 胸の内でそう呟く翔だが、感じていたことはもう一つある。

 これは、これだけは……誰にもバレるわけにはいかないそんな想い……。


(ひなちゃんのからかいでこんなになるなんて……僕って、思ってた以上にひなちゃんのことが気になってるんだ……)

 胸の深く刻まれるほど、この強い想いに気付いた瞬間だった。


「ひなちゃん。一つだけ僕の話を聞いてほしいことがあるんだけど……いいかな」

「……?」

 琥珀色の瞳を大きくして首を傾げる雛に、翔は言った。


「えっと……ひなちゃんは女子校にずっと通ってるから分からないと思うんだけど、こんなこと誰にでもしちゃダメだよ。……からかいにしても、ね」

「か、からかい……?」

「うん、これのこと」


 翔は恋人繋ぎしている手に目を向けて、ぽかんしている雛に注意をしたのだ。

 一瞬、何を言われているのか分からなかった雛だが、翔の真剣な表情を見てようやく理解した。


『翔おにいちゃんは本気で、恋人繋ぎをからかいとして捉えているのだ……』と。


「ひなちゃんと仲良くなれることは嬉しいけど、こんな繋ぎ方をすれば知り合いに変な誤解を生ませることになるでしょ? そうなればひなちゃんに迷惑をかけること繋がる。……最後まで言えなかった自分が言うのもなんだけど、それだけはしたくないんだ」


 今の状況が嬉しいと思いつつ発した翔の本心。最後まで言えなかった分、説得力に欠けるが雛が言い返せる言葉はない。


「だから恋人繋ぎをするのは今日が最後。……誰とでもこんなことをしてたら、絶対トラブルに巻き込まれるから」

「さ、最後はいやだよ……。ち、違うよ……っ!」

 翔がそう言い終えた瞬間、雛は間を置かずに口を開いた。

『最後』このワードだけは翔に言わせてはならないもの……。

 8年間も想ってきた相手に、『次は無い』と言われ、雛のストッパーは完全に外れた。


「し、翔おにいちゃんだから……だもん! わ、わたし……誰とでもこんなことしないよ……っ」

「ッ!?」

「ほんと……だよ……っ。翔おにいちゃんにしか、しないもん……。翔おにいちゃんとしか、したくない……もん……」


 足を止め、恋人繋ぎをしている手に力を込めた雛はもう止まらなかった。……ストッパーが外れたことにより、8年間の想いが一気に溢れ出す。

 そうして、決定的なことを雛は口に出した……。


「……うぅ……っ。……わ、わたしは誤解された方が……嬉しいんだ……から!」

「っ……! えっ、ちょっ……、え!?」


 その言葉の意味を理解するには時間が足りない……。今一度、翔が聞き返そうとした寸時ーー

「わ、わわわわ、わたし帰るねっ! き、今日はありがとですっ!!」

「あっ……」

 翔のロングコートを羽織ったまま、真っ赤な顔でバタバタと手を振る雛は一人で走り去るのであった……。


(今の……、今のってもしかして……)

 翔を立ち止まらせ、熟考する時間をを作らせて……。



 ====



 その頃、モデル仕事をしていた玲奈レイナに友達から一通のメールと写真が飛ぶ。


『レイナ。今日ショッピングモールで見たんだけど、これ翔のカノジョじゃない?』

 その文面と共に送られた写真には、恋人繋ぎをした翔と雛がツーショットで収められていたのである……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る