第26話 翔と雛その⑤
「……デート、じゃない?」
コテりと首を傾げながら、今度は翔に顔を向けてユイは問う。一度は雛に聞いたユイだが、もう一度確認と言ったところだろう。
「あはは……僕はひなちゃんの買い物に付き合ってただけだよ。えっと……ユイさんで良いんだよね?」
「初めまして、ショウさん。ユイで大丈夫」
実際、ユイは翔のことを初めて見るわけでは無い。しかし、喋ったことが初めてという意味では間違ってはいない。
「それじゃあ初めまして、ユイさん。っと、僕の名前を知ってるんだ?」
「ヒナが、いつも話してくれる」
「ち、ちちちちょっと、ユイちゃんっ!? い、いつもじゃないよねっ!?」
事実を伝えるためか翡翠の目を翔に向けながら話すユイに、唐突な爆弾を落とされる雛。
表情を変えずに冷静沈着なユイ。そして、あわあわと焦りを露わにする雛。この二人の人間性は真逆のものであるが、お互いにいがみ合っている様子は微塵もない。
「二日に一回は必ず話してる。同じ話が多いけど」
その追求からか、ここでユイの視線が雛の顔を捉える。無表情のままに。
「そ、そんなに多くないよっ!」
「30分以上も、話してる」
「10分くらいだもん……」
「オカズにも、してた」
「お、おかず……?」
「……ッ!! ユ、ユユユイちゃんっ! ちょっとこっちに来てっ!」
『オカズ』このワードだけは決してバレるにはいかないもの。
雛はユイの手をパッと掴み、走って翔と距離を取る。ユイと喋っても翔には聞こえない距離。これで二人っきりで話せる場が設けられる。
「ユイちゃん! そ、それだけはダメだよっ! 言っちゃダメだよおっ!」
雛が翔を“オカズ”にしていたのは間違いない……。だからと言ってこれ以上、この話題を話されたら鈍感な翔でも気付くだろう。
「ヒナこそ、ダメ。……お節介だけど、変わらないとダメ」
「……っ」
だが、ここでユイから発された言葉は雛への注意。話を変えるような発言だった。
……ユイは分かっていたのだ。
これが意地悪なことで、
しかし、これにはそれ相応の理由がある。回りくどい立ち回りをする理由があったのだ。
「あの人と手を繋いでたの、迷子になるなんて口実だよね。これだとあの時と何も変わってない」
「ぅ、そ……それは……」
あの時とは、雛が翔と一緒に手を繋いで寮まで送ってくれていた日のこと。
ここまで断言して言えるのは、雛のことをよく分かっているユイだから。……事実、その言い分は的を得ている。
「ヒナ、頑張ってるのは分かる。でも、理由が変わらないと気付くものも気付いてもらえない」
「そ、そうだけど……。自信がなくて……」
雛が翔と手を繋いだところは、お花屋カフェから。このショッピングモールからではない。
最初の頃からすれば、大した進歩だろう。
「自信を持って大丈夫。あの人、間違いなくヒナのこと意識してる」
「そ、それは違うよ……。だ、だって翔おにいちゃんいつも通りだもん……」
「違うのはヒナの方。それは相手が年上な分、少しの余裕があるから。物事を冷静に対処する力を持ってるから」
「……」
翔は8歳も年上で、接客業を何年もしているベテラン。ユイの言葉に反論することなど出来ない。むしろ、胸の中にストンと落ちたような感覚があった。
「さっき、ヒナがあの人と手を離した瞬間の顔で確信した。ヒナは見てなかったけど」
「か、確信……?」
「ヒナはもう少しあの人のことを見るべき。そうすれば、ユイの言ってること分かる。……だから、もう踏み込んで」
これが、
雛が繋がれた手を離した瞬間に見ることの出来た、目尻が下がった翔の表情。これは翔にとって無意識であり、第三者がいなければ見えなかった本心。
「ユイが言いたかったのはこれだけ。じゃ、友達がトイレから戻ってくる頃だから。……ごめんね、水を差して」
「も、もう……? し、翔おにいちゃんとは話さないの……?」
用が済んだのは今の発言から分かり、このまま去ろうとするユイを雛は止める。
「ユイがあの人と仲良くしたら、ヒナ嫉妬するから」
「し、しない…………よ」
「その間が証拠」
ーーと、前置きにしてユイはこう言った。
「……ユイの友達、ヒナの友達でもある。この光景を見たら、ヒナからかわれる。これ以上、二人の時間を無駄にしたくないから」
「ユ、ユイちゃん……」
「じゃあね、ヒナ。……最後まで頑張って」
このタイミングで去る理由は、雛を一番に考えてのこと……。
ユイは翔に頭を下げ、言葉通りに去っていったのである。
そして、再度訪れた二人の時間。
「気になったんだけど、お友達とどんなお話をしてたの?」
「そ、それはナイショ……です。ごめんなさい……」
「あぁ、大丈夫。内緒なら仕方がないもんね。それじゃ、気を取り直して……買い物に行こうか」
「し、翔おにいちゃん……。その前に、あ、あと一回だけ……わがままを言っていいですか……?」
「うん、なんでもどうぞ」
なんて平気な顔をして雛の要求を呑もうとする翔だが、次の発言は
翔の思考が一時的に止まるほど、驚く発言だった。
「……し、翔おにいちゃんとまた手を繋ぎたいです……。ま、迷子とかそんな理由じゃなくて……ただ、翔おにいちゃんと……手を」
「…………え?」
今、雛が何を言ったのか……。どうにか情報を飲み込もうと頭をフル回転させる翔に、雛は強張った身体で攻に転じたのだ。
ーーそれは、ずっと前からしたかったこと。
「こ、こんな繋ぎ方も……あ、ありだと……思います……」
顔全体を紅く染める雛は翔の手を優しく掴み、自身の小さな指と翔の大きな指をゆっくりと絡め合わせる……。
翔に身体を寄せながら、これまでに無い恥ずかしさを我慢して……。少し力を込め、指の奥まで届かせる。……そして、隙間が出来ないようギュッとその手を握りしめる雛は、潤んだ瞳で上目遣いを送った。
「ひ、ひな……ちゃん……。こ、これは……」
「こ、これでお買い物……しよ……?」
「……ッッ!」
翔の目に映ったもの。それは紛れもない恋人繋ぎだった……。
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