第22話 翔と雛その①

「……う、うぅ……」

「うっわ……」

 学校が終わっての放課後。お花屋カフェに足を運んだ雛と桃華だが……動きを固めていた。

 お店の入り口に貼られた一つ紙。そこには『店休日』と書かれている。タイミングの悪いことに、今日は休みだったのだ。


「……ご、ごめんね、桃華ちゃん。わたしがわがままを言って着いてきてもらったのに、お休みだって知らなくて……」

「いやいや、謝ることはないよ。こればっかりは仕方がないことだし、一番残念に思ってるのは雛っちだろうから」

「あ、ありがとう……」

 トントン、優しく肩を叩く桃華は励ますようにして雛に声をかける。

 今日が店休日だったことは桃華も知らなかったこと、これに関して雛を責めることは出来ない。責めるつもりもない。


『翔おにちゃんに会いたかったのにな……』

 そして、残念そうにしている雛から見える感情はコレ。雛の気持ちが分かっていた桃華だからこそ、いつも通りに振る舞おうとする。


「んー、これからどうする? 時間空いちゃったし……買い物にでも行く? そろそろストック分のお菓子とか無くなってきたんじゃない?」

「う、うん。それじゃあそうしようかな」

「じゃあ行こっか」


 ダメだったものは諦めるしかない。そう割り切って次の目的地に歩き出そうとしたその時だった。

 黒光る一台の大きなセダン車が、タイミング良くお花屋カフェの駐車場に止まる。


「うわ、大きなクルマ……」

「って……あの車の運転手、翔さんじゃん!」

「えっ……」

「おーい、翔さーん!!」

 桃華がその車に手を振ったと同時。セダンのエンジン音が切れ、その中から一人の人物が姿を露わにする。


 白のシャツの中にネイビーのロングコートを羽織り、革靴を履いた翔。白銀のネックレスに少し大きめの腕時計を付けたシンプルな私服姿。


「翔、おにいちゃん……」

 何年も見ていない翔の私服。お店の作業着とはまた違う、オトナの雰囲気を醸し出す翔を見て、雛は一瞬で目を奪われていた……。


「久しぶりだね、桃華さんにひなちゃん。今は学校の帰りかな?」

「そうですそうです。って、翔さんはお買い物をしてきたんですか?」

 翔がセダン車のドアを開けた矢先、2、3個の買い物袋が助手席にあった光景を目にした桃華は、話題作りのためにも聞いていた。


「うん、これはお店で使う材料とかでね。早いうちに用意をしておけば慌てることも少ないから今のうちに買っておこうと思って」


 両親の経営するお花屋カフェのサポートに回る翔だからこそ、防げるトラブルをゼロに出来るように早めに行動をしている。

 店の失敗は店の評判に繋がる。評判を上げるには何年もの月日が必要で、評判を崩すのは一瞬。

 自身の生活がかかっているからこそ、雇っている従業員さんの生活がかかっているからこそ、こんな所は疎かに出来ないのだ。


「桃華さん達は?」

「適当にぶらぶらですねー。あっ! 翔さんに一つお願いごとがあるんですけど……」

「お願いごと?」

 未だ熱のこもった視線を送り続ける雛に気付かない翔は、唐突に桃華からお願いを出される。


「もし良ければで良いんですけど、これから時間って空いてますか? ウチ、これから用事がある関係で雛っちのお買い物に付き合えなくて……」

「この材料をお店に補充し終えた後なら大丈夫だよ。つまり、僕が桃華さんの代わりにひなちゃんに付き添えばいいってことだね?」

「ですです、ありがとうございます! 雛っちを一人で買い物に行かせたら、絶対道とか迷うと思うんで! ……良しっ」


 なんてそれらしい理由を付ける桃華だが、こればかりは建前でしかない。本当の理由は雛と翔を一緒にするため。……一緒にするためなのだ。


「それじゃあ、ウチはこれで失礼しますね!」

「もし良ければ、桃華さんの家まで送って行くよ?」

「いえいえ、ここから歩いて10分くらいのところにあるんで大丈夫です。その代わりと言ってはなんですが、雛っちのことを任せましたよぉ?」

「あはは、了解」

「ではでは」


 そうして、あたかも本当に用事がある風に装う桃華は、翔に悟られないように背中を見せて雛の耳元でこう呟く。


「頑張ってね、雛っち。ボーッとするのはここまでだよ」

「……はっ」

 雛が我に帰った時にはもう遅し。桃華はダッシュで目先にある曲がり角に向かい、姿を消したのだ。


 結果、雛の目の前にはもう想い人である翔しかいない……。これで完全な一対一の状況となる。


「僕はこれからお店の中に行くんだけど、ひなちゃんも中に入る?」

「えっ、えっ……えと……」

 現在の状況に雛が付いていけないのも無理はない。我に帰ったと同時に目の前には私服姿の翔しかいなく、そんな翔からこんな言葉をかけられているのだから。


「遠慮しなくても大丈夫だよ。変なこともするつもりはないから」

「はっ……」

 雛はここで思い出す。今日ここに訪れた理由に……。


「は、入りたいです……」

 遠慮はしない。絶対にしない。

 桃華は言ったのだ。『遠慮しなければ自然とアタックがかけられるよ』と。


「それじゃあ少し待っててね。鍵を開けてくるから」

「わ、わたしは荷物を持ちますね……っ。お、お手伝いさせてください……」

「あっ、それじゃあ雛ちゃんにはお店の鍵を開けてもらっていいかな? 荷物を少しだけ整理したくて」


「……あ、ありがとう……です」

「……ははっ」

 何故か、、、言われる雛のお礼に、翔はバツが悪そうに苦笑い浮かべたのだ。雛は優しい翔を知っているからこそ、見破っていた。


 重い荷物を運ばせないように、、、、、、、、、、、、、配慮した優しい翔に……。


(こんなとこ、やっぱりズルいですよ……)

 不満はゼロ。嬉しさと喜ばしさ10割の感情に頰を緩ませる雛は、お店の鍵を翔から受け取るのであった。


 ーーこんな感情を抱く毎に、欲望を抑える雛のスイッチが一つずつオフになっていくなど、翔は知らず……。

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