第25話 翔と雛その④
そして現在、二人は近場にあるショッピングモールに足を運んでいた。
理由は一つ、桃華からお願いされた雛のお買い物に付き合うためだ。
『ジロジロ』
そんなショッピングモール内で、翔と雛の二人は買い物客からやたらと視線を集めていた……が、注目をされてしまうもの無理はないのだ。
翔と雛、この二人は今もなお手を繋いで歩いている。そして、雛の制服の上から着られた翔のロングコート。
見た目で分かるサイズの違い。そのロングコート翔のものであるのは明白。
周りから見れば、ラブラブカップルの構図が完璧に出来てしまっているのだから。
「あ、あの……ひなちゃん。無理して手を繋がなくても良いんだよ? ほら、ここは人目も多いし、あの時とは違うんだから」
あの時とは雛が学園を終え、お花屋カフェに立ち寄ってからの夜帰り道のことを指す。そこでも手は繋いだことはあるが、人通りがない場所で……という状況だった。
しかし、ここは夕方のショッピングモール。お客さんは大量で静かになれる場所がないほどに賑わっている。
「さっきから無理してるでしょ? 顔が赤くなってるよ」
「そ、そんなこと……ない、もん……」
翔の手をギュッと握りながら首を振る雛は頑固そのもの。絶対に離さないという意志が伝わってくる。
(ヤバイな……。こればっかりはマズイ……)
翔の本音ーーそれは手を離したい。だった。当然、雛と手を繋ぐのがイヤというわけではなく、自分自身が冷静さを保てなくなるから。
雛を意識しているだなんて気付かれるわけにもいかず……
翔からすれば、気になっている人の小さく柔らかい手が、今のなおずっと翔も手を掴んでいるのだ。紅葉を顔に散らす雛が手に強弱を付けて、ニギニギしながら……。
そう、手を繋がれてるだけじゃないのだ。今の雛の表情とニギニギ。翔に追い討ちをかけるには十分なものである……。
「こ、こんなところを知り合いにでも見られたらひなちゃんは大変でしょ……?」
「み、見られても……いい。……これだけは負けたくない……もん」
「勝ち負けってあるの!?」
冷静を保つために手を離したい翔と、ずっと手を繋ぎたい+翔を狙っている他の女性へ牽制したい雛。
本来の臆病な雛なら、翔の言葉を聞いた時点で手を離すという行動を取るだろう……が、『遠慮しない』そのスイッチが入っている雛は一味も二味も違う。
雛にとって翔は初恋の相手。尚且つ、翔を求めてここまでやってきたわけである。誰にも渡したくないなんて独占欲が生まれるのは当たり前のこと。
「……と、とりあえずひなちゃんの買い物を終わらせようか?」
「し、翔おにいちゃんから、わたしの手を握ったら……行く、です……」
「ん゛!?」
「だ、だって……翔おにいちゃんに力入ってないもん……。わ、わたしが力を緩めたりしたら……手が離れちゃう……から」
照れと悲しさを含ませた上目遣いでそう訴える。
「翔おにいちゃんがしてくれたら、お買い物するから……」
ぎゅーっと、あざとげに力を込める雛に翔が出せる答えは一つだけ。
「……わ、分かったよ」
ここに来るまでの間、翔の手をいっぱい感じるためにずっとニギニギさせていた雛。元々の筋肉がない雛に自慢出来るような握力があるわけもなく、限界に近いところまで来ていたのだ。
自らの力が出せなくなれば、繋いだ手は離れることになる。だからこそ今の状況を維持するためにも、翔に力を入れてもらうしかなかった。
そしてーー雛同様、限界に近い翔が雛の手に優しく力を込めた瞬間だった。
「ひぁ」
「だ、大丈夫?」
「う、うううううんっ!」
力を入れる側と入れられる側が変われば、感じ方も当然変わる。
雛にとって翔に手を握ってもらえるというのは、『リードされたい』という願いと合致する。
これが、動揺が表に出た理由だった。
「……それじゃ行こっか、買い物」
「う、うん……」
「ど、どうかした? 雛ちゃん」
「な、なんでもないです……!」
「そう?」
翔が感じた違和感。これは気のせいではなかった。
雛はここでふと冷静になったのだ。
(わたしと違って翔おにいちゃんはいつも通り……。わたし、こんなに頑張ってるのにな……)
気になる人と手を繋いでいるなら、必ずどこかに変化が現れる。しかし、手を繋いでも、力を入れてもらっても、何も変わった様子を見せない翔。
(や、やっぱり意識されてない……。で、でもそうだよね……、翔おにいちゃんから見れば、わたしって子どもだもん……)
分かっていたことでもあるが、雛にとってそれは一番悔しいことであり、悲しいこと……。
(……お、女の子の手って……ひ、ひなちゃんの手って、なんでこんなに小さくて柔らかいんだろう……。って、そんなこと考えるな……。ドキドキしてるなんてバレるわけにはいかないんだから……)
ーー翔がこんな心情になっていることなど露知らず。
(このまま……このまま買い物に意識を集中させればバレることはないはず……)
限界の中に見える救いの光。
大人として当然の態度を……なんて思っていた翔だが、油断は大敵だった。
「ヒナ……。奇遇だね」
「ひっ!?」
「……ッ!」
なんの前触れもなく、翔と雛の背後からオバケのようにかけられる挨拶。
「ユ、ユイ……ちゃん!? ど、どうしてここに……」
「お買い物。……ヒナは堂々とデート? そこまで進んでた?」
「デ、デデデデートじゃないよっ!?」
そこに居たのは寮に住む雛の同室相手であり、感知能力に長けたユイであった……。
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